異世界から召喚された者達

「そうだな……」


 クロムは顎をさすりながら、思案めいた表情を浮かべ口を開く。


「薄々は感づいているだろうが……俺達は普通の人間じゃない」

「まあ、そうでしょうね」


 空中艦はもちろんの事、《イクスギア》の機能は今の技術力では説明できない代物だ。

 むしろ、これで普通の人間だ。とか言われても信じられない。


 だが、続くクロムの言葉に一騎は絶句した。


「俺達は異世界から来た住人。つまりは異世界人だ」

「…………は?」


 たっぷり間を開けて、一騎は聞き返す。

 別にクロムの言葉の意味がわからなかったとかではない。

 ただ、単純に自分の耳を疑ったのだ。


「い、異世界……ですか?」

「あぁ。アステリアと呼ばれる世界。この艦にいるクルー全員がその世界の出身だ」


 ますます信じられない。

 異世界が存在する事。そして目の前に異世界人がいる事実。

 一騎は頭を抱え、唸り声を上げながら、必死に話を呑み込もうとするが、どうしても目の前のクロムを異世界人とは思えなかった。


 なにせ、常人離れした力を持っていても、見た目はただの人なのだ。

 あの時見た《魔人》のエルフのように特徴的な姿をしていればまだ納得出来ただろうが……


「その……本当、なんですか?」


 思わずその言葉が口を突いて出る。

 クロムは少し困ったような笑顔を浮かべ――


「今から見せる事は皆には内緒にしててくれ」


 そう前置きしてからおもむろに腕に装着していた一騎と似た形状の《イクスギア》らしき物に手を伸ばす。

 クロムの指がギアに触れた瞬間、ガシャンと音を立て、ギアが外れる。

 床に転がったギアが空しい金属を響かせながら一騎の足元まで転がった。

 一騎はそれを拾い上げながら、驚愕に満ちた瞳でクロムを見つめていた。


 目元まで下ろしていた赤い髪は天を突くように逆立ち、黄金の両目が怪しく光る。

 元々大柄だった巨体はさらに一回り大きくなり、軋んでいたベッドが真っ二つに折れた。

 隆々とした筋肉の鎧がクロムの体を覆っていたシャツを破り、サイズの合わなくなったズボンや靴も破け、伸縮性が売りの下着だけがクロムの体を覆う。


 驚いたのはそれだけじゃない。

 クロムの額から生える二本の角。

 天を仰ぎ見るように反り返った角は黄金色に輝き、脈打つように明滅していた。


 その姿を一言で表すなら――『鬼』だ。


「これで、納得出来たかな?」

「ひ、ひぃッ……!?」


 さらに野太くなった声音でクロムは放心状態の一騎の様子を伺った。

 完全に萎縮してしまった一騎は脅えるようにコクンと何度も首を縦に振る。

 声だけで、ただ存在するだけで、気が遠のいてしまいそうな威圧感を放ちながら、クロムの鋭利な爪が器用に一騎の手からギアを拾い上げる。

 クロムの腕に合わせてギアが伸張する。

 ガシャンと音を立て、再びクロムがギアを装着する。

 ギアが眩い輝きを放つ。その燐光は青。

 クロムの巨体を覆うように青白い光がクロムを包む。その光景は一騎やイノリがイクスギアを纏う時とまったく同じ光景だった。


 青い光が消え去るとそこにはいつものクロムの姿があった。

 衣服は破け、ほとんど裸に近いが、一騎しかいないこの空間では恥じらう必要もないのか、腕を組んで堂々たる態度で折れたベッドに座り込んだ。


「まあ、見た通り、俺は鬼人オーガ……君達の言葉に直せば鬼という事になるな」

「ほ、本当に……」

「あぁ。もちろん。とはいっても今の姿になったのは数年ぶりだ。普段はこのギアで力を封印しているからな」


 クロムは身に付けたギアをさすりながら、有り難そうに口にする。

 一騎はそんなクロムを見つめながら、今し方見たばかりの真実をゆっくりと嚥下する。


 クロム達特派のクルーが異世界から来たことはもはや疑いようのない事実。

 もし、これ以上何かを疑うなら、先ほどのクロムの姿を否定する事になってしまう。

 あれほどの威圧感、そして彼の全身から放たれる絶望感――その全てを幻覚、幻聴だと片付けられるほどの余裕は今の一騎にはなかった。


(いや、ちょっと待て……)

 

 クロムの言葉を聞いて一騎はハッとした。

 クロムの異形の姿にばかり目を奪われていたが、異世界の住人はクロムだけじゃない。

 クルー全員が異世界人。

 ならば当然、一騎を窮地から救ってくれたあの可憐な少女。イノリも、本来の姿はクロム同様に厳つい姿なのではないだろうか?


