夜の線路を歩く
えりぞ
第1話 学校に行かずに長崎へ
いつも学校にも行かず、家にいた僕だけど、小学6年の夏休みは友達4人で長崎に行った。僕以外の3人とは別のクラスで、以前僕と同じクラスだった2人と、転校してきた男の子。いつものように何もない夏を過ごすつもりだった僕はその旅の帰路、死にかけるのだった。
一度も遊んだことのない、転校生の彼の親戚が長崎に住んでいて、3人で電車旅行すると聞いたのだ。生来の厚顔無恥にできている僕は「つれて行ってくれないか」と3人に頼み込み、電車の席もないのに当日、青春十八きっぷを握りしめて電車に乗り込んだ。夜八時発の「ムーンライトながら」がその電車だった。
夜走る電車に、子供だけで乗り込む。それだけで異常に興奮したが、それよりも僕とは一度も一緒に遊んだことのない転校してきた彼が気になった。厚顔無恥でありながら気が小さい僕は彼が本当にこころよく「あの学校に行ってない奴」を引き受けてくれたのか、疑問だった。
駅まで送ってくれたのは、その転校生のお父さんで、僕も分け隔てなく接してくれたし、転校生も実に気持ちの良い奴で、気の強い男ではあるが、僕のことを嫌がってはいなさそうだった。一昨年彼の結婚式に出た。広告会社で営業職をしている彼はだいぶチャラチャラしていたがそれは未来の話だ。
4人掛けのボックスシートに4人で座る。あるじゃん席!やったぜ!しかし次の駅で見知らぬオジサンが乗り込んできた。なんで4人おるん?って顔をしたオジサンに「僕の席が何故かないんです」と嘘をついて交代で詰めて座ってもらう。
最初トランプをしていた僕らだったがすぐに寝てしまって、気づいたらオジサンが「起きろ起きろ大垣だ」と起こしてくれた。夜明けに大垣駅について、そこからは鈍行列車だ。
その日、夜明けの大垣は夏だというのにすこぶる寒かった。「嘘だろ、息が白くなるぜ」誰かがそう言って、4人で線路に向かって息を吐いた。僕らの吐息は夜明けの陽光に照らされて、白く輝いて拡散した。
一日目は大垣から広島まで行って、ユースホステルに泊まる。大垣の位置は今でこそわかるが当時はよくわかっていない。知ってるかみんな。岐阜県だ。とにかく座れない鈍行列車で、乗り換えもみんな時刻表なんか読んだことがないから滅茶苦茶だ。
大阪付近で電車に乗り込んだ僕らはどうも逆方向の電車だったことに気づき、「降りろ!」の声で降りた。僕以外は。のろまな僕は取り残され、発車する電車を追いかけて走る3人を呆然と見ていた。彼らは僕を追いかけながら叫んだ「神戸で待て!探すから!」
しかしその電車は神戸へは行かないのだ。電車は僕の「頼むから神戸に行ってくれ」という願い虚しく、兵庫県のよくわからない駅へ向かっていた。いかんともしがたく僕は途中下車し、このまま神戸へ行くか、どうするかを考えた。やむをえまい、広島のユースホステルへ向かおう。
広島についたのはもう夕方だった。タクシーで向かったユースホステルには既に3人がいた。彼らは一様に安堵し、すぐに怒り始めた「なんで神戸にいないの!」僕も怒る「だって神戸に行かない電車だよ!待てるか!」和解し、滅茶苦茶に疲れたキッズたちは寝てしまった。
2日目は長崎まで行く。今度こそ順調だ。夕方に長崎駅について在来線に乗り換えた。夜に有明海に面した転校生の大叔母さんの家に着き、2週間の長崎滞在の始まりだ。大叔母さんの家は道一本挟んだお向かいさんが有明海である。僕らは泳いだ。泳ぎに泳いで死にそうになるほど泳いだ。2週間だ。しかし狭い4畳半ほどの部屋に男の子4人を詰め込んでいるわけだからストレスがたまる。徐々にみんなイライラしてきた。
発端は「英語でカルピスウォーターは牛のおしっこという意味だ」という話を転校生の彼がしたことだった。何故か残りの二人が「嘘をつけ!!」と激昂したのだ。そんなことあるかオイ。しかし一人は涙を流しながら怒る。これは不味い、2対1になってしまう。博愛主義たる僕はここぞと2人目の「カルピス英語で牛のおしっこ」説の支持者となり、激烈に主張し始めた。
大叔母さんの家の人たちに聞くが真偽がはっきりせず、一旦休戦となったが、とにかく狭いところに男の子を詰め込んではいけない。30歳になって同窓会で当時の一人が「あれ、COW PISSだったんじゃない?」といい、ついに解決した。当時涙を流して怒った彼は小学教諭になっていた。
そして帰る日だ。くたくたになりながらみんなで電車に乗る。帰りもまた広島でユースホステル一泊、そして今度は新幹線で帰るのだ。帰りの新幹線の切符だけは僕も持っている。
電車が下関に差し掛かるころ事件は起きた。僕の財布がない。本当にない。新幹線の切符は財布の中だ。
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