反復練習

 「よし。フォームとリリースに問題はないか。とりあえず今の球種は、ストレート、スライダー、スプリットの3種類。それにあの球も使えばカウントも取れるボールもあるし。思ったよりもスプリットは良かったしあとはどれだけ低めに集められるかだな」


 スプリットを覚えてから数日。

 伊織はスマホの画面で録画した自分のフォームとリリースに癖がないかどうかを確認する。

 

 よく漫画などで特定の変化球を投げるときに、フォームが違ったりリリースに癖があるといった描写があるのだがこれは実際にあることだ。


 流石に漫画みたいに大きくてバレバレの癖はないにしても、微妙になんか違うな? といった癖はちょこちょこある。特に新しく覚えた球種は、自分自身で気づかない癖があることもある。だから録画した動画を客観的に見ることで自分のフォームを定期的に確認することは重要となる。

 

 とりあえずピッチング練習は今のボールを煮詰めていくとして、この先どうしようか。選択肢はいくつかあるけどなぁ……。

 

 伊織が悩んでいるのは今年の夏のレギュラーを目指すかどうかだ。だが投手としての能力で現段階では厳しいのである。


 しかし伊織の現段階の能力なら入部式のときに宣言したポジションのセカンドは、実はレギュラーよりもこなせるのだ。それも攻守において。


 ただセカンドを守ることによるデメリットもある。


 なぜなら内野の要とも言えるセカンドとショートは殆どの場合で試合の途中で交代はしない。セカンドとショートが変わることでチームの守備力が大幅に変わるからだ。むしろセカンドやショートが固定されていないチームは内野手の連携が取れていないと言える。


 そういった理由からセカンドのレギュラーを取ると内野の練習や守備の連携に時間を取られることが多くなる。

 

 単純に試合に出るだけならその方法が手っ取り早いのだが、投手を目指している伊織はその部分で躊躇していた。

 

 ちなみにいわゆる二刀流をこなすような天才の選手たちでも、投手をしないときに試合に出る場合は他の野手との連携が少ない外野手が殆どとなっている。


 とは言ったものの決めるのは木原先生だ。俺が考えたところでしょうがないか……。


 

 ~~~



 今日も練習が終わったのでいつものようにブルペンに移動する。

 最近の練習しているスプリットを早くモノにしたいが焦るのは禁物。まだまだ時間があるし焦る必要はないからまずは反復練習してスライダーとスプリットを完璧にしよう。

 

 基本的に俺の練習方法は『できるまでやる』ことを目標にしている。一定以上のレベルの選手になるためには、同じミスをしないのが大事になってくる。

 

 テスト勉強と同じように、わからないものをそのままにしておくような選手は大成しない。なのでもし試合でミスしたことがあれば、しつこいくらいに同じシチュエーションの練習をする人がプロには多い。同じミスをしないという経験を積み重ねるのだ。

 

 そしてそういった痛い目を実際に試合で見ていると、絶対に試合でミスしないように練習にも身が入る。もちろんこれも経験してないと身につかないけど。



 「んん……ん……」

 

 穴開きネットを用意する前に大きく伸びをして、肩と首を軽く回す。

 とりあえずストレートを30球、スライダーを20球、スプリットを20球、最後はランダムで行こう。

 

 なんてそんなことを考えていたとき、不意に声をかけられた。

 

 「あの!」


 不意にかけられた声に一瞬硬直して振り返ると、そこにいたのはロングの茶髪をひと括りにまとめた女の子がいた。

 

 「えーと……、どうしたの? 二条さん?」


 どうやら俺に声をかけてきたのは、同じ1年生の二条桜子(にじょうさくらこ)さんだった。全体練習の時でも普通に話をしたことはあるが、今はなぜか少し緊張気味のようだ。

 

 何を考えてるかわからないが、とりあえず話を聞いてみよう。


 「神山くんいつも穴あきネットに向かってピッチングしてるよね。よかったら私キャッチャーだから捕ろうか?」


 なるほど。

 どうやら二条さんは俺が一人で穴開きネットに向かって投げてるのを不憫に思ってキャッチャーを買って出てくれたようだ。


 申し出自体はありがたいんだけど、正直今はまだ早いっていうかキャッチャーを付けて投げる段階じゃないんだよなぁ……。


 でもバカ正直に一人で投げたいなんて言えるはずもない……。


 「じゃあ立ち投げからでいいかな? 肩が温まったら合図してくれれば座るから」


 どうやって断ったら角が立たないか考えていると、二条さんはそう言ってホームベースの方に走り出す。どうやら俺がまごついているうちに、二条さんは了承と受け取ったらしい。こうなったらしょうがないか。実際にキャッチャーがどういう反応するかを見ることに切り替えよう。


 ホームベース上に立っている二条さんにボールを投げると、小さいフォームからスピンの効いたボールが返ってくる。さすがキャッチャー地肩はいいね。なんてことを考えながら立ち投げを続ける。


 肩も温まってきたので、俺は左手を上げて手首をくんっと2回下げて座っての合図をする。一瞬、あっやべ。偉そうだったかな? と思ったけど、二条さんは特に気にすることもなく意図が伝わって座ってくれる。しかしプロテクターも何も付けてない。これはやばいと思って二条さんに声をかける。


 「二条さん。俺初めてキャッチャーに向かって投げるから、念のためプロテクター付けてもらっていいかな?」

 「あ、そうだったね。こっちが悪かったよ。すぐに用意するから。」


 流石に座ってもらう以上何があるかわからないし、硬球が当たったらシャレにならない。二条さんがどういうつもりかわからないけど、一応変化球も投げる用意もしとかないと……。


 少しすると二条さんがプロテクターを付けて戻ってきた。ホームに戻ろうとする二条さんが声をかけてきたところで先程構えたところを思い出して一言伝える。


 「付けてきたよ。じゃあやろっか。」

 「ありがと。あと最初からコースに構えてもらっていいかな?」

 「えっ? う、うん。わかったよ」


 二条さんはさっきド真ん中に構えようとしてた。初めて投げるのを考慮していたのかもしれないが、ピッチング練習で真ん中に投げる練習は通常しない。


 よくある、お前の後ろには仲間がいる! だから自信持って真ん中に投げろ!っていうのがあるけれど、はっきり言ってあれはピッチャーの責任を放棄していると言っていい。そもそもど真ん中に投げると、味方のいないスタンドまで持ってかれちゃうし……。


 プロに入ってから苦し紛れのど真ん中を狙い撃ちされた苦い経験から、そういった全力ど真ん中ストレート! あとは野となれ山となれ! みたいなやけくそみたいな練習は意味がないと気づいてやめた。

 

 ホームに戻った二条さんはキャッチャーのポジションに座るのを確認して俺はストレートの握りを見せる。それを見た二条さんは軽く頷いて、右バッターのアウトコースの低めに構える。

 

 これぞ野球の様式美。やっぱ初球はアウトコース低めストレートだよね。


 俺はノーワインドアップのフォームからキャッチャーのミットに向かって投げ込んだ。


 




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