異世界からの転校生
特派で開かれた歓迎パーティーの翌日。
一騎は戦いのない日常へと戻っていた。
しばらくの間は普段通りの生活をしてもいいとクロムから告げられた事もあり、一騎はとりあえずいつも通りに登校したのだが――
問題はそこで起こった。
(完ッ全に忘れてた……)
登校して早々、壁際に追い詰められた一騎は冷や汗を滲み出しながら、慣れない壁ドンに再び戦慄を覚えていた。
一騎の目の前には幼馴染みの友瀬結奈がこれでもかというほどの怒りを露わにして、一騎に迫っている。
周りの生徒達は遠巻きに一騎達の修羅場を眺めているだけだ。
いや、助けてよ……
懇願に近い眼差しを一番近くにいた生徒へと試しに向けてみる一騎。
だが、一騎と目が合うとすぐに逸らしてしまった。
他のクラスメイトに視線を向けても同様の反応。
誰も助ける気がなさそうだ。
思わずため息が零れる。
だが、その行為が結奈の癇に障った。
「一騎……」
「は、はい!」
抑揚のない声は閻魔の囁きのように一騎の心に恐怖を刻む。
上ずった声で返事をする一騎。
結奈の瞳は据わっており、それが余計に一騎の心を萎縮させていた。
「どうして、一緒に避難しなかったの?」
「いや……それは……」
答えられない。
イノリを助ける為に飛び出したと言ったところでまず信じないだろう。
それ以前の問題として、特派の存在は誰にも話してはいけない事になっている。
異世界の事も、《魔人》の存在も、そして、十年前の真実も全てだ。
興味本位で《魔人》に近づく事を避ける為。
そして、イクスギアを含めた異世界の技術の悪用を防ぐ為にも特派の存在を公にする事は出来ないのだ。
「そもそも、この二日、どこにいたのよ」
「え、えーっと……」
この前の避難警報で一騎は結奈だけをシェルターへと避難させていた。
警報が鳴ったのは二日も前のことだ。
その間、一騎は慣れない戦闘で意識を失い、特派の空中艦へと搬送されていた。
意識を取り戻したのが昨日で、そのまま結奈に連絡することなく自宅へと戻っていた。
今、ポケットの中に忍ばせている携帯電話には恐らく、数え切れない数の結奈からの着信が未読のままになっているはずだ。
携帯を見るのが怖いと思ったのは初めてだ。
いや、そんな事より、今、この局面をどう乗り越えるべきか――それを考える方が先だろう。
(け、けど……どうすれば……)
そもそも、この局面を回避できるだけの手腕が一騎にあれば、最初からこんな目には遭っていないだろう。
視線を泳がせ、言い訳を探すが妙案がまるで浮かばない。
だが、幸いにも救いの手が差し伸べられる。
校内中に響き渡る予鈴。
無機質なスピーカーから流れるメロディーはこの状況を打破する唯一の手段だった。
「ゆ、結奈……予鈴も鳴ったし、話は後にしないか?」
HRと一時限目を合わせれば、それなりの時間が取れる。その間に結奈を説得出来るだけの内容をでっち上げるしかない。
一騎は藁にも縋る思いでそう提案してみるが、一騎の両脇を挟む結奈の手が離れる気配が一向に訪れない。
「いや」
ハッキリと拒絶の言葉が結奈の口から突いて出る。
「だって、そう言って適当な嘘を考えるつもりでしょ? 一騎ってば都合が悪くなるとすぐに逃げようとするんだから。もうその手には乗らないわよ」
「う……で、でも、生徒会の僕たちが校則を破るなんて、他の生徒に示しがつかないだろ?」
「壁ドンしてる時点で生徒達への示しもなにもないわよ!」
ごもっとも……
一騎は乾いた笑みを浮かべ、全ての退路が断たれた事に愕然としていた。
だが、救いの手は意外なところから差し伸べられた。
「すみません、もうHRが始まってますよ?」
結奈の後ろに隠れて姿こそ見えないが、誰かが険のある声で注意してくれた。
誰だろう? この救世主は?
クラスメイトなのだから当たり前だが、聞き覚えのある女の子の声。
それもつい最近聞いたような気がした。
冷めた感じの口調。どちらかと言えば優しいより、近寄りがたい印象を与える喋り方。
周囲に壁を作るように距離感を与えるイントネーションに一騎は「おや?」と疑問を抱く。
本当、つい最近、同じ口調の女の子と喋った気がする……
一騎は油の切れた機械のようにギギギッ……と首を動かし、結奈の背後に視線を向け、目を疑った。
「い……イノリさん!?」
流れるような白銀の髪。ややつり目がちな瞳にミルクのように白い肌。凛とした雰囲気の中に含まれた確かな威厳。
教室中のクラスメイトが一同に彼女に慕情の眼差しを向けていた。
その感情もわからないではない。
誰もが目を奪われる程の整った容姿。
現に、クラスメイトはもちろんの事、あの結奈ですら見惚れてしまっているのだ。
だが、一騎の疑問は別のところにある。
結奈の身に付けている衣服だ。
これまで一騎が見てきた彼女の装いはイクスギアを装着した姿か、特派の制服姿くらいだ。
だが、今、彼女が身に付けている服はそのどちらでもない。
一騎が通う高校の制服と瓜二つではないか!
それに、なぜ、彼女が教室に?
そして、黒板に書かれた『
状況証拠を見れば誰が見てわかる真実を受け止める事が出来ず、一騎は唖然とした表情浮かべ、助けを乞うようにイノリへと視線を向ける。
イノリは誰が見てもわかる不機嫌そうな顔を一瞬で柔やかな笑みで覆い隠すと、可愛らしくお辞儀をするのだった。
「初めまして、周防イノリです。よろしくお願いします」
その仮面のように貼りついた満面の笑顔の裏側には般若のような形相がはっきりと浮かび上がっており、
(余計なこと喋ったら許しませんよ?)
と、無言の圧力を一騎に向けるのだった――
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