真実を知ったその先で

「暴走の行き着く先が……《魔人》?」


 一騎は釈然としない表情を浮かべ、その言葉を繰り返す。

 まさか――という疑念が先にわき上がる。

 特派の人達と《魔人》が同じ世界から召喚された事はなんとなく想像がつく。

 だが、クロムたちが《魔人》になる姿がイメージ出来ない。


 だが、クロムが冗談でこんな事を口にしているとは思えない。

 苦悶の表情で紡がれる真実に一騎は冷水を浴びせられた気分だった。


「あぁ。これが魔力を封印する二つ目の、いや、最大の理由だ。魔力の暴走に限界が訪れると、今度はイクシードの暴走が始まる」

「い、イクシード? なんですか、それ?」

「まぁ、魔力の核のようなものだよ。俺達は全員イクシードと呼ばれる能力を身に付けているんだ」


 クロムが言うには、そのイクシードと呼ばれる力は個人によって千差万別であり、種族による統一性も皆無。つまりはその人固有の能力になるらしい。

 その力は魔法のように火を起すことも、風を生み出す事も、水を操作する事も可能であり、つまるところ、魔法とはその人特有の能力であるイクシードを誰でも使えるように大衆化した技術なのだという。


 そして、イクシードは魔力の核。魔力を生み出す源でもあり、召喚者にとって心臓にも等しい力だ。


「魔力の暴走は、俺達の中に宿るイクシードすら暴走させる。能力が暴走した姿こそが君が見たあの黒い怪物――《魔人》だ」


 暴走したイクシードは黒い魔力粒子を放つ。

 《魔人》の体を覆う外郭はイクシードが暴走した結果、イクシードに適した形に魔力を形成。鎧として身に纏っているから。

 一騎が出会った《魔人》が一様に黒い怪物だったのも、そして、黒い異形でありながら、腕が剣のように鋭く尖っていたり、爪が異常に長かったりと姿にばらつきがあったのも、イクシードの暴走による影響からだった。


「俺達は暴走した同胞を助ける為、そして、この世界に被害を出さない為にこの国の政府に掛け合って特派の存在を認めてもらったんだ」


 これが、この世界の裏側で起こった真実。

 異世界との接触。それにより引き起こされた大災害。そして《魔人》化という召喚者の暴走。

 《魔人》を救う為、そして世界を守る為に組織された召喚者たちによる組織――特派。


 特派の成り立ちや《魔人》の正体はわかった。

 魔力の暴走を押さえる為にイクスギアが必要だと言うことも。

 そして――

 

「……ギアに戦う力があるのは《魔人》を助ける為ですか?」

「あぁ。魔力を封印した俺達の力はこの世界の住人とさほど変らない。その状態で《魔人》と戦う事がどれだけ無謀か――君ならわかるだろう」

「……はい」


 一騎は《魔人》に襲われたことのある。

 あの時、一騎は《魔人》に手も足も出なかった。逃げる事さえ叶わなかったのだ。

 ただの人に《魔人》を倒す力はない。身をもって経験しているからこそ、先ほどの質問がいかに愚問だったか痛感する。


 要するに必要なのだ。

 戦う為の力が。


「イクスギアには戦闘用機能として、魔力を解放する機能がある。とはいえ、暴走しない程度にだがな」


 だが、魔力の解放とはいっても、その人に備わったイクシードや魔法を使えるだけの魔力を解放するわけではない。

 イクスギアに搭載された機能を起動させる最低限の魔力だけだ。


「その僅かに解放された力を使って、イクシードの力を宿した鎧を形成しているわけだ」

「え……? 待って下さい。イクシードは使えないって」

「俺達のは、だ。君も覚えているだろう。イクスギアが暴走した魔力とイクシードを吸収しているところを」


 一騎は少し考える素振りを見せ、思い至ったように首を縦に振る。

 黒い魔力をイクスギアは吸収していた。恐らくあの光景こそが、暴走した魔力とイクシードの吸収なのだろう。


「イクスギアの最大の特徴は暴走した魔力やイクシードを吸収するだけではない。吸収したイクシードを鎧として纏える事こそが最大の特徴なんだ」

「イクシードを、纏う?」

「あぁ。その封印した力を、純粋に力へと変える機能をイクスギアは持っている」


 それが、一騎の纏ったイクスギアであり、イノリの持つイクスギアなのだろう。

 《魔人》から封印したイクシードで《魔人》と戦う。

 それがイクスギアの戦い方なのだ。


「その点の詳しい説明は俺よりも適任者がいる。後で彼女から教わるといい」

「はい……」


 まだ、疑問は残るが、イクスギアに関する質問はクロムでも手に余るところがあるらしい。

 魔力の封印。そして封印した力を纏う能力がある事だけを覚えておいて欲しいと頼まれる。

 

 けど、その説明の仕方だと……


「クロムさんのギアにも戦う機能があるんですよね?」


 初めて出会った時、戦えるのはイノリだけしかいないとクロムは言っていた。

 だが、今の説明を聞く限りでは、特派の人たち全員が戦えることになる。

 なにせ、封印したイクシードがあればイクスギアで戦えるのだ。

 年端もいかないイノリや一騎のような少年少女に任せるより、大人に任せる方がいいのではないか?