 思わず想像してしまう。

 本当の彼女の姿を――

 前例がクロムしかないせいで、一騎の中の異世界イメージは筋肉モリモリの巨体イメージしかなかった。

 その中にイノリを当てはめてしまい、一騎の顔から一切の表情が消える。


(か、可愛くない……)


 人の姿の時のイノリは誰が見ても可愛らしい姿。

 きめ細かいミルクのような白い肌も。キリッとした碧眼の瞳も。夜空に輝く大河のように綺麗で透き通る銀色の髪も。その全てに目を奪われた。

 それが一騎の知るイノリだ。


 それがもし……


「あ~一騎君、あまり失礼な事を考えるものじゃないぞ?」

「……え?」


 不穏な妄想に浸っていた一騎にストップがかかる。

 見れば、クロムが苦笑を浮かべ一騎の表情を盗み見ていたのだ。

 失笑とも言えるその表情から、一騎が何を考えていたかなどお見通しなのだろう。

 それを証明するように、笑いを堪えながらクロムは言った。


「誰もが俺のように大柄な男に変身するわけじゃないぞ。変化の少ない種族もある。例えば……そうだな、イノリ君の正体は銀狼族ライカンと呼ばれる種族だ」

「ライカン……?」


 聞き覚えのない言葉に一騎は首をひねる。

 名前からでは種族がまるで想像出来ない。


「ああ。狼人間と言えば、わかりやすいか? もっともライカンの外見的な特徴は獣耳や尻尾のみで体格もさほど今と変わりないさ」

「狼……ですか?」


 イメージしてみる。

 今のイノリに獣耳と尻尾が生えた姿を。


 うん。間違いなく可愛い。一匹狼のイメージと可愛らしい姿が一騎の中でピッタリと合致した瞬間だ。


 強張った表情が破顔していく一騎。

 クロムは緩んだ空気を引き締め直すかのように咳払いを挟んでから、話を続けた。


「まあ、そんなわけで俺達が異世界から来た事は信じてくれたかな?」

「ええ、それは……」

「なら、ここからが本題だ。なぜ、俺達がこの世界に招かれたのか、なぜ、《魔人》がこの世界に現れたのか。その二つには意味があるんだ」

「……」


 ゴクリと息を呑む一騎。

 いよいよ解き明かされる《魔人》の正体に知らず緊張の糸が一騎の体を縛る。

 クロムは一騎の様子を確かめ、話しても問題なさそうだと判断したのか、昔を思い返すように言葉を一つ一つ慎重に選んでいく。


「まず、俺達は十年前にこの世界に召喚された。理由はハッキリしている。《ゲート》と呼ばれる能力を持っていた同胞が暴走したからだ。その結果、彼の近くにいた俺を含む大勢の同胞が《門》の能力により、この世界に――日本に召喚された」

「十年前……? ちょっと待って下さい! 十年前っていえば……」


 一騎の脳裏に過ぎったのはとある災害だ。

 この国に住む人間なら誰もが知っている震災。

 一夜にして国を一変させた大震災――『本州大震災』が起こったのも十年前だ。


 異世界からの召喚とあの震災――

 いやな予感がする……


 その一騎の考えをくみ取るようにクロムはゆっくりと首肯した。


「あぁ。君が今、想像した通り、この国で起こった災害と俺達の召喚は無関係ではない。いや、むしろ、その事に対して俺達は謝罪する立場にあるだろう」

「ど、どういう……ことですか?」


 なんとなく想像くらいはつく。

 クロムがなにを言おうとしているのか。

 そして、その続きを聞く事を一騎は躊躇った。


 だが、現実はいつも非常で――


「俺達がこの世界に来たせいで、あの災害は――そして《魔人》はこの世界に産み落とされたんだ」


 まるで懺悔するようにきつく瞳を閉じてクロムはその事実を重々しく口にする。


「――ッ!」


 その事実を受け止める事など到底出来るはずもなく――

 一騎は体を駆け巡る激情に思わず拳を握りしめるのだった。

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