清楚の死刑宣告
「私、本当に依織くんが好きなの」
クラス中の時が止まった。
時計の針までも止まったと錯覚するくらい、皆がフリーズした。
完璧清楚系美少女で、ハーフの転校生である青波玲音が、無口でオタクな陰湿男子、俺こと海瀬依織を好きだと言う告白は、それ程までに衝撃だった。
「な、な」
言葉にならない声が漏れる。
俺が口を開くと、クラスにも時の流れが戻ってくる。
すぐさま、がやがやと騒めきに包まれた。
そんな中、青波は伏山に言った。
「ごめんね。君の気持ちには答えられないよ」
惚れ惚れするくらいの、笑顔である。
とても他人の想いを断っている人間の表情ではない。
「私は依織くんが好きなの」
再びそう告げた。
先ほどとは違い、重苦しい。
「初めて会った時から、ずっと」
伏山は黙っている。
その表情は、怒りとも、悔しさとも、悲しさともとれなかった。
無表情。
何を考えているのかわからない。
「おい、伏山?」
俺は気になって伏山の肩に手を伸ばす。
しかし、
「触んなカス」
ハエでも見るかのような目で見られた。
そして、先ほどの表情は何だったのか、一瞬で余裕の笑みを浮かべると言った。
「帰ろうぜ」
「お、おう」
富川がやや遅れて反応する。
そして、それに続いて取り巻き二人も頷いた。
「お前、覚えとけよ?」
ゾッとするようなトーンで伏山が耳元で囁く。
そのまま四人は教室から出て行った。
「あ、ちょっと! 文化祭っ!」
「あー、今日ちょっと用事あるからパス」
文化委員が引き止めるが、手をひらひらさせながら伏山は帰ってしまった。
終わった。
闘いは終了したのだ。
頭の中でゲームセットのブザーが鳴り響く。
それなのに。
あれれ……
これで成功、なのか?
状況が悪化した気しかしないんだが。
俺は青波の方をチラリと見た。
すると、青波はVサインをしてくる。
「イェイ!」
「イェイじゃねぇんだよぉぉぉ!!」
驚くくらいの大声が出た。
残っているクラスの全員が俺の方を見て話し出す。
針のむしろ、まさにそんな感じだ。
「え、上手くいったじゃん」
「お前は頭腐ってんのか? あ?」
もはや言葉なんて選ばない。
というかこいつには別に気をつかう必要すら感じなくなってきたし。
だが、青波はキョトンとした顔で言った。
「だって、君はもう確実に何もされないよ?」
「なんでだよ……?」
何を根拠にそんなことが言えるんだ。
覚えとけよって言われたぞ。
捨て台詞の最上級だろ。
どうすりゃいいんだ。
俺、集団リンチとか受けるの嫌なんだけど。
もうあいつらと関わりたくないんだけど。
しかし、青波は笑顔で言った。
「私が告白したんだから、もう大丈夫」
「それが原因でもっと大変なことになったんだよ!?」
俺は叫ぶ。
「お、おおお前何したかわかってんのか?」
「依織くんに好きって言った」
「あ、うん、そうだね。じゃなくて! 伏山にあんなに喧嘩売ったらどうなることか……」
想像すると、身が震えた。
「くそっ! とりあえず外出るぞ!」
俺は、青波の腕と荷物を引っ掴む。
「ちょ、ちょっと待ってぇ」
青波が荷物を持つのを待って、俺たちは教室を出た。
その時、文化委員に声をかけられる。
「あの、文化祭っ!」
「ごめん! 用事あるからパス!」
すまない文化委員さん。
でも、無理だ。
俺はこの空間で息をし続けるのなんて無理だぁ!
---
終わった……
人生の終了だ。
短い命だった。
「腕、痛い」
「あ、すまん」
俺はずっと掴んでいた青波の腕を放す。
すると、青波は周りの視線に俺を促した。
「ずっと腕掴んでたから勘違いされてるよ」
物凄い数の生徒が俺たちの方を凝視していた。
信じられないものを見るように眺められている。
まるで未確認生物にでもなったようだ。
俺はUMAか?
「私は別に構わないけど……」
「頼むから照れるな。俺が死ぬ。社会的に死ぬ」
「それを言うならもう死んだも同然だよ」
校内を出て、人通りが少なくなると、俺は青波を近所の公園に連れ込んだ。
「お前、何がしたいんだよ」
俺は青波に聞いた。
どういう気持ちであんな事を言ったのだろうか。
俺を困らせたいだけにしては手が混みすぎだし、ドッキリでも伏山に喧嘩売り過ぎだ。
そんな事を考えていると、青波は言った。
「何って、言ったじゃん」
「何を?」
「依織くん好きって」
「だから、そういう冗談じゃなくてだな……」
俺がため息を吐くと、青波は納得したように頷いた。
「なるほどね。君は私の渾身の告白を冗談だと思ってるわけだ」
「当たり前だろ、それ以外になにがあるって言うんだ」
俺は青波の目を正面から見つめる。
汚れのない、澄んだ瞳だ。
だいたいなんでこんな綺麗な瞳が出来るのかが知りたい。
意味わかんねぇ。
俺のDNAもこんくらい有能なら良かったのに。
しかし、そんな時だった。
不意に呼吸が出来なくなった。
「ん? んぉ? んぉぉぉ!!」
何故か、青波の唇が俺の唇にくっついていた。
青波のぷっくり瑞々しい唇が、俺のかっさかさの不細工たらこ唇に、だ。
俺は青波を強引に引き離す。
すると、青波は満足そうな顔をした。
そして、潤んだ瞳で言った。
「依織くんの事が好きです。私と付き合ってください」
死刑宣告だった。
俺みたいな陰キャからしたら、飛んだ公開処刑だ。
ふざけんな。
美少女が俺の事が好き?
舐めてんのか。
俺は断ろうと思って口を開いた。
何を考えているのかもわからない。
ただ、何かを企んでいるのは確実だ。
だから、そんな奴とは付き合えない。
そう思った。
しかし、
「あ、うん」
口からついて出たのは、そんな言葉だった。
青波は、にっこり笑って言った。
「これからよろしく、依織くん」
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