勧誘
「そうそう、歓迎会の準備もぬかりないぞ」
「か、歓迎会……ですか?」
「ああ。君は《魔人》の事もそして我々の事も知った。秘密を守る意味でもより深く我々との絆を深めて欲しくてね。その為の歓迎会だ。だが、その前に――」
クロムが艦橋のスクリーンに映し出された画面を視線を向ける。
画面に映し出されたのは昨夜一騎が出会った黒い怪物――《魔人》と呼ばれる怪物だ。
剣のように尖った腕の化け物。
これは学校の門前で出会った怪物の方だろう。
「一騎君は一度見た事があるな。彼らが《魔人》だ」
「え、ええ……」
先日の戦闘記録らしく、画面には《魔人》に襲われる一騎と子供の姿もあった。
程なくして一騎と魔人の間に白と青の軽装な鎧を纏ったイノリが現れる。
「我々は二十体の《魔人》を倒す為に組織された部隊でね。《魔人》と戦える力をもった唯一の組織なんだ。そして、《魔人》と戦える力をもった少女こそが君の横にいるイノリ君だ」
「やっぱり彼女が?」
「ああ、イノリ=ヴァレンリ。《特派》の中でただ
「やめて下さい。私だけだなんて。みんなの力のおかげですよ……」
イノリの悲哀に満ちた表情を盗み見て、ふとした疑問が浮かんだ。
「どうして、彼女だけしか戦えないんですか?」
「ふむ。それは――……」
「私から説明するわね~」
横でイノリとクロム、一騎のやりとりを聞いていたリッカが口を挟む。
するりとイノリの側に近づき、リッカはイノリの腕を握った。
そして、彼女の袖をまくり、白銀に輝くブレスレットを一騎に見せてきたのだ。
一騎と同じ形のブレスレット。使い古されているのか、一騎のブレスレットよりも少し痛んでいた。
「り、リッカさん、何を……ッ!?」
「いいの、いいの。はい、一騎君、注目~これが《イクスギア》ね」
「い、《イクス……ギア》?」
「そう。《魔人》と対等に戦える鎧を形成する力をもったブレスレットなの。ほら、映像見て」
スクリーンには画面一杯に映し出されたイノリの姿が。
それも少しばかり露出度の高い軽装な鎧に身を包んだ姿で、だ。
イノリが耳まで真っ赤に染め視線を逸らす中、リッカは画面上にイノリが装着した鎧の各種性能を表示させていく。
うん。よくわからない。
鎧の全てに意味があるみたいだが、あまりにも膨大な量に一騎はすぐに考える事を放棄して、苦々しい表情を浮かべ、リッカを顔色を伺った。
「うん。よくわからないわよね。簡単に言うとこのスーツは装着者の力を何十倍にも高めるスーツなの。イノリちゃんが装着すれば《魔人》と互角に戦う事が出来るわ。いわゆる正義のヒーローになる感じかしら? 男の子ならそう言えばわかりやすいかしら?」
「な、なるほど……」
確かに具体的な例を上げられるとわかりやすい。そうとわかれば画面に表示されたありえないパンチ力だとかキック力が妙に魅力的に思えてくるのが不思議だ。
「あら? ヒーローが好きなのかしら?」
「え、ええ……少しは」
一騎だって男の子だ。子供の頃は毎週ヒーロー番組を見ていたし、小学生の頃の夢が戦隊ヒーローだったり正義の味方だったこともある。
その頃から高校生に上がる直前まで考えた様々なオリジナル必殺技と語彙集は現在、友瀬家の物置に隠してある。一騎の黒歴史の一つでもあった。
艦橋のスクリーンに映し出された各パラメーターは一騎のそういった童心を強く刺激してくる。
それを表に出さないように、控えめな口調で答えるのが精一杯な一騎にニヤニヤとした表情を向けるリッカ。
どうやら一騎の胸中をキチンと見抜いているようだ。
素知らぬ顔でリッカは続けた。
「まあ、正義のヒーローになったイノリちゃんはこれまで多くの《魔人》と戦ってきたわ。《特派》は現在十四体の《魔人》の封印に成功しているのよ? 凄いでしょ?」
「そ、そんなに……? どうして誰も気付かなかったんですか?」
「簡単な話よ。ちゃんと誤魔化していたからね。ほら、君もよく知る避難警報でね?」
「やっぱり、あの警報は……」
薄々と感じていた。
街に取り残されたあの夜。《魔人》は現れたがいくら経っても地震は起こらなかった。
「あら、流石に気付いちゃうか。そうよ。君の想像通り、あの警報はダミー。私達が周囲の人を巻き込まず戦える場所を整える為の警報よ。それでも運悪く巻き込まれた人はいるけどね」
「地震で死んだ人がいるっていうのは……」
「《魔人》との戦闘に巻き込まれたのよ。魔人の力はたった一体で街一つ滅ぼせるほどの力があるの。《魔人》の認識を阻害する装置を備えたあのシェルターに逃げ込まない限り、命の保証は出来ないわ。残念だけどね」
その言葉を聞いた一騎の血の気が一気に下がる。
一騎とあの子供が助かったのは本当に奇跡だ。
イノリが間に合わなければ、きっと死んでいた。
あの《魔人》が放つ濃密な死の気配から逃げられる人間などこの世界にはいないだろう。
「な、なんでそんな化け物が……」
「理由は諸説あるわね。震災によって地下深くに眠っていた《魔人》が目覚めた――とか、宇宙からの侵略だ――とかね。けど、どれも確証はないの。確かに言えるのは十年前の震災で《魔人》がこの世界に現れたって事だけ。私はその《魔人》のメカニズムを解析して《イクスギア》を造ったのよ」
「このブレスレットをリッカさんが?」
「ええ。とは言っても用意出来たのは一騎君とイノリちゃんが使う二つだけ。司令や私達がつけているのはその副産物なの。イノリちゃんのように変身機能はないわ」
「だから、イノリさんだけが……え? ちょっと待ってください、僕のブレスレットにも変身機能があるんですか?」
「ええ。そしてここからが本題なのだけど――」
「リッカ君、そこから先は司令である俺の役割だ」
人差し指をピンと上げ、説明を続けるリッカの会話を止め、クロムが厳かな雰囲気で一騎を見定める。
圧倒されるその気迫に一騎はゴクリと生唾を呑み込んだ。
「一騎君、さっき言ったように《魔人》と戦えるギア適合者はこれまでイノリ君だけだった。だが、我々は君という新たなギア適合者を偶然にも見出す事が出来たんだ」
「ぼ、僕が!?」
「あぁ。なぜ、我々が君を保護し、《アステリア》に招いたのか――その理由は、君が第二のギア適合者の資格を持っていたからに他ならない! だからこそのお願いだ。ギアと適合する事が出来た君のその力、我々に貸してはくれないだろうか?」
(このブレスレット……やっぱりそういう事だったのか……?)
