《魔人》の正体

 クロムに殴りかからなかったのは一騎にそうするだけの余裕がなかったからなのか。

 それとも、先ほどのクロムの正体を見て、敵わないと二の足を踏んだからなのか――

 あるいは、その両方か……

 だが、懺悔するように紡がれた言葉に、怒りを覚えないと言えば嘘になる。

 

 あの大震災で一騎はあまりに多くのものを失いすぎた。


 住む場所、友達、そして家族――

 天涯孤独の身となった一騎にとって、目の前にその元凶がいるという現状。無駄だとわかっていても、身を焦がす怒りが口を突いて出てくる。


「どうして……」


 絞り出すように一騎は言った。


「どうして、僕たちの世界に来たんですか……」


 召喚者が来なければ、一騎は家族を失うこともなく、今とは違った幸せを得られていたはず。

 だが、その全ては十年前に奪われた。

 崩壊した街が、燃え広がる劫火が、助けを求める絶叫が、今も一騎の耳にこびりついて離れない。


 誰も死にたくなかった。そう、誰も。

 自然災害ならば――と、仕方のないことだと、誰もが納得し始めていた。なのにこの現実は、あまりにも残酷だ。


「すまない」


 クロムの謝罪の言葉に一騎は唇を噛みしめる。


「それで――」

「それで済むとは思っていない。この艦にいる誰もがそうだ。あの日の光景を誰も忘れちゃあいない。だから、俺達は、戦って来たんだ」

「戦って……? 《魔人》とですか?」

「あぁ。それがこの世界に対する償いと元の世界に帰る為の唯一の方法だからだ」


 頷くクロム。

 どうやら、《魔人》との戦いには一騎は思っていた以上に事情があるらしい。

 過去の償い。そして、唯一の帰還方法。

 クロムの語る言葉に自然と意識が集中していく。


「君はもう見ただろう? 黒い霧がなくなった《魔人》の姿を――」

「はい」


 一騎が倒した《魔人》は全身から黒い粒子を放出していた。

 それは初めてギアを纏った時、一騎の体から溢れ出した黒い光と同じで、イクスギアでその粒子を吸収する事が出来たのだ。

 そして、その黒い粒子に包まれていた《魔人》の正体が――


「……エルフ、ですよね?」


 尖った耳に緑を基調とした独創的な装束。

 クロムの正体を知るまでは、その存在を否定し続けて来たが、異世界が――召喚者がいる事を知った今、その事実を受け止める事が出来る。

 エルフもまた、クロムと同じく召喚者の一人だったのだろう。


 ならば、クロムが《魔人》ではなく人として。

 そしてエルフが人としてではなく《魔人》として存在していた――その違いは……


 イクスギアだ。


 クロムはイクスギアを外す事で本来の姿――『鬼』としての姿を一騎に見せた。

 そしてギアを装着する事で人間の姿に戻っている。


 あの《魔人》にしてもそうだ。

 黒い粒子をギアが取り込む事で《魔人》からエルフの姿へと一変した。


 全てに共通するのはイクスギアだ。


「クロムさん……答えて下さい。あのエルフとクロムさん達は同じ世界から来ていますよね?」


 一騎の問いかけはあくまで確認だ。

 今し方脳裏を過ぎった憶測が間違いでないことの確認でしかない。

 もう、一騎の中で、ほとんど答えは出ていた。


 《魔人》の正体は――


「ああ。《魔人》は俺達と同じ世界から召喚された。いや、君ならもう想像はついているだろう。《魔人》は俺達の同胞だ」

「……」


 驚きは少なかった。

 クロムの丁寧な説明があったからだろう。

 その真実を憶測出来たからこそ、クロムの口から語られた《魔人》の正体にそこまでの衝撃を受けなかったのだ。

 一騎の追求はなおも続く。


「イクスギアが全ての鍵なんですよね?」

「……ああ。一騎君の言う通り。イクスギアは……俺たちの魔力を封印する魔道具だ」

「魔力……?」


 聞き慣れない言葉に一騎は説明を求める。


「そうだな……簡単に言ってしまえば魔力というのは――」


 語られたクロムの説明はまるで現実味がなかった。


 魔力と呼ばれる力は、ゲームなどでいうMPのようなものだ。

 アステリアに生まれた種族の全てがこの魔力と呼ばれる力を持っており、成長するに従ってその総量は上昇していく。

 そして、魔力とは生命エネルギーと密接に関係してくる。

 総じて、生命エネルギーが強い程魔力が多い傾向があり、年老いるにつれ、魔力量も衰えてくるそうだ。

 さらに生命の危機に瀕した際には魔力も低減し、魔力を失いすぎると命を落とす事もある。


 魔力と生命力の間には切っても切れない関係性があるのだ。


 

 そして、魔力があるということは当然ながら、魔法が実在するということ。


 魔力を消費して、火球を出したり、雷を操ったり、空を飛んだりする力の事だ。

 ファンタジー世界ではお馴染みの魔法。

 異世界にはその技術があるらしい。


 だが――


「魔法はこの世界では使うことが出来ないんだ」


 実演を求めた一騎に返ってきた返答は少しばかり気落ちするものだった。


「この世界で、俺達が魔力を封印している理由は二つ。一つはこの世界に魔力という異分子が存在していないからだ」


 それはそうだ。

 魔力、魔法。それらの言葉自体は存在していても、全てはフィクションでしかない。

 実在するという話は聞いた事がなかった。


「だからだろう。この世界は異分子である俺達の存在を認めなかったんだ」

「認めない?」

「あぁ。魔力の暴走。この世界に初めて召喚されて俺達が味わった洗礼だ。生命とも呼べる魔力の暴走。体がバラバラになりそうな激痛。生を手放したくなる、永遠ともいえる絶望だ。どうやら、この世界は魔力を強制的に暴走させる力が働いているらしい。魔法を使えないのはその為だ。魔法を使うには魔力をある程度操作する必要がある。だが――」

「この世界では魔力が暴走してしまうから、使えない……」

「その通りだ。そして、魔力の暴走を押さえる為にリッカ君が己の暴走に耐えながら完成させたのが、今、君が装着しているイクスギアだ」

「イクスギアが……」


 魔力の暴走を押さえる――それは先ほどクロムが言った魔力の封印だ。

 暴走するはずの魔力をイクスギアの力で相殺し、生命活動の限界ギリギリまで、魔力を抑え込む。

 それが、本来のイクスギアの機能らしい。


「けど、ちょっと待って下さい、魔力の低下は命に関わるって……」

「ああ。その通りだ。俺達の命は常に灯火。だが、瀬戸際で生き抜かなければ堕ちてしまう」

「堕ちる?」

「あぁ、魔力の暴走。その行き着く先は死ではない。《魔人》と俺達が呼ぶ怪物だ」


 クロムから語られる真実は、一騎の明日を決める導となっていく――

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