私は彼の事が大好き――
「はぁ……」
授業が終わるのと同時に一騎から盛大なため息が漏れる。
ようやく迎えた放課後に安堵する暇もなく、一騎はさっさと帰り支度を始めた。
鞄よし! 忘れ物なし!
さぁ、帰ろう!
ひと目を避けるように体を丸め、一騎は教室からの脱出を試みるのだが……
「一ノ瀬君?」
まるで一騎の行動を予測していたかのごとく、目の前で銀色の髪がなびいた。
「い……す、周防……さん?」
思わず口を突いて「イノリさん?」と出かけたが、有無を言わさぬ無言の圧力に一騎は咄嗟に言い直す。
「どこに行くんですか?」
「え、えーっと、家に帰ろうかな……と」
「そうですか、ところで――」
満面の笑み。でも目は笑っていない。
「学校の案内をしてくれるという約束、もちろん覚えていますよね?」
「……も、もちろんだよ」
「そうですか、なら少し待ってもらってもいいですか? 私も鞄とって来ます」
一騎は無言のまま、首を縦に振る。
担当教諭から周防イノリの案内を任されているのだ。
複数のクラスメイトが志願する中、なぜか――と言うほどでもないが、イノリが一騎を指名。表向きは生徒会の役員だから――と言うことらしい。
もちろん、本心は違うだろう。
逃げる事を諦めた一騎。
再び盛大に吐くため息の原因は、主に周囲の視線だ。
突如として転校してきた美少女から名指しの指名。
さらには、仲良く見える(クラスメイトの勝手な誤解)間柄に加え、放課後も独占。
クラスが嫉妬しないわけがない。
少しでもお近づきになりたい男子生徒達からは怨嗟の眼差し。
純粋にお友達になりたい女性生徒達からは「お前、空気読めよ」という嫌悪の眼差し。
こんな視線にずっと晒されて来たのだ。もはや、精神的ダメージは甚大だ。
胃がキリキリと悲鳴を上げる。
けど、きっとこの胃痛の原因はクラスメイトの視線だけではないだろう。
「ちょっと、周防さん!」
「……はい?」
一瞬、苛立ったような表情を浮かべたイノリは鉄壁ともいえる笑顔を瞬時に武装し、振り返る。
そこには、一騎と同じ生徒会メンバーの友瀬結奈が目尻を吊り上げ、これでもか! とわかる程の不機嫌な表情を浮かべていた。
「なんですか、友瀬さん?」
「なんですか? じゃない! 何で一騎と一緒に帰ろうとしてるのよ!」
「なぜって学校の案内をしてもらうからですよ?」
「一緒に帰る必要性ないじゃない」
「……それだけじゃないんですよ。私、まだこの街のこと全然知らなくて……それを一ノ瀬君に相談したら、『なら、帰りがてら、俺がこの街を案内してやるよ』って優しく声をかけて下さったんですよ」
「はぁ!?」っと結奈が素っ頓狂な奇声を上げる。
ついでに、クラスメイトの視線がさらに強くなる。
一騎はブンブンと首を振って、否定するが、この視線、誰も信じちゃいないだろう。
誰だ? その一ノ瀬君は? 絶対、僕じゃないぞ……
半眼でイノリを見つめる一騎。
イノリは一騎と視線を合わせようとはせず、強引に話を進める。
「……一ノ瀬君を待たせるもの不本意です。用件がそれだけなら……」
「話は他にあるわ! 何で一騎だけなのよ」
「だけ? というのは?」
「私だって生徒会役員なのよ? なら、同性で役員でもある私にすればいいじゃない。一騎は関係ないでしょ!」
「……初耳でした。友瀬さんも役員だったんですね」
「ええ、そうよ。だから――」
「でも、お断りします」
「はぁ!?」
「だって……」
イノリはなぜか、頬を赤く染める。
そして肩をプルプルと震わせながら――
「わ、私は……彼の事が……だ、大好き――って言えませんよ! そんな事ッ!?」
まるで屈辱に耐え忍ぶかのように囁かれた前代未聞の告白。だが、それは我慢の限界に達したイノリの一人ツッコミで強引に幕を下ろした。
イノリとしては不承不承ながらの演技だったのだろう。
だが、怒りに震える体が、演技だとわかっていても恥辱に染まる頬が、イノリの虚言を真実に塗り替えてしまった。
一同がポカンとする。
真相を何となく察していた一騎でさえ、あまりの可愛さに悶絶してしまっていたのだ。
まるで、教室の時間だけが止ってしまったかのような静寂。
「と、とにかく!」
イノリも恥ずかしさのあまり演技のことなどすっかり忘れてしまったのか、目くじらを立てて、硬直する一騎の腕をとる。
「私達はこれで!」
周りの視線などお構いなしに連れ出される一騎。
教室を出た途端、結奈を筆頭として教室全体がワッと爆発したように騒ぎ立てるのだった――
(あぁ、終わった……僕の平和な学校生活……)
◆
ズカズカと廊下を歩くイノリ。
一騎は周囲の視線に晒されながも、その後ろ姿を追った。
行き着いた先は「立ち入り禁止」の張り紙が貼られた屋上への扉だ。
イノリはその張り紙をサラッと無視して、ドアノブに手をかける。
「……」
ガキンッ! という聞き慣れない音がドアノブから聞こえた。
そして、ゆっくりと開く扉。
「……イノリさん」
苦言めいた視線をイノリへと向ける一騎。
イノリの足元には粉々に砕けた金属片が散らばっていた。
「……鍵が老朽化していたみたいですね」
「違うでしょ!? 今、ガキンって音、したよね? 鍵壊したでしょ!?」
「か弱い私にそんな事出来るわけないじゃないですか」
「誰がか弱い――いえ、すみませんでした!」
ジロリと睨んできたイノリに即座に手の平返し。
完全に尻に敷かれる形となった一騎は、そのまま屋上へと連れ出されるのであった。
「ここが、屋上か……」
初めて目にする光景に一騎はポツリと本音を吐露する。
屋上なんて今まで一度も来た事がなかった。
立ち入り禁止となっているので、当然なのだが、それにしても――と一騎は周囲を見渡した。
あちこちに落ちた菓子パンなどの袋の残骸に、空になったペットボトル。
つい最近まで誰かがいたような痕跡に一騎は首を傾げた。
イノリが鍵を開けるまで、扉の鍵はかかっていた。
屋上の鍵は職員室にあり、教師以外はまず来られない。
だが、教師がこんな場所に来る理由も見当たらず――
「ここなら誰も来ないでしょう」
「いや、誰か来るんじゃない? 明らかに誰かいたよね?」
散らばったゴミを指す一騎。
イノリは周囲を一瞥すると気にした素振りも見せず、イクスギアのイクシード格納庫をスライドさせた。
「あぁ、それ、私が捨てたゴミです」
「いや、片付けてよ!」
「いいじゃないですか。誰も来ないんですよ?」
「そういう問題じゃないよ……」
どうでもよさげに真実を告げるイノリにジト目を向ける。
ガシャンとスライドしたイクスギアにイノリは光の結晶――イクシードを装填。
ブレスレットから魔力の輝きが溢れ出す。
一騎の手を握るとイノリはイクスギアのスタートアップコードを唱えた。
「《
突如、二人を青白い光の膜が包み込む。
悲鳴を上げる余裕さえなく、二人を包んだ光の球体は忽然と屋上から姿を消したのだった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます