壁当て

 さてさて。今日も海岸にやってきました。

 昨日のトレーニングで、だいたい体のことはわかってきたぞ。

 身体の柔軟性は前以上、瞬発力はそれなり、筋力は並以下ってところかな。

 筋力強化は優先して、昨日やったトレーニングは毎日行うことにしよう。

 それに付け加えて、今日は爪のケアもしてきたし軽くボールも投げてみるか。



 実は昨日ボールを投げなかったのには理由がある。

 投手である伊織は手のケアをしないでボールを投げることに強い抵抗感があった。

 なぜならボールを投げるという動作を何回も繰り返すと、指にマメができたり爪が割れたりする。

 毎日野球をしているプロ野球選手ですら、試合中に手のマメを潰してマウンドを降りることもあるのだ。

 念には念を入れる。


 特に爪に関してはボールが指先を離れるときの感覚に影響が大きい。

 そのため投手は自分の爪を爪切りでバチンバチン切るのではなく、ヤスリで削って整えていく。

 そうすることによっていつも同じコンディションでボールを投げられるのだ。

 こういった積み重ねが大事になるのはどんなスポーツだって同じだろう。



 今日は五分くらいの力で立ち投げかな。

 動画で自分のフォームを見た限りでは、そこまで崩れていない。

 だけど足を上げた時に微妙にふらつく感じがあるな。

 実際にボールを投げたときにどうなるかないし、あっちの方に壁当てができる場所があるからそこで少し投げてみるか。



 伊織は堤防の壁に辿り着く。

 壁には子どもが書いたのかちょうどストライクゾーンくらいの大きさで◎の円が書かれていた。



 伊織は壁に書いてある円の中心に向かって軽くボールを投げる。

 ちなみに投げているのは軟球である。

 相手がいるキャッチボールならまだしも、壁当てで硬球は危なすぎる。


 投げる。

 跳ね返って戻ってくるボール。

 捕球。


 ぱいん!

 てん。

 てん。

 ぱしっ。


 ぱいん!

 てん。

 てん。

 ぱしっ。


 それを淡々と繰り返す。

 そして壁当てを50回ほど繰り返した所で一息ついた。


 うーん……。

 ボールを軽く投げる分にはそこまで違和感はないけど、肩が明らかに弱い。

 跳ね返ってきたボールをキャッチするのは問題ない。


 ただ気になるのはダッシュ力がないからか、前に出てショートバウンドでボールを捌こうとしたとき半歩ほど届かずハーフバウンドになることがある。

 3回位同じ感じの球があったし、これは多分肉体のズレだろう。

 おそらく左右のボールに対する反応も同じように半歩分足りなくなりそうだな……。


 なんとなく「前の世界」のトレーニングコーチが、大きな絆創膏をほっぺたにつけて来たときのことを思い出した。

 話を聞いてみれば、町内の運動会で父親が走ることになって張り切ってダッシュしたら、スタート直後に足がもつれて盛大にコケたらしい。

 昔は違ったと力なくつぶやいていたのが印象的だった。

 やはり積み重ねは大事だ。



 そして肝心のピッチングの方は……、ちょっとわからないな。

 動作的にはそこまでの違和感はないんだけど……。



 よし! 10球だけ力を入れて投げてみよう。

 いきなり全力投球はできないから徐々に力を入れる感じで。



 ぱいんっ!!

 てん。

 てん。

 ぱしっ。



 うーん。

 やっぱり球速はそれなりかな。まだボールを投げて初日だし。

 コントロールに関しては、自分が勝手に修正してる気がするけど悪くない


 まあしょうがない。

 とりあえず段々力を入れて投げられるようにするのが課題だな。

 そうと決まったら、昨日も行った体力づくりのメニューを始めるか。

 とにかく体のギャップを埋めることから始めよう!



 そして今日もフラフラになりながら帰宅する伊織だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る