ミート重視

 ノックが終わると次はバッティング練習のようだ。

 先輩たちがピッチングマシンを出しているからすぐにわかる。

 監督は先ほどと同じように一年生に先に打たせて、バッティングを見るらしい。


 おっしゃ。

 やったるで!!



 ~~~



 ここで少しバッティングについて説明したい。

 野球で最初に教わる打撃の基本はダウンスイングだ

 ダウンスイングとは簡単に言うと、バットを上から下に振ることだ。

 そうすれば打球はフライになりにくく、ゴロになりやすくなる。


 なぜゴロを打つべきかと言うと、単純にゴロの方が出塁率が上がるからだ。

 フライは打球を取られた時点でアウトだが、ゴロの場合は捕球して送球の間にミスが出る可能性がある。

 中学野球などでは、バントだけで6割とか7割くらいの出塁率の選手も存在する。

 レベルの低い野球ほど守備が未熟な選手が多いからゴロを打つだけで出塁率が上がるのは間違いない。


 メリットはそれだけじゃない。

 地球には重力があるから、上から下にバットを「落とす」ことで重力を利用できる。

 そうすれば力が弱くてもバットを限界まで振り下ろして、当たり方さえ良ければ強い打球を打てるようになるのだ。


 しかしそんないい事尽くめに見えるダウンスイングはプロではあまり見られない。

 なぜならダウンスイングの軌道はボールを打つポイントまで、上から一直線に降りてくる。

 結果横から来るボールに対して上から振り落とすと、ボールにバットの当たる範囲が少なくなるからだ。


 そしてプロの世界ではゴロを打ってもほとんどミスは無いと考えていい。

 なので殆どの選手はレベルスイングからそれ以上のアッパースイングとなっている。


 レベルスイングとは来るボールに対して水平にバットを振ることだ。

 そして水平にスイングする事によって、ボールとバットの当たる範囲が広くなることが利点だ。

 そうすることによって、ミート率が上がってくるのだ。


 実際に今の伊織は、ほぼ水平にバットを出している。

 そして来たボールに逆らわずライナーで打ち返して、野手の間を抜くバッティングを意識していた。

 

 

 ~~~



 駿河南のピッチングマシンはホイール型のものだ。

 このタイプのピッチングマシンは、上下のホイールが回転することによって、ボールが発射される。

 他に代表的なものでアーム型のピッチングマシンもあるが、これはタイミングがとりやすいがストレートしか投げられない。

 ホイール型のピッチングマシンはボールに自由に回転がつけられるのでストレートから、カーブ、スライダーなど様々な球種が投げられる。


 少しマニアックな話になるが、このホイールの大きさで最高速度が変わるのだ。

 ちなみに駿河南のマシンは150kmまで設定できる。

 

 伊織は現役時代に使い倒したピッチングマシンを見ると、「前の世界」のことを思い出した。

 

 うわ……。

 懐かしすぎる!

 よくこのピッチングマシンで遊んだな。

 みんなと150キロの高速スライダーとかフォークとか投げさせて打ってたなぁ。

 メモリをマックスにすると、最速156キロまで出るのは意外に知られていないはずだ。

 なんでわざわざピッチングマシンの球速なんかを調べていたのか聞かれればは若かった……としかいえないけど。

 もしかするとあの遊びで選球眼が良くなったのかもしれない。



 伊織が懐かしい思い出に浸っていると、不意に声をかけられる。


「伊織くん、よかったら先にどうぞ」


 どうやら懐かしさに身を任せているうちに、いつの間にかマシンの準備が終わっていたようだ。

 俺がバッティングケージの一番近くにいたのに、ボーッとマシンを眺めているのを見て声をかけてくれたようだ。


「ありがとう! さっきの守備練習は最後だったし、今度は先陣切ってくるよ!」


 声をかけてくれた子がポカンと伊織を見るが、テンションの上がった伊織は気付かない。

 俺はケージの中に入ると早速右のバッターボックスに入り足場をならす。


 マシンの球速はおそらく125キロくらいだろうか。

 いつもなら初球は見(けん)に回ることが多いが勝手知ったるマシンだ。

 初球から行こうかな。



 「前の世界」ですでに慣れ親しんでいるマシンの速球を伊織は芯で捉える。

 捉えた打球はライナーでセンター方向に抜けていく。

 その後は同じようにセンター方向に3回弾き返すと、コースなりに内角はレフト前、外角はライト前に打ち分けた。


 うんうん。悪くない。

 今の自分の身体で長打を打つなら外野の間を鋭く抜くことだ。

 バッティングセンターでミートの練習しといてよかったよ。


 そしてミス無しでミートを続けていると監督から声をかけられる。


「もういいぞ。交代だ」

「あ、すいません監督。自分はスイッチなんです。よければ左打席も見て頂けませんか?」

「ん? そうなのか? なら左のバッティングも見よう。そのまま左打席に入ってくれ」

「わかりました」


 監督にスイッチヒッターであることを申告して左打席に入る。


 そして左打席でも先程のリプレイのようにセンター前に弾きかえす。

 3回センター前に打った後は、先程と同じようにコースなりに打ち返す。

 結局左打席でもミスなくミートした伊織だった。




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