碧き流星
それから数日は平穏な日々が続いていた。
「やっぱり異常だよな、これ……」
手首のギアをさすりながら一騎は不穏な一言を漏らす。
ギアには周囲の認識を誤認させる作用があり、ギアをギアとして認識して見ない限り、脳が《イクスギア》の存在を認知する事が出来ない仕組みになっているのだ。
最初は何かの冗談だと思っていたが、この一度見ただけで目を引くブレスレットに誰も言及してこないあたり、この機能も確かなものなのだろう。
「こんな技術が本当に存在するなんて未だに信じられないよ」
思わず口をついて出た台詞はここ数日の一騎の率直な感想だ。
一騎が知る中でここまで高性能な電子機器は存在しない。
まるでアニメの世界から飛び出してきたかのようなブレスレットの存在に最初こそ興奮していたが今は少しばかり恐怖を感じている。
特派からの勧誘を断り、彼らとの接点を絶った一騎。
監視の目もようやく慣れてきたところで、このブレスレットの扱いにも気を配れるようになってきたのだ。
――結論から言えば、このブレスレットは特派に返すべきだろう。
一騎にしか使えないと言われたが、当の本人に《魔人》と戦う意思がない。
このギアが《魔人》と戦う為の物なら、一騎の手元にあるのは場違いだ。
「やっぱり返そう」
幸い――と言っていいのか、特派への連絡方法は知っている。
このギアには特派と連絡する機能があり、ボタン一つ押すだけで簡単に連絡がつくのだ。
だが――
「どのボタンだっけ?」
ギアにはいくつかスイッチがあり、どれが特派への連絡用ボタンか一騎には判断出来なかった。
――ここは慎重に吟味すべきだ。
直感に任せ適当に押すわけにもいかない。なにせこのギアは戦う為の道具。ボタン一つで何が起こるかわかったものじゃない。
最悪、自爆機能なんてものもあったりするかもしれない。
(ここは慎重に……これだッ!)
一騎は側面のボタンを指先で触りながらついに覚悟を決める。
その時だ。
ウゥゥゥゥゥゥ――……
聞き慣れた、けれど一番聞きたくなかった警報が学校中に鳴り響いたのだった。
◆
『イノリ君!!』
「わかってます!」
学校の近く。
今日も一騎の監視に赴こうと足を進ませていたイノリの耳にもその警報が届いた。
周囲の人達が我先にとシェルターへと避難する中、イノリはギアを通して本部との連絡を行っていた。
警報が鳴った事で、一時的に一騎の監視へと向けていた本部の全機能がイノリのバックアップに回される。
一瞬、一騎の事を気にかけるイノリだったがすぐに思い直した。
大丈夫。きっとシェルターに避難してるはずだから――
イノリは意識を切り替えるとブレスレット型の魔導装甲イクスギアに魔力を流し込んでいく。
イノリの肉体にはこの世界には存在しない魔力と呼ばれる力がある。
その力を大量に放出することで、ギアの機能が発動されるのだ。
イノリの魔力に呼応するようにギアから白銀の光が噴き出る。
光は繭の形となってイノリの身体を包み込んだ。
プシュッ! と小さな金属音を響かせ、ギアの一部がスライドした。
そこには光輝くエネルギー体の結晶が一つ格納されている。
スライドした格納部分にはもう一つ結晶を装填出来るスペースがあった。
ギアの起動によって本部の格納庫とギアとの間に目に見えないパスが接続される。
本部に保管されていた光の結晶の一つがパスを通じてギアに転送された。
ギアから転送された光の結晶が射出。イノリはその光の結晶を無造作に掴み取った。
その光のエネルギー体こそがイノリが変身するのに必要不可欠な力。その名も《イクシード》だ。
常にイノリのブレスには《
《人属性》のイクシードと別のイクシードを掛け合わせる事で《魔人》に対抗する為の装甲――イクスギアが展開される仕組みとなっているのだ。
今回、イノリが選んだのは使い慣れたイクシード《
手にした《流星》をギアに装填。スライドしたパーツが元の形に戻った。
「《
イノリの口からギアを起動させるスタートアップコードが紡がれる。
その直後、光の繭がイノリの着ていた服を粒子に分解。
裸となったイノリの柔肌を覆うように水着型のインナーギア《イクススーツ》が形成される。
そのスーツの上に白と青を基調とした機械じみた鎧が腕、肩、胸、腰、足へと次々に装着されていく。
頭部には本部との連絡を行う為の巨大なインカムが両耳を覆った。
鎧と呼ぶには露出面積が多いその甲冑とスーツは装着者の身体能力を何倍にも引き上げる機能を有した異端技術の結晶だ。
その中でもイクススーツを覆った青い鎧は《流星》という名に恥じず、スピード感の溢れるスマートな甲冑だった。
この姿こそが《魔人》と戦う為に編み出された魔導装甲イクスギア《アングレーム》typeミーティアの姿だった。
◆
すでに周辺住人の避難も完了している。
以前のように誰かが《魔人》に襲われる――という心配はなさそうだ。
「司令、《人属性》を活性化させます。反応があれば教えて下さい」
腕に装着されたギアを中心に波形上のエネルギー派が放出される。
この不可視のエネルギー波は《人属性》固有の力。オドと呼ばれる生命エネルギーだ。
《魔人》は本能のままに人を襲う傾向がある。
理性のない《魔人》は身を焦がす欲望を抑え込む為に人を襲っているのだ。
人の持つ命――オドと呼ばれる力を欲して。
言ってしまえば《人属性》の活性化は《魔人》を釣るための餌だ。
休眠状態から目覚めた《魔人》を目的の場所におびき寄せる手段。
もっともこれは、本部との連携が必要不可欠な危険な行為でもある。
『距離一〇〇。まだだ、イノリ君』
「――はい」
イノリは固唾を飲み込み、本部の指示に従った。
不安と恐怖が混じり合い、イノリの頬に冷や汗が伝う。
無理もない。
《人属性》のイクシードを活性化させている間、イクスギアの出力は大幅に低下している。
イクスギアはオドとは真反対のエネルギー源である魔力を動力として稼働しているからだ。
《人属性》が活発になればその分、イクスギアの出力が低下し、能力が著しく低下してしまう。
青く輝く燐光を放っていた甲冑も黒に近い灰色に変色し、ギアから供給される魔力量の少なさを物語る。
この状態で《魔人》からの攻撃を受ければ堅牢なイクスギアといえど、容易く打ち破ってくるだろう。
本部との密な連携がこの綱渡りの行方を握る鍵となる。
そして。
『今だ、イノリ君!』
《魔人》の反応を追っていた本部からの通信が入る。
その言葉を待っていた!
イノリは《人属性》の力を弱め、代わりにありったけの魔力をギアに流し込む。
灰色がかったギアが息を吹き返す。
輝きを取り戻したギア。
《流星》の主武装である白銀の槍――《メテオランス》をイノリは力強く握りしめる。
同時。
イノリのオドに反応した《魔人》が空高くからイノリを強襲したのだった。
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