スイッチの理由??
「ありゃしたー!」
バッティング練習を終えて気分良く、お礼の挨拶を言う。
ついつい丁寧な言葉じゃなく、運動部言葉が出てしまった。
運動部言葉とは伊織の造語だが、おそらくどこでも使われていると信じている勢いだけの言葉だ。
例を挙げると、
ありがとうございました→「あざっす!」「ありゃしたー!」
お願いします→「おねしゃーす!」「しゃす!」
みたいな、とりあえず勢いでごまかすような言葉だ。
地方差はあるだろうが、どこの運動部も使っているのではないだろうか。
バッティング練習が終わって次の一年生に打席を譲ると、監督に後ろから声をかけられた。
「神山。ちょっといいか?」
「はい! 大丈夫です!」
ちなみに運動部の場合は、とりあえず常に会話に『!』をつけておくと好印象に繋がりやすい。
俺は監督の方走って向かう。
監督は一年生のバッティングを見ながら、世間話のように話しかけてきた。
「まあ大したことじゃないのだがな。お前野球をやっていたのか?」
「人とやる野球は初めてです」
「人とはって……。それならどうやって守備の練習をしていたんだ? 明らかに経験者の動きだったぞ」
「海岸の堤防にある壁にひたすらボールを投げて壁当てしてました! キャッチボールの相手もいなかったもので……。それで跳ね返ってくるボールをキャッチしている映像を録画しておいて、段々プロの動きに似せるようにしてました」
俺は勢いよく言ったが、最後はなんとなく語尾が下がっていくように演出した。
流石にマニアックすぎるかなとは思ったが、効果的な練習なのは間違いない。
自己流なのにフォームがキレイなことのいいわけにもなるしな。
俺の師匠は壁先生キャラを貫く。
「……そうか。じゃあバッティングは? そもそもなんでスイッチなんだ?」
「バッティングも同じような感じですね。バッティングセンターがあるから毎回フォームを撮影していました。それで右も左も同じ量打ってたら勝手にスイッチになってました」
聞かれるとは思ったのでそれっぽいふうに答えるが、これは建前だ。
なんで『スイッチヒッター』か?
そんなの言わなくてもわかるだろう?
『カッコいいからだよ! ロマンだよ!』
考えてみて欲しい。
野球選手で右投げ右打ち。
まあ普通だと思う。特に感想もないだろう。
だが右投げ左打ち。
この時点で、野球センスがあるショート、センター、セカンドなどの器用なプレーヤーを想像しないだろうか?
完全に偏見だけど俺はする。
そして右投げ両打ち。
右投げ左打ちよりも更に野球センスが溢れるイメージが感じられる。
だから俺はスイッチヒッターなのだ。
もちろん周りには本音は言わないが、それとなく他のスイッチヒッターの人に話を聞くことは多い。
すると他のスイッチヒッターになった理由は、建前はみんなそれぞれあるが、スタートはカッコいいから以外に存在しなかった。
まあもちろんスイッチヒッターのメリットは他にもあるんだけどね。
っと、少しアツくなりすぎた。
「……なるほどな。まあ大体わかった。時間取らせたな」
「はい。では失礼します」
どうやら多少は納得してもらえたようだ。
俺は監督の元を離れてグラウンドに戻っていった。
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