第4話
いつだって、少女は夢を見る。それは王子様が迎えに来てくれるものだったり、いきなり王子様見たいな人に攫われるものだったり。だけど、その日、その少女はいつまで経っても忘れることのできない、それはそれは懐かしい幼い頃の夢を見ていた。
「げっ!」
伊織はその公園に入ると同時にそんな声を聞いた。声を発したのは10歳ほどの幼い少女で、それは本来であれば伊織が覚えていない筈の少女。でも、伊織はその少女の事を覚えていて、少なくともこの前出会った時の記憶は蘇っている様に見えた。
「お前、またこんなとこにいるのかよ。」
呆れたような口調で伊織は、またベンチに座っている少女の隣に座った。少女は伊織が隣に座るのを嫌そうな顔はするが、別に席を変えたりはしない。
「別に、お兄さんには関係ない。」
「あれ?お前、敬語は辞めたのか?」
「お兄さんに敬語を使うのなんてめんどくさい。」
「なんか、この前と随分態度が違うな。」
「うるさい。」
「なんか、あったのか?」
「何も無いし。」
少女は珍しいかどうかは知らないが、伊織の目には荒れているように見えた。でも、伊織は知っている。別に伊織は聖人君子では無いから、少女の悩みを聞いてあげる事ぐらいは出来るかもしれないが、根本的な解決にならない事を。まあ、それでも伊織は伊織の出来る事をするだけなのだが。
「まあ、とりあえず、話してみろよ。」
「だから、何で私がお兄さんに話さな・・・・」
「まあ、あれだ。話してみたら何かあるってカウンセラーの人が言ってた。」
肩くらいまで髪を伸ばした黒髪の少女はじろっと伊織の方を向いては、気に入らない表情。それでも、口を開いた。
「カウンセラーさんが何曜日に来るか知ってるんですか?」
「え?毎日じゃないの?」
「カウンセラーさんは日替わりなんですよ。」
「・・・・」
「お兄さんって、馬鹿なんですね。高校生のくせに。」
「・・・・」
「と、友達の話で良いから。」
「友達?」
「そうだ。お前の友達だ。」
とっさに話題をそらしたにしては少々強引だが、少女はふてくされたような表情を浮かべて、ベンチの上で体育座りをして、もう一度坐り直す。
「お前、その体勢、パンツ見えるぞ。」
「見せてるんです。」
「おま?!!女子高生みたいな事をしやがって。」
「っていうか、みないでくださいよ。」
そうして、少女は自らのスカートを引っ張って、ぽつりぽつりとその時間を止めるように、話しだした。
「友達の話なんですけど。小さい頃に母親が亡くなったんです。6歳の時です。」
「ふむ」
頷く伊織と話し続ける少女。
「まあ、正直あんまり覚えてはいないんですけど。別に悲しいとかではなくて、純粋にぽっかりと穴が空いたみたいな気分がしたんです。」
「そして、それから父親が再婚しました。単純計算して、彼女の方が歳の近い様な女性と。」
「へえ」
「そうして、最近妹が出来ました。」
「その言い方だと、そんなにおめでたくはないのか?」
「別に、お兄さんには関係ないです。」
「ごめんなさい」
「フン!」
「まあ、要するに家に居づらいわけです。今、小さい妹の面倒を見るために祖父母が家にいるんですけど、彼らは私の祖父母では無いわけですから。」
「だから、ここに居ると?」
少女がいつから居たのかは知らないが、少なくとも今さっき来たみたいな感じでは無いことは明白だ。
「お前、友達とか居ないの?」
「いますよ。そりゃ。」
「・・・・・」
「なんですか!!なんで黙ったんですか?」
「嫌なこと聞いちゃったかなって?」
「はあ?馬鹿にしてるんですか?」
「いや、そうじゃなくてな。世の中には人間は信じられないとか言って、頭の中に友達を作っちゃう人が・・・・」
「お兄さんの体験談はいらないです。」
「いや、俺じゃ・・・・」
「お兄さんの体験談はいらないです。」
「はい」
少女は伊織を気にするでもなく、椅子に深く腰掛ける。
「で、なんで今日は友達はいないんだ?」
「みんなもう4年生ですから」
「4年生?」
「塾があるんですよ」
「塾?」
「最近の小学生はみんな塾に行きますから」
「へえ、大変だなあ」
中学受験というやつだろうか。伊織はしていないから全く分からないが、高校の同じクラスの人達には何人か中学受験をしている人達がいた。別に彼らと仲が良い訳ではないから実情は知らないが、中学受験が大変だという事は知っている。
「みんな暇じゃないってことか?」
