第2話 ぼくは一人で帰る
陽が傾いて、おどろくほど赤かった。もう二度とあんな赤い太陽を見ることは無かった。財布がなくなってから数時間後の夕方、僕は山口県のよくわからない無人駅のベンチに一人きりで座っていた。所持金は千円。僕の家は横浜である。12歳になったばかりの8月だった。青春18きっぷと、着替えのリュックだけがあった。
財布をなくしてから数時間、皆と駅員さんと話して、落とし物センターなどを回りに回った。駅員さんはみな親切にしてくれた。でも出てこなかったのだ。「もういいよ」と僕はいった。「もう広島に向かわないと、泊まれなくなる」ちょっぴり皆は安堵していた。
「お金を出し合ってさ、宿泊代と、新幹線費を立て替えるから」と皆はいってくれた。「ありがとう」と礼をいって、皆で電車に乗った。「千円、今貸してくれない?缶ジュースとか、欲しくなったときのために」「もっと渡すよ」といってもらったが断わった。「いいんだ、必要ない」
ヘトヘトになっていたキッズたちは電車ですぐ眠ってしまった。僕以外は。次の駅に着くと、僕は立ち上がって寝ている一人の肩を叩いて起こすといった「僕は一人で帰るから!親にはみんなから電話してね!じゃあ!」そして慌てる彼を座席に押し戻して電車を降りた。
慌てる彼は電車から僕の名前を呼んだが、僕は手を振って大丈夫だと叫んだ。彼は中学では柔道部に入って最後は主将になった。僕は不登校は変わらないけど、部活の籍だけは彼に柔道部に入れてもらった。高校ではちょっと不良気味だったけれど、今は小学校時代の同級生と結婚して良いパパやってる。
次の電車が来るまで、一人ぼっちでベンチに座っていた。8月の夕方はビックリするくらい暑くて、太陽は信じられないほど赤かった。僕のこの行動を今から振り返ると、狂気である。今からでも過去の自分に電話で連絡してやりたい。「死ぬぞ」と。所持金千円の12歳は一人で山口県から、神奈川県まで帰れない。無理だと。
だが12歳の僕は違う。12歳だから。バカだから。彼の考えを説明しよう。新幹線代と宿泊費を出してもらうと1万円を超えるお金を返す必要があった。僕のお小遣いは月600円だった。返すためにはお年玉が必要だが、年始に上野の国立科学博物館でしこたまアンモナイトや魚の化石を買ってしまって、もうない。
千円ならお小遣い2月分あれば返せる。すぐだ。でもそれだけじゃなかった。劣等感に負けた。この旅、僕はそもそも無理やり頼み込んで、一度も遊んだことのない転校生が友達と親戚の家に行くのに混ぜて貰っていた。親戚の家では本当にみんな楽しく海で遊んだのに。二度と来ない、最高の夏だったのに。
この旅が「あの学校に行ってない奴が無理やりついてきて、多額のお金まで皆に出させた」ものになるのは、死んでも嫌だった。彼らのことは親友だと思っていた。20年後の今でも。悪い印象で終わるくらいなら本当に死んでもいいと思った。どうせ学校行ってないしね。死んでも同じだ。
というわけで、僕は千円と青春18切符を握りしめて山口県のよくわからない駅のベンチにいた。勝算が無かったわけじゃない。大垣に明け方に着けば、いろいろあっても夕方には広島に着くことはわかっている。今日はもう夕方だが、行けるところまで行けばいい。多分明日には横浜に着く。
どんなに最悪でも3日あれば着く。秋田書店の「サバイバル大全」みたいな本にもにも人間は水だけで相当生きていけると書いてあった。千円あればカロリーの高いチョコレートなどを10枚は買える。水は駅で飲める。勝てる!
いや勝てねえよ。待てよと今の僕は伝えたいができない。12歳の僕はひたすら電車に乗った。山口から広島、岡山。だんだんと疲れて、眠る時間が増える。目を覚ますと、窓の外は真っ暗だった。電車は「三石駅行き」だとアナウンスされていた。腕時計を見ると午後10時ごろだった。
三石駅に降りて、次の電車はもうないと言われた。「ここは県境なんだ。明日の始発まで電車はないよ」ああそうですかといって駅を出て驚いた。地元の人は気を悪くしないでほしいが、ド田舎だ。僕はそれまで「駅がある=町」「町=コンビニはある」の図式で考えていた。
呆然としながら町ともいえない駅前をぐるりと回って、開いているお店など一つもないことを確認して、また駅へ戻った。もう駅も真っ暗だった。「ここで寝るしかない」と思ったが駅前の街灯に寄せられて来る蛾の凄いこと凄いこと。とても無理だ。
ここで僕は最悪の決断をする。「終電後の線路をたどって次の駅に行こう」がその決断だった。なあに、終電後だからね、電車は来ないね!
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