 クロムが自身の責任を子供に押しつけるような性格でないことくらい、短い付き合いの一騎でもわかる。

 そして、恐らくは特派に所属する全ての人達がそうだ。

 

 クロムは一瞬押し黙ると、表情に影を落としたまま、頷く。


 やはりあるのだ。イクシードを纏う機能は。なら、戦えないわけではない。


「なら、どうして、イノリさんだけが戦っているんですか?」

「……俺達はもう戦う事が出来ないんだ。改めて教えよう。イノリ君は二代目なんだ。ギア適合者として」

「二代目? つまり、初代がいたって事ですか? けど、それとクロムさんが戦えない理由は……」

「一騎君、魔力についての説明は覚えているか?」

「ええ、クロムさん達の中にある力ですよね? ギアはそれを解放して戦う力に変えている」

「そうだ。付け加えるとするなら、魔力は成長するに従ってその魔力量も力も増していく。俺とイノリ君の魔力量は桁が違うんだ」

「それが何ですか? 魔力の量が違うからって……」

「それが、一番問題なんだ。魔力が暴走しない範囲で、尚且つギアが機能するレベルまで魔力を解放出来るのはもはやイノリ君ただ一人だ。前任の適合者だった少年も成長した魔力が理由で戦線を離脱している。今はアステリアの操縦桿を握っているよ」


 クロムがもし、ギアを起動させるだけの魔力を解放しようものなら、一瞬で魔力が暴走してしまうらしい。

 力も未熟で、魔力も劣るイノリだからこそ、暴走を押さえ、ギアを運用する事が出来るのだ。


「付け加えると、俺達はこの艦――アステリアから長時間離れる事が出来ないんだ。リッカ君の発明したイクスギアの封印力をもってしても、成長した魔力を押さえる事が出来ていない。この艦に備わったマナフィールド――魔力を封印する機能がなければ完全に押さえ込む事が出来ないんだ」


 だから、戦う事が出来るのはイノリだけ。だと、クロムは断腸の思いで口にする。

 アステリアに搭載されたマナフィールドは本来、ギアの行き届かない召喚者たちの魔力を封印する為に用意された機能らしいのだが、イクスギアに搭載された機能よりも格段に強力で、クロム達のような強大な魔力保有者の魔力を封印するのにも使われているらしい。


 何の制限もなく、地上を出歩けるのはもはやイノリ、ただ一人。

 特派は――召喚者達はこの十年で、この世界にそこまで追い詰められていたのだ。


 ◆


 全ての話を聞き終え、一騎は生唾を呑み込んでから聞いた。


「もし、ですよ、もしイノリさんの魔力が今よりも強くなって戦えなくなったら、どうなるんですか?」


 決まりきった答えだとわかりながらも、一騎は尋ねずにはいられなかった。


「俺達は《魔人》に対抗する手段を失う事になる。この世界は《魔人》に蹂躙される事になるだろうな」

「……」


 言葉が続かなかった。

 特派と《魔人》の戦いは時間との勝負。

 時間が経つにつれ、圧倒的に不利になる戦いだ。

 そして、その時間はもう残されていないのだろう。


「だが、そうなる前に俺達は全ての《魔人》を救い出してみせる。そして、帰還する。元の世界に」

「あるんですか? 元の世界に戻る方法が」

「ああ。《ゲート》の力を持った同胞――俺達をこの世界に召喚した力を持った彼もまた、この世界に召喚され、《魔人》として暴走している。彼の力を封印すれば、元の世界に帰る手段も手に入るだろう」


 異世界を渡る力。

 その能力がこの世界に実在する。

 それなら、まだ希望は残されている。


「一騎君。全てを知った上でもう一度言わせてもらう。君はこの世界の住人でありながら、その身に魔力を秘めている。その理由は現在、調査中だ。だが、君は俺達にとっての希望なんだ。その力、もう一度、俺達に貸してはくれないか? 無論、暴走の危険性もある。断ってくれても一向に構わないが……」

「やります」


 一騎は淀みなく答える。

 

 最初から決めていた。

 どんな事実が待ち受けていようと、この胸の答えだけは変らない。


「いいのか? 俺達は……」

「僕の家族を、この世界を滅茶苦茶にした。なにも思わないと言えば嘘になります。けど、クロムさん達は命を削って僕たちを守ってくれてきた」


 災害の記憶。あの時感じた理不尽を、それを引き起こした異世界の存在を一騎はまだ許す事が出来ない。

 けど、それでも、彼らは命がけで守ってくれた。《魔人》の脅威から。今日までずっと。


 それに――


 一騎の胸の奥底に宿る誰かの言葉。


 助けを求める声に必死に手を伸ばす誰かの言葉だ。


 あの言葉が一騎を突き動かすのだ。

 あの人のようになりたいと。顔も思い出せない彼女のように誰かを助けられるなら。

 

 この気持ちにだけは嘘は付きたくないから。


「だから、僕も守る為に。イノリさんだけじゃない。皆の事を。皆の笑顔を守る為に。誰もが望むハッピーエンドの為に僕はこの力を使います」



 今日、この日。一騎の歩む道が定まるのだった――

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