第8話

 2人はベンチから立ち上がった。少女がもうそろそろ帰宅しないといけない時間だと言うので、少年は少女を公園の出口まで見送る。噴水の前を過ぎ、砂利道をまっすぐ進む。少女の足取りは一歩ずつ地面を確かめるようにゆっくりと動くのに対し、少年はいつもの癖で何かから逃走するかのよう、両足を早く動かす。少女は少年の歩幅に着いていくのに精一杯だ。時折、足を止めて少年を呼び止める。もう少しゆっくり歩くように促しても、少年の長年の癖は治らない。少年は誰かの歩幅を気にして歩いたことがなかった。気にかけてはいるものの、少女の歩幅に合わせることが難しく、少年は気まずい思いをする。少女は健気に少年の隣を歩くが砂利道が彼女の体力を奪った。そして足が上がらずに躓いて、手をついて転んでしまった。小石の上でうつ伏せになり、足を大きく開いてしまう。ドレスがめくれ上がり、彼女の白い太ももが露わになった。少女はうまく立ち上がることができず、みっともない姿で藻掻いている。少年は転んだ少女に手を貸さず、無垢で柔らかそうなその太ももを長いこと見つめていた。もうすぐ太陽が沈み始める。


 少年は公園から廃屋へ帰宅すると、飛び乗るようにベッドに腰かけた。バネは弾まない。ギシギシと嫌な音を立てて少年を拒む。少年はお構いなしでリュックからりんごを取り出した。虫に食われているが、気にせずに大きな口を開けて頬張る。猿のように咀嚼するから、唇の端から果汁が溢れ、あごに伝って、落ちた。

 少年の頭の中は昼下がりの公園。少女の笑い声、間延びする喉の音、表情豊かな眉毛の動き、指先を唇に持ってくるときの大人びた仕草、首に見えた小さな痣、転ぶ瞬間の情けない悲鳴、柔らかな太もも……。フクロウの鳴き声が廃屋に響き渡る。どこかから入り込んだらしい。少年の右手は自分自身を慰める。少女の太ももの奥、決して少年が触れることのできない少女の深いところを夢想して、果てた。少年はベッドに横たわるとリュックの中から硝子が入った革袋を取り出して祈るように胸に抱きよせた。硝子たちは黙っている。フクロウが屋内に入ってくる物音が聞こえた。鳴き声が増えて輪唱をする。フクロウを悪魔だと少年は思う。フクロウの鋭い爪で体を突き刺されたい。そのまま遠くへ運ばれて誰もいない枯れた山に捨てられるのだ。少年は眠った。

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