僕と彼女の非日常

お団子

第1話 こんにちは、非日常

ーー幼い頃から家の東側にある倉がなんだか嫌だった。何故?と聞かれても説明は出来ないのだが倉の側に行くと体がぞわぞわとして落ち着かなくなっていた。だから極力倉には近づかないように過ごしてきた。そうして小学生時代を過ごし、中学生になろうかというときには倉に対してのあのなんとも言えない嫌な感じは抱かなくなっていた。しかし、嫌な感覚は抱かなくなってもやはり僕は倉に近づけずにいたのだったーー。


「…た、み…めた、三好みよし豆太!」

「はいぃ!」

ガタンッと大きな音をたてて顔をあげる。いつの間にか寝ていたらしい。やばい、今授業中だったか?そう思い辺りを見回す、がーー

「おい、豆太で反応したぞ」

「認めた認めた」

目の前で笑い合う友人たち。教室の人はまばらで黒板上の時計を見ると16:20を過ぎたあたりを示している。今は放課後だ。

「なぁ豆太。俺の先生のモノマネ上手くね?」

そうケラケラ笑う友人。なるほど、さっきのは彼の仕業か。…というか

「僕の名前は豆太じゃなくって涼太だっていつも言ってんだろ、ハル」

じろりと睨みながらそう言う。

「まぁまぁ、面白いんだからいいじゃん」

ハルがへらりと笑う。その隣にいる蓮もニコニコ笑っている。

「ってかさっきの。俺のモノマネどうだった?上手かった?」

ハルがもう1度問いかけてくる。

「…無駄にクオリティが高かったよ。無駄に、ね」

苦々しげにそう告げるとハルは「俺のレパートリー増えた!」と喜んだ。モノマネはハルの特技だ。

「涼太、今日は用事あるって言ってたけどまだ帰らないの?」

蓮の言葉にハッとさせられる。まずい、忘れてた。早く帰らないと。

「そうだぞー、お前がそう言ってたから優しい優しい晴輝様が起こしてやったのに」

ハルがニヤニヤしながら僕を小突く。

「ハル、自分でそれ言っちゃう?」

「なんだよ蓮ー。俺ほど慈悲深い人間なんていないぞー」

ふざけ合う2人を横目に帰る支度をする。

「あ、豆太。部長にちゃんと部活休むこと伝えてんの?」

「伝えたよ」

「今日は涼太いないからいつもよりも静かかもね」

「だな。豆太はいつももんな」

ーー。

そう、何故か僕はいつも何かしらのトラブルを引き起こしてしまうのだ。

水を飲みに水道に行ったら蛇口が外れる、電気を消しただけなのに校内全域で停電になりプチパニックを引き起こす(ただし10分程度ですんだ)、ボールを片付けてるとボールを入れるかごが壊れていて逆にボールが散乱してしまうーーなどなど些細なトラブルをちょくちょく起こしているのだ。

勿論わざとではない。しかしあまりにも僕の周りでばかり起こるから皆から僕は少し…いやかなり警戒されている。

「豆太はトラブルメーカーだもんな」

「ほんとほんと。見ていて飽きない」

笑い合う2人に対しため息をつく。僕はけっこうこのトラブルばっか引き起こす体質に悩んでいる。トラブルの絶えない日々を送るうちに心の底から『平穏』というものを渇望してしまうくらい、僕の日常は慌ただしい。

「ハイハイ、トラブルメーカーは帰りますんで二人は僕の分まで頑張ってくださいねー」

リュックを背負い、歩き出すと後ろから「じゃあなー」「涼太ばいばーい」と声をかけられたんで振り返りつつ手を振り、教室を出る。

外に出るとまだ少し冷たい風が首を撫でる。季節は春、4月も中頃に差し掛かるところだ。満開を過ぎ少しずつ花びらを落としていく桜を眺めながら家路へと急ぐ。


「えぇっ!?彌夜子みやこちゃんたちが…!?」

始まりは1年と2ヵ月前に遡る。晩御飯を食べているとかかってきた1本の電話。それに出た母さんは徐々に表情が代わっていき最終的には真っ青な顔になりつつ受話器を置いた。

