放課後ニギニギタイム
放課後になって今日の練習メニューを考えていると隣から声を掛けられた。
「ねぇ伊織? もう入る部活は決めたの?」
「んあ??」
思考の途中で不意にあかりに声を掛けられて変な声が出る。
二度目の高校生活はすでに授業も始まって、そろそろ浮ついた空気も落ち着いてきていた。
クラス内でもいくつかグループが形成され、自由時間には談笑してるグループも増えている。
「だから部活よ。伊織最近授業が終わったらすぐ帰ってるでしょ? うちの高校は部活は必須だからどうなってるのかなぁって思って」
なるほど。そんなことを気にしてくれるなんていいやつだな。
たしかに最近はすぐに帰っていたからたまには世間話に付き合うのもいいだろう。
「そうだなぁ。ちなみにあかりはなんの部活なんだ? 差し支えなければ教えてよ」
「私は野球部だよ。中学でも野球部だったし高校でも続けるよ」
なに!?
まさかこんな身近に野球部の生徒がいたとは。
ちょうどよかった。
俺は前から気になってたことを口にする。
「へぇ。あかりって野球部だったのか? ちょっと気になることがあるんだけど、手を見せてもらってもいいか?」
「え? 手を? なんのために?」
あかりは少し焦ったように聞き返してくる。
「ちょっと確認したいことがあってさ。駄目ならいいけど」
「んー、手を見るだけなんだよね? 変なことしないよね?」
「しない。しない。両手を開いて見せてほしいだけなんだ」
「なんか怪しいなぁ。まあいいか」
そう言うとあかりはおれに掌を見せてくれる。
思ったとおり掌にはマメができている。
やっぱり女でも何年もバット振り続けているとこうなるよな。
俺がじっと手を見つめているとあかりが声を掛けてくる。
「ねぇ。もういいでしょ?」
「なあちょっと触ってもいいか? 気になるんだ」
「え!?」
なぜかテンパった様子のあかりを見て俺は少し焦る。
マメがどれくらい硬いか触ってみたかったんだけど流石にマズかったかな?
「いや、ごめん。無理ならいいんだ」
「ちょっと触るくらいなら別にいいけど……」
「そっか。じゃあ少しだけ」
許可をもらった俺は遠慮なくあかりの手を触った。
あかりの手にあったマメはやはり固くなっていて、俺はその部分を擦ってみた。
スリスリ
スリスリ
~~~
伊織はわかっていなかったが、この世界は男女の役割が逆転している。
感覚的な話になるが、『女は男を守るもの』といった感情がある。
そういった価値観のこの世界では伊織は童顔で、守ってあげたいかわいい男子として人気があった。
そして今の状況を「前の世界」で例えると、
『守ってあげたい系のかわいい女の子が、野球部の男子の手をすりすりしている』
といった形になる。
実はあかりにはご褒美みたいなものだった。
もちろん伊織はそんな事になっているとは微塵も思っていなかった。
~~~
うん。
よく鍛えられている手だな。
やっぱり野球をやっているとこういう手になるよな。
俺はお礼を言おうとして顔を上げるとあかりの顔は真っ赤になっていた。
「あかりありがとな。よく鍛えられてるな」
「う、うん……」
「なんか顔赤いぞ? 大丈夫?」
「はぇ! あー全然大丈夫。大丈夫だよ。ほんとーに大丈夫!」
さっきから大丈夫かな?
明らかに挙動不審になってるけど。
「それなら試しに俺の手を握ってみてくれないか? 握力がどれくらいあるか知りたいんだ」
「えぇえっ!」
「駄目か?」
「伊織がいいならいいんだけど……。ほんとにやるの?」
「ああ。グッっと行ってくれ」
「う、うん。わかったよ……」
あかりと握手するように手を握る。
俺を気遣うように徐々に力を入れてくる。
「気を使わなくていいから、思いっきりやってくれ」
その声を聞いたあかりが力を込めた。
うっ、やっぱり明らかに俺より握力が強いな。
しかも結構な差があると思う。
「あかりありがとう。もういいよ」
その声を聞いた瞬間にあかりは少し汗ばんだ手をぱっと離す。
「じゃ、じゃあ私もう行くね! 伊織また明日!!!」
「お、おう。お疲れ……」
なぜかあかりは焦ったように教室から出ていった。
なんとなく周囲を見回すと何人かの生徒がこちらを見ていた。
目が合いそうになると明らかに目をそらされている。
やっぱりマズかったかなぁ。
明日あかりに謝らないと。
あ。結局あかりに野球部に入るって言い忘れた。
まあいいか。
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