「まあ、そうですね」
「そりゃ、小学生でも生きてるもんな。同じ事になるか」
「同じ事?」
戸惑う顔をしてこちらを見つめる少女を見て、伊織はふと頭を掻きながら自らの現状と並べた。
京介も紫宮も伊達も綾乃も、小さい頃にずっと一緒にいた友達は今はもう伊織とは違う。皆、部活やら友達やら前に進んでいる。伊織だけが何も変わらず、無駄に日々を消費している。だから、伊織は一人でいるその少女に何故か自分を並べて、親近感を覚えた。
「自分だけがダメな気がするんだよな」
「別にそんな事は思ってませんが」
「あれえ?」
ふん!とした顔をして、言葉を交わすその少女は伊織との相性が何故か良いように感じた。
「まあ、だから、来週も来るわ」
「はあ?」
「いや、だから来週も来るわ」
「何を言ってるんですか」
「友達は5時になると帰っちゃうんだろ?俺は高校生だから、11時までいれる」
「はあ?何ですか、それ」
「11時超えると補導されるから、11時までな。何なら、俺一人暮らしだから、お前家泊まるか?」
「バカじゃないんですか?」
だけど、少女はそれまでとは違って、少し笑みを浮かべながらに伊織を罵倒しながら話す。
「女の子を誘うならもっとちゃんとしてください。まず、お兄さん、前髪長すぎですし。」
「え?そんなか?」
「はい。お兄さんが何を思ってるかは分からないですが、女の子は短髪の方が好きです。前髪が長い方がカッコ良いと思うのは、中学生で卒業して下さい。」
「お前、本当に小学生だよな?さっきから、同級生と話してる気しかしないんですけど?」
「精神年齢に関しては、お兄さんより私の方が上です。調子に乗らないで下さい。」
「まさか下に見られてんのか?俺?」
少女じゃ自らの服を直して、ベンチから立った。もう時間は終わりだとばかりに。
そして、少女は笑いながら伊織に確認する。その綺麗な顔を綻ばせながら。
「約束ですよ?」と。
「ああ、約束だ。」とそう答えて、新田 伊織は全てを忘れた。
「伊織、伊織!」
覆いかぶさる茶髪の少女の綺麗な顔が見える。
「しっかりして!」
「あ、うん?綾乃?」
「ねえ、大丈夫、大丈夫なの?」
「いや、大丈夫だけど、何、俺、お前に襲われてんの?」
伊織に跨っている綾乃。はたから見たら、高校生がいちゃついているように見えなくもない。だから、それを察して綾乃はパッと離れる。少し、顔を赤らめながら。
「ば、バカじゃなの?いっくんがベンチから落ちてたからだから!」
「落ちてた?」
「そう。いっくんが消えたみたいに見えたから、急いで来たら、いっくんがベンチの側で倒れての」
伊織驚いた顔をして、自らの頬を撫でて一言を漏らす。
「俺、何をしてたんだ?」
「知らないけど」
そうして、伊織は気づいた。自分が公園の中で何をしていたかを知らない事を。髪の毛をかきあげて、ふんわりと考える。
「そういえば、この前の公園も変なことあったな」
「え?」
「なんでだ?」
「何の話よ?」
訳が分からないという風な視線を伊織に向ける綾乃を伊織は見つめ返す。
「なあ、この公園ってなんかある?体が入れ替わるとか、未来に飛んでいくとか」
「何、それ?私は聞いたことないけど」
「だよなあ。」
伊織は体を起こすのを諦めて、そのままの姿勢で目に移る空を見続ける。
「でも、女の人がここで死んだことはあった気がする。」
「何だっけ、それ?」
「何かの事件よ。確か、私たちが6歳ぐらいの。」
「ふーん」
伊織も綾乃もこの公園のことは知っている。伊織の家からも綾乃の家からも一番近い公園であるから。だけど、伊織はこの公園では何か不思議な事が起きるなんてことは聞いたことない。だから、今はもうこれ以上、考えても無駄だ。
「そういや、助けてくれてありがとな」
「ああ、うん。」
「じゃあ、私は帰るから」
「うん、じゃあな。」
「明日もしっかり学校来なさいよ」
「分かってるって。」
「もう、一限に間に合わないからって、学校に来るの諦めちゃダメだよ?」
「なんなんだよそれ?」
「なんか、テレビでやってた引きこもり特集みたいな。引きこもりになる予兆みたいなのを解説してた」
「暇なんだな」
「いっくんがね」
そうして、伊織は結局、明日のことなんて知らずに、また家に帰るだけだった。
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