未確認譚集:自分図書館
雨ノ孤真
一冊目:枯れ季節に
始まりは、鳥のさえずりが聞こえ始める早朝の事。都市クロノシヴ近郊の村ディアシルにある離れ家屋には、シンシアという少女が一人で暮らしているという。
今日で通算六十回目だ。いつも姉のように慕っているいとこマリーが、仕事の忙しさに帰省を先延ばしにするのは。
朝日を背にしてベッドの脇に腰を掛けた状態のまま、むすくれた表情の少女シンシア・ヴォン・カレッジは晩秋によるほの寒さを肌で感じていた。震えるほどでもないので、するっと肩や腕をひとなですると足元に置いたブーツを手繰り寄せ履き、寝る時髪を下敷きにすることが無いように横で束ねていた髪を、後ろの高い位置で束ね直す。そして勢いよくぐっと身を縮めると、ゆるりと伸びる動作に合わせて立ち上がった。
「んーー、……よし」
薄目だったヘーゼルの瞳をキリっとさせ、声を出して気合を入れれば、寝ぼけ眼の少女はしゃんとした女性へと変わる。ベッドに寝間着を脱ぎ捨てると、クローゼットから出したネイビーなシンプルデザインのワンピースへ着替え上着をはおると、日課としている掃き掃除を行うため、小屋にあるほうきを取りに向かった。
外に出てみれば晴れ渡る空が目前に広がる。しかしながら微かに吹く冷えた風と家や木々の陰によって、のぼる太陽の暖かさを感じることもなくさらに冷え込んでくる。
はらはらと落ちる枯れ葉をしり目に小屋へと歩いていった。
ドアの取っ手の冷たさに顔をしかめながら開けると、そこには昨日まで無かった物があった。
ボロボロの布切れだ、それも何かを包んでいるようでこんもりとしている。シンシアはしかめたままの表情を崩すことなくそのふくらみを睨みつける、よくよく見るとそれは息をするようにゆるやかに上下していた。
この小屋に鍵はついていない、そんな大層なものをつける必要もなく、貴重な物、金目になりそうなものなど一切置いていないからだ。シンシアはその布にくるまれているのは生き物で間違いないと思うと同時に後悔した、もし鍵があれば外から中の生き物を閉じ込めることが容易であっただろうと。
一応姿は確認しておこうと決心し、扉を開けてすぐ横に立てかけてある、本来は枯れ葉を掃く予定だったほうきを手に取り構える。獣独特の香りはなく、外の枯れ葉の匂いに混じって、土や泥の香りがする。
ゆっくりゆっくりと足を上げる下ろすの動作を繰り返し近づいていく。外の冷気で起きることがないように少しだけめくってみると、そこにあったのは金の髪色をもった美麗ないで立ちの人形、のような青年の顔であった。
「だ、大丈夫ですか……? 」
おそるおそる、といった様子で今もなお目を閉じたままの青年へたずねてみる。そっと手の甲で頬に触れてみると、表面はすっかり冷え切っていたが、じんわりと温かみを感じ安堵する。
「起きてください、ここは冷えますよ、……髪の泥はらいますね」
声をかけるが微かにうめくだけで一向に起きる様子はない。顔色は悪くなく、たんに覚醒が遅いタイプなのだろうと判断し、髪についた泥や土をはらう。あまりの警戒心のなさに呆れてしまうが、野生動物や泥棒よりはマシだろうとも思う。
当の本人は寝ぼけたまま、ぼーっとシンシアを見上げている。
シンシアはいつも通りキビキビと朝の掃除を行おうと思っていたのが、すっかり気が抜けてしまって、それらをほっぽって初対面の青年の泥をはらっている自分の状況にため息をはいた。
「みんなあなたを探していますよ、グレイヴスさん。……さっさと温かい家へ帰りなさいよ」
今日も帰ってこないたった一人の家族、その彼女が住み込みで働くメイドとして仕える存在との初の対面がこんな形になるとは、とシンシアは憎々し気に彼を見つめた後、また呆れのため息をついた。
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