第7話

 小春日和の週末がやってきた。少年は宿泊地を発ち、急いで約束の公園までやってきた。公園の木々は紅葉していた。少年はベンチに座るとリュックからゴミ箱からかき集めた食材を取り出して頬張る。葉が少年の頭に乗った。肩にも乗った。膝にも乗った。少年は払うことなくご飯を食べている。少女が遅れてやってきた。少年の体に落ち葉がたくさん乗っているのを見ると、先日のように肩をあげて笑った。頭に乗った葉を手に取って、くるくると葉を回して、ぱっと離した。風に乗ってどこかへ飛んでいくかと思いきや、その場で一周してまた少年の体に引っ付いた。少女はおかしくてまた笑った。

 少女は嬉しそうに少年の隣に座った。今日は硝子の飾りをつけた靴を履いている。落ち着いたネイビーのポンチョを着ていた。少女の髪の毛は頭に沿うように編み込まれてまとまっている。濃緑のスカートには黒と金色の糸で花や草の刺繍が施されていた。

「久しぶり」と少女は言った。少年は返事をしようと思うが、声を出すのが1週間ぶりだったために声にならない変な音を喉から出してしまう。

「あなたは、家がないの?家族は?」少女は爛々と目を輝かして少年に尋ねた。

「あ、え、うちは、家はない。家族もいない。……旅を、している」

「そうなの。私も旅をしているわ」

 少女の父親は貿易を生業にしているらしい。そのために世界各地に飛び回り、地域にしかない特別な商品を見つけて取引を行い、都市部へ戻ってきてそれらを売るのだと言う。父親だけで旅をすることはせず、必ず家族や世話係、そしてその家族までも連れて船に乗り、汽車に乗る。大所帯で移動するから、サーカスか何かと勘違いされることも多い。そんなときは、むしろサーカスと思わせておいてどんちゃん騒ぎを起こす。同席した紳士ご婦人にお酒を振る舞い、連れてきたピアノの教師にワルツを弾かせてダンスを踊る。父はとてもユーモアな人なのと少女は語る。

 少女はその旅の様子を身振り手振りを交えて愉快に話した。旅先で出会ったいかにも怪しい調剤師が眼鏡を外したらどこかの国の王子様じゃないかと思うほどかっこよかっただとか、何でも美味しくなるとその地域で評判の香辛料の実態がネズミの頭蓋骨をすり潰しただけだったとか、これまで旅をして出会った人物や不思議な食べ物、おかしな出来事を語った。少年は最初こそ緊張で表情がこわばっていたが、少女の語り口が面白くおなかを抱えて笑った。世の中にこんなにも面白いことがあるなんて思いもしなかった。

 少女の話がひと段落すると、2人の間に沈黙が訪れた。風が吹き、また少年の髪の毛に枯れ葉が落ちる。「まあ、葉っぱは本当にあなたのことが好きなのね」と言いながら、少女は葉を取ってあげた。少年に向けられたその指は細く美しかった。少年は少女が指輪をつけていることに気が付いた。

「まあ、父は……嫌われているみたい。お金を稼ぐのは大変よ。仕方ないわ」と、ため息交じりにつぶやいた。少年は、少女と初めて出会ったときの直前に、醜い男女が噂話をしていたことを思い出した。

 少年はこれまで黙って聞いていたが、口を開いた。

「その……その、今履いている靴の飾りも旅の道中で購入したものなの?とてもきれいだね」

 少女は愛おしそうに飾りを撫でて答えた。

「これはね、××に行ったときに頂いたものなの。腰が曲がったちょっと風変わりなお婆さんだったわ。まるで森に住む魔女ね。私がメイドのミランダと町を散策していたの。道に迷ってしまって、困っているところをそのお婆さんが見かねて助けてくれた。お婆さんは私に堅く握手をした。その木の枝のような指に不思議な力を感じたわ。それから、この靴飾りを私に手渡した」少女は靴を指差す。

「橙色の硝子なんて珍しいでしょう。道を教えて、こんな素晴らしいものまでいただいて、どうしてこんなにも良くしてくれるか尋ねたのよ。そうしたらお婆さんはこう言った。

『これは貴女が持つべきものだからよ。そして、貴女は幸せになる人です』と。」少女の瞳は夢を見る乙女のようにどこか遠くを見つめていた。

 少女はそのお婆さんが語ったと言う、硝子にまつわる物語を語ったが、その内容はまさに少年が幼少期に母親から何遍も聞かせてくれた物語と同様のものであった。少年は驚いたが少女にはその物語を知っていること、硝子を集めていることは伝えなかった。

 少女は空を見上げながら「私は本当に幸せになれるのかしら」と言った。雲は少女の言葉を知らんぷりして流れていく。

 硝子の破片を他の人が持っていたことは以前にもあった。そのたびに少年は殴ってでも奪い取った。少年には硝子が全てであった。しかし、少女からはとても奪おうという気持ちにはならなかった。奪いたくはない。硝子は欲しい。心の矛盾がずれ落ちた靴下みたいで気持ちが悪いと少年は思う。今日手に入らなくても、次に手に入れたらいい。またチャンスは来るだろう。少年は自分にそう言い聞かせた。

 少女は少年と目を合わせずに言った。

「そうね、あのときのお婆さんから感じた不思議な力をあなたからも感じるわ。なんだか奇妙な縁のようなものを感じるのよ」

 少年は勇気を出して少女に言った。

「もしよければ、また来週もここでお話しない?僕はいつでも暇だから」

「ええ。来週も会いましょう」と少女は答えた。

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