第5話
「す、すみません!」
そうして、伊織の翌日の学校は女子生徒にそんな声をかけられることから始まった。
「うわあ」と思わず漏れる周りの声と制服からポタポタと垂れる水。それほどに伊織は盛大に水をぶっかけられた。
「ご、ごめんなさい」
とそうして、ホースを持って駆け寄ってくる制服を着た少女。すなわち、女子高生。伊織にはどうやってやったかが分からない程のふわっとした髪型にギリギリまで詰めたスカート。
まあ、それでも伊織はこれを弱みに何か頼みごとをしてやろうなんていうエロ漫画みたいな邪な事は考えずに、至って普通に対応した。
「大丈夫では無いんですけど、なんか服ありますか?」
「服?服はえっと、脱いだら無くなってしまうので」
若干、変な事を言い出す少女を伊織は無視して続ける。
「いや、だから、体育着とかありませんか?俺、今日体育が無くて」
「ああ、そういう事ですか」
ようやく納得したらしいその女子生徒を見ながら、伊織は長い前髪をかきあげる。とはいえ、さっきから視線が伊織とその女子生徒に集まるのが伊織にはどうもむずかゆい。元々、伊織はあんまり注目される事に慣れていないのだ。
「えっと、一応、これなんですけど。」
そして、その女子生徒はおずおずと自らのバックの中から体育着を差し出そうとした。だけど、伊織がその差し出された体育着を手に取ろうとすると、反射的にそれは引っ込められた。
「は?」
いたずらみたいな事をされた事に若干イラっとして、伊織はその女子生徒にそんな事を言う。だけど、その女子生徒は半ば伊織に怯えた風に答えを返す。
「転売とかしませんか?」
「はい?」
伊織の濡れた体に春の生暖かい風がぶつかる。
「いや、私の体育着を転売とかしませんか?」
「いや、するわけねーだろ!」
「でも、私、可愛いので」
伊織はもう一度、女子生徒の事をみる。確かに、今時の女子高生らしく色々な部分が整っていて、絶対にブサイクなどと言われて育ってきたような感じでは無いことは見ぬけられる。だとしても、伊織にとってはここでそれを認めることは癪だった。
「ぺっ!」と返事の代わりに地面に唾を吐きかける。
「あ、あなた今、唾を吐きましたね?こんな美少女の私に対して」
「ぺっ!」と伊織はもう一度同じ事を繰り返す。
「も、もう一回やりましたね?」
「いや、凄まじい戯言を聞いたので」
「戯言?この人はこんなに可愛い私の魅力が分からないのかな?馬鹿なのかな?」
そうして、伊織は水が顔に垂れてきたのを払って、女子生徒の手にあった体育着をひったくる。
「っていうか、なんでホースなんて使ってるんですか?」
「あ、体育着!もう、いいですよ。転売でもなんでも好きにして下さい。ホース?ホースってなんですか?」
伊織はこんな事になっている原因であるホースを指差す。そうすると、少女は納得した様にそのホースを見て、伊織にさも偉いことをやっているかのように、自らの胸を突き出す。
だけど、伊織にはそれがただの自分に胸を見せてくる変態にしか見えない。
「は?」
「これです!これ!」
「感想を言えば良いのか?」
「感想?まあ、そうともとれますか?」
伊織にはもう、最近の女子高生のことが分からない。というか、意味がわからない。いくらグローバルな時代になって、色々な意見が許される時代だとしても、胸の感想を求めるなんてどうかしていると思う。あれだ、あれ。若者の性意識の崩壊とかいうやつだ。とは言え、言われた事にはなるべく正直に答えようとしてみる。
「そこそこ大きくて良いんじゃ無いんですか?」
どこか投げやりな口調で。
「よく分かんないですけど感度も良さそうですし。」
「大きい?そんな訳はないんですが?感度?」
噛み合わない伊織とその女子生徒はお互いに真意を探り合って、互いに見つめ合う。だけど、10秒ほど経って、伊織より先に何かに気づいたらしいその女子生徒は、急にその顔を赤らめた。
「あなた!どこ見て話してたんですか?」
「はあ?胸だろ?」
「馬鹿じゃないんですか?不潔です!変態です!違いますよ。このバッチです!」
女子生徒は伊織に生徒会のバッチを見せる。そう言えば、伊織はつい昨日か一昨日くらいにやっていた生徒会の選挙で、生徒会の役員に可愛い女の子が入ったのを思い出した。だから、今日からなんかの活動をしているのか。そうして、まだ不潔とか、変態とか言って伊織を罵っている少女を見下ろす。
「って言うことは、お前一年じゃねえか」
「はい。まあ、そうですけど。」
「なんだ、敬語使って損したわ。」
「え?じゃあ、あなたは?」
「三年だけど。」
「ええ?嘘?こんな人でも三年生になれるなんて?」
馬鹿にしたような半笑いの口調。だけど、いくら天使のような性格をしている伊織でもこれはさすがに頂けない。
「体育着はオークションで売る。お前の写真も付けて」
「冗談です。冗談ですからあ」
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