驚きよりも納得の方が強い。
一騎はクロムの言葉を心のどこかで予感していたからだ。
何せ、一騎と一緒に救助したはずの子供はこの艦にはおらず、招かれたのは一騎ただ一人。
そして、強引なやり方ではあったが、一騎の右手首にイノリと同じタイプのブレスレットをつけたのだ。
クロムやリッカの言葉が真実だとするなら、このギアを扱えるのはイノリと一騎だけ。
だからこそ《魔人》の事も《特派》の秘密も一騎に打ち明けた。
それにクロムは言ったではないか。
『君はもう無関係ではない』と――
「僕は――」
一騎の返答は最初から決まっていた――
◆
「ふむ……」
一騎を地上に送り届けた後、クロムは眉間の皺を揉みほぐしながら、唸った。
ネクタイを緩め、ドカッと音をたてながら艦長席に身を委ねる。
「大体、予想はついていたがな……」
一騎の返答はクロムも含め《特派》の人間のほとんどが予想していた。唯一、希望に縋ったのはリッカくらいなものだろう。
「本当に残念だわ~貴重なサンプルだったのに……」
「リッカ君、一騎君を実験対象としてみるのは止めるんだ」
艦橋では《魔人》を探知するソナーを飛ばしながら、クルー達がせわしなく動いていた。
人々を襲う時以外は休眠状態にある《魔人》を探知するには《アステリア》から魔力を探知するソナーを飛ばすしか方法がない。
だが、日本全土に散らばった《魔人》を探すにはあまりにも非効率すぎた。
その為、《魔人》が魔力を放出し活動しだした時を狙うしかないのが現状だ
後手に回る事によって増える被害を想定し、思わずため息が漏れそうになる。
クロムは艦橋に映し出されたモニターを見つめる。
コンソールに映し出されたのは《イクスギア》と《特派》がこれまで集めた《魔人》の力の源であるイクシードの数々。
イクシードの数は現在十四個。それは二十体いる《魔人》のうち十四体を倒してきた証だ。
残りの数は六個。六体の《魔人》と戦う事でようやく十年以上も続いた《魔人》との戦いは幕を閉じる。
だが、これから先の戦いはより熾烈を極めるだろう。
果たして今の戦力で戦い抜く事が――
《特派》の本当の目的が達成出来るかどうか、正直なところ不安がないと言えば嘘になる。
「で、も~彼がすっごくレアなのは確かなのよ? 人の身でありながら、私達と同じ領域に足を踏み入れたんだから……」
「それは不可抗力だと言っただろう。イノリ君の古傷を開く気か?」
「そんなつもりはないわよ~でも、十年経ってようやく芽生えた力に興味をそそられるのが科学者って者なの」
「それでも俺は一騎君の意思を尊重したい」
「クロムも頑固ね~」
「私も司令の意見に賛成です」
「あら、イノリちゃんも?」
険悪な二人の会話にイノリが加わる。
どこか険のある声音でジロリと別モニターを睨んだ。
そこには白銀の髪となって雄叫びを上げる一騎の姿が映し出されていた。
クロムが最後まで見せなかった映像だ。
あの夜、一騎が《魔人》となった姿。
白銀の狼へと化した姿がはっきりと映し出されていた。
一騎にはその当時の記憶はないようだが、あの夜、二体現れた《魔人》の内、一体を殺したのは一騎だった。
「私も彼のあの言葉を尊重します。もっとも司令のような気遣いはありませんが」
一騎を見る度にイノリは体の震えが止まらなかった。
震えの正体は後悔と怒りだ。
イノリの中にある一騎に対する罪の意識。そして今回の不甲斐なさに対する自分への怒り。
嘘でもいい。虚勢を張らなければイノリはみんなの前で泣き崩れそうだった。
だからこそ、イノリは拳を血が滲むほど力強く握りしめた。
「《魔人》を――私達の仲間を殺した彼と一緒に戦うことなんて私には出来ませんから」
その原因を生んだのがイノリ自身である事を強く自覚しながらも、それでもイノリは己の決断を口にするのだった――
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