どうやら母さん側の親戚が事故に遭ったようだった。高速道路で車に乗っていたらしい。生き残ったのはまだ幼い娘だけだと聞いた。その当時は可哀想だなーと思うくらいでそこまで気にも留めずにいた。

それから時が経ち今から3ヶ月ほど前、父さんから話があった。

「去年事故で亡くなった母さんの親戚のこと覚えてるか?斎藤さんというんだが。その事故で唯一生き残った娘さん、あの子どうやら親戚中をたらい回しにされてるみたいなんだ。その事を知った母さんがあの子を家で引き取ろうと提案してきてね。父さんもそれに賛成したんだが…涼太、お前はどうだ?」

いきなりのことで驚きはしたし、自分より年下の子に対する接し方の不安などもあったが特に拒む理由もなかったので両親の意見に同意した。


「ただいまー」

家に入り、靴を確認する。母さんの靴しかないのを見るに父さんはまだその娘さんを迎えに行ったっきりのようだ。

「お帰り。お父さんもう20分くらいで家に着くってさ」

台所から母が声をかけてくる。

そう、今日は我が家に新たな家族が増える日である。3ヵ月前に話をしてから我が家ではその子を迎え入れるため準備が行われていた。

2階に上がり自分の部屋に入る。着替えて寛いでると車のエンジン音が外で響いた。

「涼太ー!お父さん帰ってきたよー!」

母さんが下から呼ぶ。階段を下りるとき足を軽く滑らした。なんやかんや僕もけっこう楽しみなんだと思う。

玄関に行くと母さんが落ち着かない様子で2人を待っていた。その横に僕も並ぶ。

「ただいまー」

父さんが引き戸を開けて中にはいる。その手にはピンクの可愛らしい鞄が持ってある。あの子の荷物だろう。

「さ、よしこちゃん。あいさつあいさつ」

父さんが後ろを振り返る。僕と母さんからは見えないが父さんの後ろに居るみたいだ。

おずおずと前に出てきた少女を見て思わず目を見開いた。

ーーー美少女だ。

父さんの影から出てきた少女は目鼻立ちがくっきりとしていた。黒く腰まで伸びた長い髪も普通なら重く感じそうだがこの子の場合は肌の白さにとてもよく映えていて、綺麗だ。

「さいとうよしこです。はじめまして…」

これが僕、三好涼太と斎藤よしこの出会いである。


よしこが来てから僕の日常は目まぐるしく変わったーーということはなく順調に、些細なトラブルを起こしつつ日々を過ごしていた。

よしこは小学2年生ということだが落ち着いていて口数も少ない。手がかからない子だなぁと思う。

ただ僕はよしこに対して1つ気になる点があった。

「あれ?よしこは?」

「よしこちゃんなら倉の方に行ったよ」

よしこは何故かよく倉の方へ行った。行ってもただ倉をしばらくの間じっと見てるだけ。何がしたいのかよくわからない。

「涼太、もうすぐ夕飯だからよしこちゃん呼んできて」

母さんに言われ倉に向かう。正直僕はあの倉が苦手だから近づきたくないのだが…。まぁ仕方ないか…。トボトボ歩いて向かうとよしこがいた。相変わらず倉をじっと見つめてる。

「よしこー。ご飯ー」

声を掛けながら近づくーーーーと

ヒュゥウッ!

「うぉお!?」

まだ4月の下旬だというのに真夏によく吹く生ぬるい風が僕とよしこの間を通った。ってか変な声出た。聞かれた。泣きたい。

「やっぱり…」

よしこが僕を見つめながら呟く。ずんずんとボクに近づき手をとる。

「いっしょに来て」

言うや否や倉の方に向かって歩きだす…っておい!

