第4話

 あくる日、少年は空腹に耐えかねて市場に来た。昨晩の酒場での喧嘩の最中、どさくさに紛れて誰かに金貨を取られていたらしい。一文無しとなった少年は、人の目を盗んで売り物を盗むしかなかった。廃屋には前の住人の洋服も落ちており、少年の体にはまだ大きいが、袖を捲って無理やり着た。

 賑やかで明るい市民たちは、店員に話しかけて店を回る。野菜や肉が色鮮やかに並び、いい匂いも漂ってくる。八百屋の前で今日は何を買おうかしらとご機嫌のお母さまであるが、後ろからゾッとするような視線を感じ、振り返る。そこには少年が立っていた。少年は長い前髪の隙間からリンゴを睨んでいた。店に立つ男性や、常連客の女性はいつもの客の中に浮浪者のような姿の少年を見て、耳打ちをする。少年の存在を迷惑に思い、文句とともに石が飛んできた。少年はその石を避けたが、他の客にぶつかってしまった。「誰だ今石を投げたのは!」「そこのガキを追いやっちまえ!」。女も男もぎゃーぎゃーと言い、騒動が大きくなる。平和な朝の市場が途端に殺伐とした空気に包まれた。図体の大きい男たちが殴り合いの喧嘩を始めた。ヒステリックな女の声が耳をつんざき、幼い子どもが大声で泣く。野次馬がわらわらと集り、市場は騒然としている。少年は慣れた手つきで品物をリュックいっぱいに詰め込んで盗んで逃げた。少年を怒鳴る男の声が聞こえてきたが、追ってくる者はいなかった。

 市場からだいぶ離れたところまで走ってきた少年は息を整えて、人影が少ない場所で食事にありつく。今日は運が良かった。これで当分空腹は免れる。少年は豪快にパンを食べている。食べ物に惹かれたねずみが足の上を走るので、少年は強く蹴っ飛ばした。ねずみは壁にぶつかって落ちた。ぎゃっと声が聞こえた。それは鼠の鳴き声ではなかった。鼠が落ちたところをよく見ると薄汚れた布団があった。その布団で人間が寝ていたらしい。少年は飯や荷物を取られるかもしれないと咄嗟にリュックを守る姿勢を取り、相手の動きを伺う。どうやら人間は起き上がる力さえなかった。少年は布団をめくり、人間の顔を見た。伸びきった髪の毛はところどころ抜け落ちて頭皮が見えてしまっている。皮膚がだるだるとたるんだおじさんであった。少年と同様、住処を失った人間だ。少年は何度も同じような境遇の人間に出会ってきた。はじめこそは親しくしてもらったこともあったが、すぐに付き合うことをやめた。死を目前に控えた人間が群れたところで明日を生きるのは不可能だった。おじさんは少年と目が合うと痛いと呻いた。少年はおじさんの声を無視し、盗んだパンを貪り食べた。ボロボロとパン屑がおじさんの顔に降りかかる。おじさんは目にかからないように目を強く閉じた。痛い痛いと呻き続けている。ここで親切にしたところで何になろう。今日死ぬか、明日死ぬか、同じことである。そうは思うものの、どうしてもおじさんをそのまま見捨てられず、盗んできた食べ物をひとつその場に置いて、少年は去った。

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