《魔人》と戦う戦士たち

「あ、あの……このブレスレットは一体?」


 病衣を羽織った一騎は二人の男女の後ろを歩きながら、恐る恐る尋ねた。

 そこで、巨漢の男――クロム=ダスターが横目で一騎を盗み見る。


「一騎君、君は先日の事、どこまで覚えている?」

「先日……?」


 首を傾げる一騎に呆れた表情を覗かせ、銀髪少女が補足する。


「避難警報があった日の事ですよ」

「えーっと……」


 一騎はこめかみを押さえながら、当時の事を思い出す。

 黒い化け物。

 怪物に襲われた事。

 そして、目の前の女の子がその窮地を救ってくれた事。

 公園まで逃げた後の記憶はほとんどないが、きっとこの子が助けてくれたのだろう。


「やっぱり、あの黒い化け物は夢とかじゃなかったんですね……」

「うむ。我々は本州大震災後、あの黒い異形――《魔人》と戦う為に秘密裏に作られた組織『特別災害派遣部隊』のメンバーだ」

「特別、災害?」

「うむ。《魔人》の存在を一つの災害と捉え、それに対処する部隊の事だよ。我々は《特派》と呼んでいるがね」

「はあ……」


 まったく話が理解出来ず、生返事で返す一騎に銀髪の少女が振り向きもせずに告げた。


「つまり、あなたが見たのは紛れもない現実って事ですよ。黒い化け物もいればそれと戦う戦士もいるって事です」

「君が、そうなの?」

「どうですかね。見間違えじゃないですか?」


 それはない。

 あの日、一騎を助けてくれたのは彼女だ。

 それだけは間違えようがない。

 一騎が黙っていると、クロムが横から仲裁に入る。


「まぁまぁ、いいじゃないか。その話は後でゆっくりしよう。どちらにせよ、君はもう無関係ではないんだ」

「それは、どういう……?」

「見たまえ」


 クロムがパチンと指を鳴らす。

 その直後、ブォン……という低い駆動音と共に一騎達の足元の床が消えた。


 眼下に広がる町並みに一騎の股間がキュッと縮こまる。


「うわっ!」


 バッと飛び退き、安全な場所を探すが、辺り一面の床や天井が消えていた。

 軽いパニックを起しかけた一騎にクロムが大仰な笑い声を響かせながら肩を叩いた。


「落ち着くんだ。床ならある」

「え……? あ、本当だ」


 どうやら透明なガラスが敷き詰められているようで、一騎は空中に浮かんでいるような錯覚に襲われた。

 ……というか、本当にどこだ、ここ?


 見慣れない場所だと思ったら、いきなり空の上。一騎の常識を完全に上回った何かが目の前にあった。


「ここは《特派》の有する空中艦の中だ。現在は上空一万メートルを飛行していることになるな」

「そ、そんな馬鹿な……」

「驚くのも無理はない。この空中艦アステリアはインビジブルという装置で船体を隠しているからな。空路にも影響はないし、目にも見えない。そこにあるのにいないふね。それが《アステリア》――我々特派の家であり、要塞なんだ」


 威風堂々と語るクロムに一騎は終始、絶句していた。

 なにせ話がでたらめすぎる。

 黒い化け物――《魔人》もそうだし、それと戦う戦士――そしてこの船。

 現実には存在しないはずのマンガやアニメのような世界がそのまま一騎の世界を侵食してきたのだ。


 受け入れろ――という方に無理があるだろう。


「説明を続けよう」


 クロムは床を透明にしていた装置を戻すと再び歩き始める。


 クロムと少女の後を追って辿り着いたのは艦橋だった。

 扉を潜ったその先にはこの艦の乗組員たちが画面のコンソールを操作したり、操縦桿を握ったりしている。

 だが、談笑が飛び交うその光景に殺伐とした空気はなく、和気あいあいとした雰囲気を放つ彼らの存在が一騎の張り詰めた緊張の糸をいくらか解きほぐす。


「みんな、一騎君が目を覚ましたぞ!」


 クロムが声を張り上げて言うと、全員の目が一斉に一騎へと向けられる。

 興味深く観察するような視線に晒され、思わずたじろぐ。


「え、えっと、僕は……」


 言葉を詰まらせた一騎に一人の女性が駆け寄ってきた。

 眼鏡をかけた女性で腰まで届きそうな金色のロングヘアが目立つ女性だ。見た目は二十歳くらいの女性で、軍服のような制服に白衣を羽織った格好だ。

 白衣の上からでも主張する豊満な二つの双丘に思わず一騎の視線が吸い寄せられる。

 翡翠の瞳が観察するように一騎を見つめた。


「あら、ホントね! 体の具合は大丈夫? どこかおかしなところはない? どんなことでもいいの。詳しくお姉さんに教えてくれないかしら?」

「え、えっと……」


 一騎の手を取り、前のめりになってその女性は烈火の如く質問を浴びせてきた。

 早口で捲し立てられる言葉の本流に一騎が飲まれかけていると、横から銀髪の少女が冷ややかな声と共に割って入る。


「体調に問題はないみたいですよ。それよりもそんなに質問攻めにしたら彼が困るじゃないですか」

「え~でも貴重な――」

「リッカさん!!」


 鋭い剣幕で銀髪の少女が白衣の女性――リッカを睨み、リッカは苦笑いを浮かべ一騎から離れた。


「もう、イノリちゃん怖い~」

「怖くありません! あなたも鼻の下を伸ばさないで下さい!」

「は、はい……」


 イノリと呼ばれた少女がリッカだけでなく一騎にも鋭い罵声を浴びせる。思わず敬語になってしまった一騎に艦橋にいたクルー達がクスクスと笑う。


「すっかり尻に敷かれているな」

「一騎君って思ったより気が弱いのね~将来はイノリちゃんがリードするのかしら?」

「するでしょ? 今の会話の主導権はイノリちゃんが握ってたよ。いや~同じ男とてイノリちゃんに睨まれるのは羨ましい。ゾクゾクするよ」

「ちょっと、あなたMだったの? 初めて聞いたわよ、そのカミングアウト」


 などなど、イノリと一騎を酒のつまみに盛り上がる面々に一騎は恥ずかしくなって俯く。

 そんな中、イノリは頬を赤らめる事もなく、目尻をキッと吊り上げて周囲を一瞥する。


「そんなに嬉しければ罵倒してあげますよ?」


 瞳からハイライトが消えた視線でクルー達を見つめ、フッと微笑するイノリ。

 絶対零度の視線に晒されたクルーたちがブルッと寒気を覚えたように委縮した。


「い、いえ、結構です……調子に乗ってごめんなさい!」

「わ、私も……言い過ぎたわね。イノリちゃんの罵倒は色々な意味で怖いから謝るわ……」


 一瞬で押し黙ったクルー達を見て、満足そうに頷くイノリ。

 クロムは周囲が落ち着いたのを見計らってコホンと大きな咳払いをした。


「どうだい、一騎君? 彼らが《特派》のメンバーだ」

「す、凄いですね……」


 色々な意味で。

 濃いメンバーたちに囲まれ、一騎は冷や汗を流すのだった。

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