おそろいのブレス
僕は――どうなったんだ?
一騎は暗闇の中で横たわっていた。
どうにも記憶がはっきりしない。
上も下も、右も左もわからない真っ暗な空間で一騎は鉛のように重い思考を巡らせる。
思い出せるのは、闇夜に輝く白銀の少女と――
命を刈り取る凶悪な爪を一騎に振う異形の怪物で――
黒い異形の存在を思い出し、ゾクリと体が粟立つ。
怯えるように暗闇を見渡し、そして一騎は絶句した。
(嘘だ……)
暗闇の中で一騎を見つめる深紅の双眸。
ゴクリと生唾を飲み込む。
僕はあの目を知っている。
忘れるはずがない。
あの深紅の瞳は一騎の命を奪う瞳だ。
何度も殺されかけた。切り裂かれた痛みが、
一騎は逃げる。その深紅の瞳から。異形の瞳から。どこまでも、ただ全力で。
そして――
◆
「こ、ここは……――」
目を覚ました一騎は白一色の部屋を見て、眉をひそめた。
簡素なパイプベッドを囲むように仕切られたカーテン。鼻につく刺激臭は消毒液の匂いだろうか。
「保健室? いや、医務室なのか?」
どうやら一騎はこの医務室のベッドの一つに寝かされていたようだ。
だが、この部屋自体に見覚えはまるでない。
学校の保健室には身体測定や怪我などで何度か足を運んだ事があるが、ここまで殺風景ではなかった。
戸棚には薬や包帯などは並んでいるが、それも最低限といった様子。
それに、窓だって一つもない。外の光景を見れないというのは少し心細くもある。
「……て、あれ、僕、裸……?」
薄ら寒さを覚えて体を抱きしめた。その時になってようやく自分が裸だった事に気付く。
幸いにもパンツだけはそのままだったが、おしりの辺りがスースーするのが少し気になった。穴でも空いているのだろうか?
「とりあえず、何か着ないと……これ、借りてもいいのかな?」
ベッド横のハンガーに掛けてあった真新しさの残る前開きの病衣に素早く袖を通す。
丁度、一騎が着替え終わった頃にプシュッという電子音を響かせ、医務室の扉が開いた。
「お? ようやくお目覚めかね? どうだ? いい夢は見れたかな?」
「え……ええっと……――」
突然現れた巨漢の男に一騎は引き攣った表情を見せた。
かなり怯えながら、男をくまなく凝視する。
二メートルはあろうかという大柄な体躯に筋肉の鎧を纏った肉体。
体を覆うシャツは今にもはち切れそうな悲鳴を上げながらも、なんとか男の巨体を覆い隠している。
赤いシャツに黒い稲妻模様が刺繍された黄色いズボン。ミスマッチなファッションだ。本人が大柄である事も相まって異様な空気を醸し出していた。
赤毛で長めの前髪は目元まで達している。瞳の色は黄金色だ。
一見すれば外国人に見えなくもない。だが、彼が流暢な日本語を話している時点でその可能性は低いだろう。
気になる点はもう一つ。
一騎の細腕二つ分くらいはありそうな豪腕――その手首で光るブレスレットだ。どう見てもこの巨漢の男には似合っていない。そのアンバランスさのせいでどうしても目立ってしまうのだ。
「ん? どうした? まだ寝ぼけているのか?」
「初めて司令を見れば、誰でもそうなりますよ」
「む……」
軽く腰が引けた一騎を心配してか、ズカズカと医務室に入ってきた男を諫める声が。
巨漢の背後から現れた少女を目にした瞬間、一騎は息を呑み、言葉を失った。
ひと目見れば一生記憶に焼きつくだろうと思わせるほど整った容姿の少女だ。
腰まで伸びた髪は銀。瞳は碧眼。
肌は新雪のように白く、巨漢の男と比べると華奢すぎる細身の少女。
胸は普通か少しばかり慎ましやかなほうだ。突然現れた美少女に一騎は巨漢に覚えたのとは別の意味で緊張を強いられた。
少女はジト目を巨漢の男に向けつつも、一騎の視線に気付き、表情を隠した。
「気分はどうですか?」
「え……?」
「どこか体の調子が悪い、気持ちが落ち着かない。興奮する。そういった症状はありますか?」
今、この子と話しをしているだけで一騎の心拍数は右肩上がりだ。
動揺を表には出さず、一騎は努めて平静を装った。
「とくには……」
「そうですか」
どこかホッとしたような安堵の表情を浮かべる少女に一騎も恥ずかしそうに頬を掻いた。
一騎にとってこれまで仲のいい女の子といえば家族同然に育った結奈くらいなもので、初めて会う少女を前にどうしても緊張の方が勝ってしまう。
巨漢の男が横でニヤニヤしていようと、一騎は高鳴る心臓を押さえる事が出来なかった。
少女はクスリとほくそ笑む。
「よかった。なら手を出してくれますか?」
「はい」
即答だ。考える余地もない。
可愛い女の子にお願いされれば、即座に頷いてしまう。それほどまでに一騎は舞いがっていた。
スッと差し出した右手を少女は一瞬鋭い視線で睨んだ。
そして、即座に一騎の腕を抱きかかえる。
「え? えッ!? 突然、なんですか!?」
一騎は抱きつかれた驚きよりも、腕が柔らかい感触に包まれた事に動揺を隠せない。
腕に押しつけられた胸の柔らかい感触が一騎から正常な思考判断を奪っていく。
カチャリ……――
と、何か聞き慣れない金属音が微かに聞こえた。
そして、手首には冷たい金属の感触が。
彼女の体が離れる。
少し赤く染まった頬が彼女の羞恥心を如実に語っていた。
だが、一騎はその事に気付くことはなく、その視線は先ほどまで彼女が触っていた手首に向けられていた。
白銀に輝くブレスレットだ。
一瞬、その輝きに目を奪われる。
女の子からの贈り物なんて初めてだ。しかもよく見ると銀髪美少女の手首で光るブレスレットと――
「おそろいだな」
野太い声が耳元で囁かれた。
巨漢の男の手首で光り輝くブレスレットを見つけた途端、一騎の舞い上がった感情が冷めていく。
「そ、そうですね……」
僕の感動を返してくれ……
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