清楚のメッセージ
「ねぇ」
「ねぇったら」
「ねぇ! 無視しないで!」
「うわっ、いきなり大声出すな」
「いきなりじゃないから! 五分くらい声かけてるから!」
耳をつんざくような大音響をダイレクトに受け、顔をしかめた。
耳元には妹の顔がある。
「なんだよ。帰ってたのか」
「あんたが帰ってきた時にはすでに家にいたんだけど?」
不満げな声音で梓が言った。
そうだったのか……
全然気がつかなかったな。
「で、今何時だ?」
「八時」
「げ、そんな時間かよ」
壁掛けの時計を確認すると、確かに八時を短針が指している。
「あんたどうしたの? ぼーっとし過ぎじゃない?」
「まぁ、……な」
「なにそれ」
先ほどの事を思い出して顔が熱くなった。
夕暮れの公園で、初めての経験をした。
相手はあの完璧美少女。
柔らかい唇の感触が未だに残っている。
『依織くんの事が好きです。私と付き合ってください』
「うわあああああ!」
「なに本当に! 気持ち悪い!」
くそ、青波の声を脳内再生してしまった。
思い出すだけで、頭がおかしくなりそう。
「どうしたの? 病院行く?」
「いや、大丈夫だと……思う」
「あっそ。キモい」
「一言余計なんだよ」
梓は、ご飯よろしくーと言い残して部屋を出て行った。
あいつ、多分俺のことを使用人か召使いくらいにしか思ってなさそうだ。
いつかきつい罰を与える必要があるな。
妹キャラが好きなオタク諸君よ。
見よ、これが現実の妹の姿である。
可愛らしい妹? 何だそれ。
どこの宇宙の星からやってきた奴らだよ。
実際そんな可愛げのある妹なんてもんは存在しない。
……と思う。
そうだよね? 他の妹がいる人たち。 ね?
「それにしても、なんだったんだ」
今日は本当に疲れた。
放課後まで、ずっと伏山に喧嘩売ることばっかり考えてたから頭痛いし、その後の伏山たちの睨みの効いた威圧を思い出しても胃が痛くなる。
そしてそれに輪をかけて青波からの告白だ。
「俺、このまま生きていけんの?」
正直不安しかない。
明日学校に行けば、間違いなく富川辺りから嫌がらせを受けるだろう。
伏山は表立った悪行はしないため、いじめ役のお目付はいつも富川なのだ。
いじめ実行隊隊長富川。うん、ダサいね。
お腹とか殴られんのかな。
それとも、顔?
嫌だなぁ。これ以上ブスになるのか。
いや、元々そんなに言うほどブスでもない……か?
俺は確認するために一階の脱衣所へ降り、洗面台の鏡で我が姿を目にした。
「うーん、普通より……ちょい上?」
目はぱっちり二重なんだよね。
重たい唇で損してる感じ。
いわゆるたらこ唇というやつだ。
唇ねぇ……唇、唇……
『なるほどね。君は私の渾身の告白を冗談だと思ってるわけだ』
「あわわわわ」
青波の瑞々しい唇を思い出してしまった。
あの、ぷるぷるしてて、柔らかいやつ。
「ダメだ、何しててもそれしか考えられない」
俺はガンッと洗面台に手をついてため息を漏らす。
帰ってきてから二時間以上、ずっと青波のことしか考えられなくなっている。
確かに青波は可愛いと思うし、付き合いたいとも思っていた。
だが、だ。
それはあくまで、理想の話というやつだ。
俺にとって、青波と付き合うなんて話は夢のまた夢、ファンタジーだった。
高嶺の花は、届かないくらいが丁度いいんだ。
どうしてこうなってしまったんだ。
もし、本当にあの道案内だけで俺のことを好きなったのなら、青波はかなりのちょろインだと思う。
こんなこと思ってはなんだが、そんなちょろい奴と付き合いたくはない。
そういう奴はすぐに飽きて、他の男のところへ行ってしまうと思うからだ。
だからと言って、今更『あ、ごめん。さっきの間違えだわ。やっぱり付き合えませーん』なんて、言えない。
言ったらどうなるかなんてわかったもんじゃない。
少なくとも悲しむだろう。
キスまでしてきたんだ。
今俺のことが好きだというのは間違いない。
そんなことを考えていると、LINEの通知音が鳴る。
「なんだよ、飯の催促なら言いに来ればいいの……は?」
梓からだろうと思って開いたスマホの画面に映っていたのは梓からのメッセージではなかった。
青波だ。
青波玲音からのメッセージだった。
Rainという文字が差出人となっている。
『今日はいきなりごめんね? ちょっとなんか暴走しちゃって、キスしちゃった。好き』
「いや、もう反則すぎだろ。俺を殺す気なのかあああああああああああ!?」
狭い脱衣所に俺の絶叫がこだました。
その後、妹にうるさいと怒鳴られたのは言うまでもないだろう。
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