hello world~この世界に住む人々へ~

砂竹洋

1-1.プロローグ

 

 ――ハロー、ワールド。今日は6月15日。夏が来たと実感できる日和。これから話す事は、いつもと同じ。今日どんな事があって、何を感じたか。誰かが聞いていてくれると信じて、今日の物語の始まり、始まり――



 …………



 朝日と共に目を覚ました。ここ最近はいつもそうなので、時計のありがたみをあまり感じなくなっている。

 洗面台に赴き、とりあえず顔を洗って歯を磨く。歯ブラシもいい加減ボロボロになってきた。新しいのを調達しないと。

 一応の清潔感が保たれた所で外に出る。朝食は最近食べないことが多くなった。

 朝は胃腸の調子が悪いし、食べてる時間も勿体ない。

 外に出ると、いつもの街並みが広がっている。目に入るのは、一面の緑。


「一応、これをのどかな風景って言うんだろうな」


 そんな独り言を呟きながら歩き出す。目的はとりあえず、南の方。特に理由があるわけじゃない。なんとなく、気分だ。


 周りの景色を、当ても無く見回しながらぼんやりと歩いていく。

 目的なんてない。強いて言うなら歩く事そのものが目的で、ついでにちょっとだけ探し物をしている。

 探し物をしたいから歩いているわけじゃない。歩いているついでに探し物をしているのだ。

 事実、僕は探し物が見つかろうが見つからまいがどうでもいい。

 いや、どうでもいいって事は無いけど。とりあえず、お昼くらいまでに見つかればそれでいいと思っている。


 そんな感じで歩いていたら、少し気になる店があった。

 探し物が見つかるかもしれない。そう思って中に入る。

 店内はお世辞にも清潔とは言えない状態だったが、別に寛ぎに来たわけじゃないから衛生状態はあまり関係ない。

 三十分ほど物色して、収穫は缶詰と針金ハンガーだけだった。針金ハンガーは色々と応用できるから少し助かる。


 店から出たら、少し迂回しながら元来た道を戻る事にする。このまま戻れば昼の十二時になりそうだったので、昼食の時間なのだ。朝は食べなくても、昼はさすがに食べる。

 帰り道には特に収穫は無かった。そのまま家の中に入り、ある物で簡単に昼食を作って済ませた。手に入れた缶詰はまだ使わない。勿体ないからだ。


 昼食を済ませたらまた外出する。目的は、市役所ってヤツだ。

 これはもう最近の日課だ。多少遠いけど仕方ない。

 足元に気を付けながら、歩みを進める。市役所への道は本当に凹凸が激しくて、少し油断すると足を捻ってしまいそうだから注意してる。一度、足を捻ってからは特に。


「なんでこんな道を歩かなきゃいけないんだ、って愚痴を言ってもな……」


 やると決めたのは僕だ。それに適した場所があそこしかないのも事実だ。

 でもなんで山の上にあるのかは疑問が尽きない。あれを建てた奴は何がしたかったのだろう?


 そんな事を考えている間に市役所前に着いた。実はここでも一つ難関がある。

 なにせ玄関が開かない。壊れているとかそういう問題じゃなく、ドアそのものが歪んでいるらしく、物理的に開かない。

 だからいつも裏手に回る。裏手に回っても裏口があるわけじゃない。代わりにでっかい木が生えている。

 僕は決して運動が得意な方じゃないが、それでもなんとかこの木は登れる。あちこちに蔦が絡まっていて、手足を引っ掛ける所が無数にあるからだ。


 二階の高さまで木を登れば、太い枝が窓を貫いていた。その枝を落ちないように慎重に渡れば、そこから中に入れるようになっている。

 その部屋は会議室のような所だ。パイプ椅子が乱雑に転がっていて、長机がある種の芸術の様に乱れている。そして、その所々にやはり蔦が絡まっている。


 その部屋には目もくれずにドアを開けて廊下に出る。左に折れて突き当りの部屋が目的地、放送室だ。ここで街中に設置されているスピーカーを通じて放送するのが僕の日課だ。


 マイク、チェック。まだ生きているらしい。それじゃあいつもの放送を始めよう。

 ハロー、ワールド――


 …………


「以上、今日も何とか生きています。ここには僕一人しか居ないけど、どこかの誰かが来るかもしれないと信じてこれを放送しています。ハロー、ワールド。世界が滅んでから、六十五日。この世界はまだ、生きていますか?」

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