「待て待て待て待て!よしこストップ!ご飯!ご飯だから!」

その場に踏みとどまるとよしこが後ろによろける。受け止めながら早口で告げるとよしこが悲しそうな顔をする。

「でも…よしこじゃダメだから…」

そう言ってよしこはうつむいた。

「よくわかんないけど行くぞ。父さんたちが待って…うぉ!?」

歩き出そうとするが左足が動かない。見るとよしこがしがみついていた。

「え…?よ、よしこ…?」

「ダメなの…よしこじゃダメなの…」

ここ数日共に過ごしてきてよしこはとても聞き分けがいいと思っていた。だから今足にしがみついてまでここに留まろうとする姿に困惑してしまった。

「わ、わかったから。ここにいるから」

パッと顔をあげたよしこはまた僕の手をとり倉に向かって歩き出した。ああ、やっぱ倉に向かうのか…。諦めてついていく。

「あけて」

よしこが倉の戸を指差す。しぶしぶ戸に手をかけ開く。

「ーーーえ?」

戸を開けた先に映る光景は信じがたいものだった。燦々と光る太陽のもとまだ青く、ようやく穂がつきはじめたばかりの稲が輝いている。足元では澄んだ水が陽の光を浴びてキラキラと輝いている。遠くの方で蝉が鳴くのが聞こえる。

ーーバタン

「あー。せっかくつながったのになんでしめるの?」

「…い、や。いやいやいや何今の!?夏!?え、倉の扉を開けるとそこは夏であった!?嘘!何これ!どーなってんの!?」

頭をブンブン振ったり頬をつねってみたりする。痛い。

「あのね、今のはあなたが作ってるんだよ」

「…はい?」

「よしこはね、つなぐことができるの」

「何と…何を…?」

「生きてる人たちと死んでる人たちを。でねでね、その2人のおんなじ思い出のところをぬきだすの。そのおんなじとこでだけ2人は会えるの」

……どうしよう。さっぱりわからない。死んでる人って何?思い出?おんなじ?

「…よしこはお化けとか見えちゃうのかな?」

「うん。このおうちの中にもいるよ!お化け!」

「帰ろう」

「まってー!」

よしこの言ったおうち、というのはこの倉のことだろう。無理だ!僕は怖いのが大の苦手なんだ!帰らせてくれ!

「あなたじゃなきゃダメなの!よしこだけじゃダメなの!」

「いやいや!僕は怖いのだめなんだよ!それに無理にそのー…つなぐ?ってやつしなくてもいいだろう!」

「ダメなの!」

足にしがみついているよしこを引きずりつつ家へと進んでく。

「ここでなんとかしないとわるいこともっとおこるの!」

よしこのこの言葉にピタッと止まる。

「悪いことって…」

「あなた今よくないことばかりおきてる。それぜんぶこの中にいる子のせい。あなたに気づいてほしくてしてるの」

よしこは僕の周りで起こるトラブルのことを言っているのだ。よしこはまだ家に来たばかりでこの事は知らないはずなのに。

「よしこ、この家の人たちすき。お化けが見えるからみんなよしこのことこわがった。でもここの人たちみんなやさしい。だからよしこは、よしこは…」

そう言いながらズボンに顔を埋めえぐえぐと泣き出すよしこ。あまりよくわからないが、よしこは僕のために動いてくれてるみたいだ。

「よしこ、わかった。わかったから。行くよ」

「ほんと!?」

「鼻水!」

人のズボンに鼻水をつけたことなどお構い無しによしこは戸を開けるよう促した。

よしこを抱いて中に入ると倉の戸は溶けるかのようにスッと消えた。よしこが大丈夫と言うのでそれを信じてまずは付近の散策を始めた。

「ここはーー」

「しってるの?」

「うん、じいちゃんが住んでいる田舎だ」

稲穂を倒さないように田んぼの中を進んでいく。僕の足元を見たよしこが「どろどろだ。おばさんにおこられる」と言う。

「こっちに神社があるんだ。そこでいつも遊んでいたなぁ」

「いってみよう」

田んぼから上がり道に出る。5分ほど歩くと鳥居が見えてきた。

「あれ…」

鳥居のしたに何かいる。よしこも気づいたようで小走りで何かに向かう。

「ネコ!」

「狐だよ」

よしこがネコと呼んだのは白い毛色の小狐だった。その右前足にはハンカチが巻かれててーーって。

「このハンカチ、僕のだ」

「うん、この子があなたとつながってる子だね」

「え?そういうのわかるの?」

「うん。ちかくにいるとよしこわかる」

得意気によしこが言う。レーダーみたいなものか?

