イフリート
激闘に勝利した余韻に浸る間もなく、
「あ……う」
苦痛の表情を浮かべ、イノリは膝を折った。
理由は明白だ。
《限定解除》により増大した魔力が暴走を始めたからだ。
全身に走る激痛は直接体の中に溶けた金属を流し込まれるかの如く。
その想像を絶する痛みに全身から汗が噴き出す。
加えて体から放出される漆黒の魔力。
これはイノリの体を《魔人》へと堕とす漆黒の輝きだ。
その輝きはイノリを取り込まんとその魔の手を伸ばす。
それを魔力を制御する事でどうにか押しとどめるが、この制御は長くは持たない。
すぐにでもイノリの制御から離れ、漆黒の魔力は暴風となってイノリを呑み込むだろう。
すでにその変調は現れていた。
体の痛みだけじゃない。
深紅に輝く《魔人》の瞳だ。
透き通った瞳の輝きは消え失せ、《魔人》が持つ独特の禍々しい深紅の瞳がイノリの両眼で蠢いていた。
すでに《魔人》への変貌は始まっている。
だけど――
(それでも、思ったよりは長く保っている……ッ)
それこそ《限定解除》した途端に人としての理性を失い、《魔人》として暴走する覚悟すらあった。
それが人としての理性を保ち、そればかりか本来の力を自分の意思で扱えた事こそ僥倖。
これ以上の奇跡はもうないだろう。
だからこそ――
ここから先は絶望に変わる。
「――くそ、がぁああああああああああッ!!」
突如響いた雄叫びにイノリは肩を竦ませた。
そして、その光景に言葉を失う。
もはや立つ力など残っていなかったはずだ。
戦う力は失せたはず。
それなのに、立っていた。
深紅のギアを纏った少女は二本の足を力強く地面に突き立てていたのだ。
穿たれた腹部から大量の血が流れる事も厭わず、血反吐をぶちまけながら、それでも深紅のギアを纏った少女は戦う事を止めようとはしない。
その瞳にはまだ消える事のない闘志が宿っていた。
「ど……どうして!?」
だが、イノリの驚愕はそれに留まらない。
理由は彼女の怪我にあった。
イノリと同じ――それ以上のダメージを負っていた体が癒えていく。
抉られた腹部が深紅の炎に焼かれたと思った瞬間、その傷が跡形もなく消えていたのだ。
焼いて塞いだわけじゃない。
文字通り、跡形もなく消えている。
それは腹部の傷だけに留まらない。
なますに切り刻まれた両手も。腱を斬られた手首も同様に回復していた。
そればかりか――
「燃やせ、《イフリート》ッ!!」
少女の体を炎が覆う。
それは再誕の聖火。
身を覆う炎は硬質な鎧へと生まれ変わり、少女の体を守る。
見間違えようもない。
あれは、イノリが斬り裂いたギアの鎧とまったく同じ代物だ。
(まさか――再生ッ!?)
イノリのその憶測は間違っていなかった。
深紅のギア――その核に使われたイクシードこそ《イフリート》
それは不屈の炎を操る力だ。
燃えたぎる炎は傷ついた体を癒し、暴走するはずの魔力を業火で包み込む。
《雷神》が最強の攻撃力を誇るのであれば、《イフリート》は最強の防御力を誇る。
何者にも染まらない不屈の炎を身に纏う限り、深紅のギアを纏った少女の心は手折られない。
そして――
一度闘争心に火がついてからが、《イフリート》の真骨頂。
「よくもこのアタシを――
再び握られた二丁の拳銃。
それが瞬きの瞬間に姿を変える。
握られたのはガトリング。
計十二門からなる砲身が一斉に火を噴いた。
ズガガガガガガガッ――!
鼓膜を打ちつける轟音。
そして目の前の標的を蜂の巣にせんと迫る弾丸の数々。
イノリはそれを――紙一重で避ける。
咄嗟に射線上から体を逃がし、その銃口から逃れていたのだ。
そして加速。
ガトリングがイノリへと照準をつけるよりも早く、その懐に飛び込む。
ここまで近づけば、引き金を引くよりもイノリの爪の方が速い。
ザシュッ!
イノリの振るった爪が凛音の体を袈裟懸けに引き裂く。
ギアの鎧をものともせず、その華奢な体から再び鮮血が噴き出した。
苦悶の表情に顔を歪める凛音。
だが――
「おらああああッ!」
それがどうした!?
と、ばかりに歯を食いしばり、銃口をイノリへと向けたのだ。
これにはたまらずイノリもバックステップで避けると、直ぐさま凛音の周りを奔るように射線を回避した。
だが、それを狙撃の名手は許さない。
イノリが初動に出るよりも速く、その引き金を引く。
僅かに動きが遅れたイノリはその鉛の嵐に呑み込まれるのだった。
「――ッ!?」
だが、問題ない。
イノリは《銀狼》の身体能力を駆使して、超高速で全ての弾丸を避ける。
今のイノリにとって弾丸を避けるのは造作もないこと。
強化された視力が発射された弾丸を全て捉えているからだ。
そして瞬時に反応出来る強靱なバネを持った筋肉が、超高速回避を可能にしている。
銃弾の雨に飲まれようと、イノリには毛ほどの傷もつかない。
痺れを切らした凛音はマガジンを換装。
再び、二丁の砲身をイノリへと突きつけた。
背中の鎧から炎のアンカーが地面に穿たれ、九つのプラズマボールが砲身に吸収される。
そこから放たれる最強の一撃をイノリは知っていた。
――電磁砲。
《雷神》の持つ九つ雷を究極の一に掛け合わせ、砲弾として撃ち出す一撃だ。
「これでも喰らいやがれえええええ!」
辺り一面を呑み込む極太の輝き。
イノリはその一撃を――
避けなかった。
いや、避けられない。
イノリの後方に何があるのか――知っていたからだ。
だからイノリは、その一撃を受け止める!
「あああああああああああああッ!!」
叫んだ咆吼がその威力を物語る。
踏みしめた地面が陥没し、周囲に亀裂が奔る。
イノリが身に付けていた衣服は電磁砲の熱に焼かれ、消失した。
イクスギア以外身に纏うもの全てを燃やし尽くす電磁砲の前に、イノリは苦悶の表情を浮かべ、ありったけの魔力を放出させる。
それは漆黒の魔力の壁だ。
暴走する魔力は傷ついたイノリの体を蹂躙する。
だが、その一方で、イノリを呑み込まんとする漆黒の魔力は、電磁砲からイノリの身を守っていた。
そして――
「あああああああああああッ!!」
裂帛の気合いと共に魔力の壁を僅かに上空へと逸らす。
電磁砲はその壁を昇り、遙か彼方へと霞みとなって消え去った。
爆心地には二本の足で立つイノリの姿があった。
イノリは無事だ。
魔力の暴走で意識を失いかけながらも、それでも最後まで繋ぎ止めた。
そして、イノリの遙か後方に待機していた
イノリは今度こそ守り切ったのだ。
特派の皆を――
だが、その代償は重い。
「あぐっ、あぁあああ……」
イノリは胸を押さえ、その場に蹲る。
すでに、魔力制御はイノリの手から離れ、その身を漆黒の魔力が覆っていたのだ。
全身に奔る激痛が気絶と覚醒を繰り返す。
その度に苦痛に甲高い悲鳴を上げ、のたうち回るイノリ。
その姿はまさに――《魔人》へと堕ちる瀬戸際だった――
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