出し入れ

 注目の初球。



 パスン!



 アウトコースの低めにコントロールされた俺のストレートは、二条さんのミットを動かすことなくキレイに収まる。ストライクゾーンギリギリに入るストライクだ。


 久しぶりに人に投げる感動もそこそこに、俺は自分の投げたボールについて考える。おそらく球速は125km前後。もしかするとコントロール考えないでやけくそで投げたら130出る? やらないけど。


 ボールをキャッチした二条さんは、座りながら普通に投げ返してきて再びアウトコース低めに構える。俺は先程のボールよりもボール一個分外に投げることを意識する。


 よくボール1個分の出し入れをするコントロールの描写がある。実を言うとこの微妙なコントロールの調整は、厳密にアウトコース低めのボール一個分外を狙ったり、投げ方を変えて調整して投げると大抵の場合大きく外に外れる。


 ではどうしているかというと、もちろん人によると思うが俺の場合はアウトコースのボールひとつ分の調整をするときは、『アウトコース一杯からボールひとつ分外に投げる!』と思うだけだ。その際にフォームの何かを変えることは一切ない。

 

 不思議に思うかもしれないけど、『ボール一個分外に投げる』と意識するだけでかなりの確率でフォームや投げ方を変えることなく微調整が効く。もし細かいコントロールが効かない人は一度試して見てほしい。


 あまり投手経験がない人はこういった出し入れを狙うときに、本当に狙って投げちゃうから大きく外れるんだよね。


 腕の振りや足の踏み出しの出だしのちょっとした部分を変えるだけで、ボールの最終到達地点は大きく変わるのがわかるいい例だと思う。だから球速があってノーコンの人は狙いすぎてフォームが崩れて、コントロールがもっと悪くなって更にフォームが崩れる悪循環に陥ることになる。


 その結果ストライクすら入らなくなり、コースを狙うときはいわゆる『置きにいったボール』と言われる力の無いボールを投げてしまい、それを狙い打たれてしまうのだ。


 こういった技術だけでなく、自分の思ったことが動きに出ることは実は結構あるけれど、これを知ってるか知らないかだけでも動きは変わる。


 ただそういったボール一個分の出し入れのやり方を文章にすると、『ボール一個分の出し入れを狙って投げる』っていう風にしか書けないよね。日本語って難しい。


 ちなみに普通にボール一個単位で投げ方が調節できる天才は、弱者の知恵と思って笑ってくれ。


 

 そんなことを考えつつ体重移動と投球リズムを意識してアウトコース低めに10球ほど投げる。

 

 ちなみに二条さんはアウトコース低めにしか構えないのもあって、細かいコントロールの練習しかすることはなかったのである。ボールの出し入れの確認はできたから良しっと。


 しかし二条さんのキャッチングちょっと硬いなぁ。同じ1年生のボールを受けてくれるにしては、もう少しリラックスしてもいいかと思うけど。


 ま、もしまた受けてくれることがあったら言ってみようかな。とりあえず今日のところは二条さんの構えたところに投げ込んでみるか。



 アウトコースの低めを18球投げたところで、二条さんはインコースの低めに構える。多分球数数えてないなぁ。どうしよ。多分そんな必要ないと思ってるな。


 でも信じて投げる!


 俺は二条さんの構えたミットに向かってボールを投げる。インコース低め、インコース高め、アウトコース高めと投げ続けるとあっさりと球数は60球まで達した。


 俺はボールを受け取ったあとに二条さんのもとに歩きながら近づいて話しかける。


 「二条さん。後20球で今日は終わろうと思ってるんだ。もしよければ変化球も投げていいかな?」

 「了解だよ。ちなみに球種は?」

 「スライダーとスプリット。できればスライダーはアウトコースに構えてほしい。後、スプリットは全部ワンバンのボールが行くと思うけど大丈夫かな? ヤバそうだったらやめとくけど……」

 「えっ。 スライダーはともかくスプリットは全部ワンバンなの?」

 

 二条さんは確認するように聞いてくるが、俺のスプリットはストライクゾーンに入れる気は全く無い。相手に当てさせないためのボールだから。 


 「うん。ゾーンに入れたくないんだ。だからむしろノーバンになったら失投なんだ。いいかな?」

 「うーん……。わかったよ。でももしボールを弾いたとしても、気にせずそのまま投げ続けていいから」

 

 同じ1年だしもしかするとバッテリーを組むかもしれない。もし彼女とバッテリーを組んだときにスプリットを捕れないようなら、スプリットは決め球候補から外さないといけない。


 ぶっちゃけるとワンバウンドするスプリットを、キャッチャーが逸らすかもしれないと少しでも思ったらもう低めに投げられない。


 もし後ろに逸らすことがあっても信用できると思えば投げられる……。それを確かめられるいい機会なのかもしれない。


 「じゃあよろしく! スライダー10球とスプリット10球の順で投げるね」


 俺はそう言い残してマウンドに戻った。


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