この狐…そうだ、小さい頃じいちゃん家に行ったとき怪我してた狐を見つけてハンカチを巻いてあげたんだ。父さんたちにこの事話したら白い狐なんか日本にいるわけないって笑われたんだった。

「あのね、ネコさんあなたとやくそくしたのにわすれられてかなしいって」

「え…?」

「ハンカチ見て」

よしこに言われ右前足に巻かれていたハンカチを解いて広げる。そこには

『このこはシロ。ぼくのともだち。またあそぼうね』

子ども特有の拙い字で書かれたそれ。

「この子、もういっかいなまえよんでって。あそんでっていってる」

「…うん。遊ぼうシロ。ごめんね、ずっと待たせちゃって」


それからヘトヘトになるまで遊んだ。あの頃のように鬼ごっこ、水遊び、泥遊び、かくれんぼと色んな遊びをした。

腕の中にいるシロがこちらをじっと見つめてる。なんだろう?

「シロ、ありがとうっていってる」

よしこが僕にそう伝えると共にあたりの景色が揺らいだ。

「ここ、倉の外だ。戻ってきたのか?」

「みたいだねぇ」

よしこの声にハッとして腕のなかを見る。そこにはシロの姿はなく水晶の数珠があった。

「これ、確か倉の中にあった…」

「シロ。それの中にいるよ。」

「この中に?」

「うん。シロはとても力がよわくてじぶんの力じゃ出てこれないの。でもねものの中に入るのは上手。だからその中に入ってあなたといっしょにいようとした。」

「…僕、倉が小さい頃なんだか嫌だったんだけど。それは…」

んー、とよしこは首をかしげた。

「よくわかんない。でもおばあちゃんいってたよ。人はわかんないのこわがるって」

「そっか…。シロは僕の側にいてくれようとしてたのにそれを僕は…」

「でもシロおこってないよっていってる」

「え…?」

「シロ、その中からいってるよ。あ、あとシロもびっくりさせるようなことしてごめんねっていってる。もうしないって」

今までに起きたトラブルの事だろう。そうか、シロがあの原因だったんだからもうこれからはトラブルのない平穏な日常になるわけだ。

「そっか、そっかぁ。じゃあおあいこだな」

「うん!」

よしこが頷いて立ち上がる。それに続いて僕も立つ。平和な日常が来るのは嬉しいが少し寂しくもあるな…って

「うわ!よしこ!服ドロドロだ!」

「え…?わっ!あ、でもあなたもおんなじ!」

「へ…?あ、あぁ!」

2人してあたふたしてると後ろから母さんの声がした。

「ちょっと涼太ー。いつまで掛かって…っていやー!何してんの!?アンタたち!」

「あ、いや。母さん、これには深い事情が…」

「どんな事情なの!ともかく先にお風呂お風呂」

母さんがバタバタと慌ただしく去っていく。

「よしこもあなたもしかられるの?」

「だろうね…。それよりよしこ」

しゃがんでよしこと目線を合わせる。

「ずっと気になっていたんだけどその『あなた』っていうのやめない?なんか距離感感じるしさ」

「え…?なんてよぶの?」

「まぁお兄ちゃんとか…呼びづらいようなら名前とかでもいいし…」

「い、いいの?なまえでよんでもいいの?」

「あたりまえだろー」

「ほ、ほんと?じゃあ…りょーた…」

よしこが僕の名前を呼んだ瞬間視界が青い光に包まれた。

「のわっ!?」

その眩さに思わず目を瞑る。再び目を開くと笑顔を浮かべたよしことー…。よしこと…。

「ひぃぃい……!!」

いる。人の形の黒いもや、肌の青白い髪の長い女、綿埃のような見たこともない小動物。

怖い怖い怖い怖い無理無理無理。

「あのね、おばあちゃんがいってたの。よしこはつなぐこといがいにがつかえるんだよって」

こと…だま…?言霊…?

「これをつかってなまえよぶとね、その人はよしことおんなじせかいが見れるんだよって。りょーたはよしこのこと、こわがらないからとくべつなの!だからりょーたにつかったの!」

よしこが満面の笑みでそう告げる。

「…な」

「な?」

「…なんだそりゃあああ!!!!」


季節は春、新緑に包まれつつあるこの時節。平穏な日常を求めていた僕にやって来たのは美少女と、この世ならざるものたちが織り成す『非』日常なのであった。

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