それぞれの決着ですか?

「あれ? 家の前に誰かいる?」

 康貴は遠目に見える自宅の前に、誰かが立っていることに気付いた。そして、自宅に近づくにつれ、それが誰なのか康貴にはすぐに分かった。

「隆……?」

 すらりとした長身と爽やかな容貌。それは間違いなく、康貴の幼馴染にして親友の隆に間違いない。

 隆も康貴に気付いたようで、にこやかな笑顔を浮かべながらポケットの中に入れていた右手を抜き、ひょいと上げてみせた。

「よ、康貴」

「どうしたんだよ、家の前で……何か急用か?」

「いや、別に急用ってわけでもないけどな。ちょっと、おまえに聞きたいことがあってさ」

 聞きたいこと? と聞き返しながら、康貴は首を傾げた。

「以前……『夢まつり』の時だったか? 俺がおまえに聞いたことあったよな?」

 どくん、と康貴の心臓が強く鼓動する。


──おまえ、エルちゃんのこと…………どう思っているんだ?


 かつて、隆は康貴にそう尋ねた。

 その時、康貴は隆に何も答えなかった。だが、心の中でははっきりとした答えを浮かべていた。

 その答えをもう一度心の中で思い浮かべた時。

「──康貴っ!!」

 不意に、聞きなれた声が背後から彼の名前を呼んだ。

 思わず康貴が振り向き、隆も彼の背後へと視線を向ける。そこには、康貴と隆のもう一人の幼馴染の姿が。

「……あおい?」

「……ごめん、康貴! 少しだけでいいからあたしの話を聞いてっ!!」

 真っ赤な顔で、ぎゅっと両目を瞑って地面に顔を向けながら。

「わたし……わたし、康貴のことが好きっ!! ずっと前から……康貴が……あなたのことが好きだったのっ!!」

 あおいは自分の想いを、はっきりと康貴に告げた。

 時折車が行きかう生活道路の片隅で、学校帰りの制服姿のままで。すぐ近くには第三者である隆までいる状況で。

 ムードなどは全くない。だが、その率直な告白はいかにもあおいらしかった。

 突然のあおいの告白に、康貴は目を白黒とさせる。いや、そうするぐらいしかできなかったのだ。

 彼とて、あおいの気持ちには半ば気づいてはいた。だが、面と向かって彼女の気持ちを確かめようとは思わなかった。

 これまで長い時間を一緒に共にしてきたあおいである。少なくとも嫌われてはいないという自信はあるし、互いに友人としての好意も抱いている。

 だが、その好意が果たしてどこまで男女のそれか、と言われると正直判断がつかない。

 まさか「僕のこと、どこまで好きなんだ?」と聞くわけにもいかず、今の「親友」という関係を崩したくなかったので、必要以上に彼女の気持ちには触れないようにしていたのだ。



 正直言って、隆は内心で頭を抱えていた。

 彼の計画では、ここで康貴の気持ちをはっきりさせ、それをこっそりとエルに知らせるつもりだったのだから。

 そこへ、突然のあおいの乱入である。しかも、真正面から康貴に告白までしだしたではないか。

 このまま計画通りに進めるべきか、それとも計画を一時中断するべきか。

 隆はポケットの中に忍ばせたスマートフォンを指先で確認しながら、事態を見守ることしかできなかった。



「あ、あおい……ぼ、僕は……」

「分かっているっ!! 康貴にとって、あたしはあくまでも『友人』だって……今のあなたの気持ちが誰に向いているのかも……あたしには分かっている……もしかしたら、康貴にとっては迷惑なだけかもしれないけれど……でも……それでも、あなたにあたしの想いを知って欲しいから……」

 相変わらず顔を地面に向けたまま、あおいは言葉を続ける。

 その彼女の足元に、一つ二つと透明な滴が落下するのを康貴は気づいていた。

「……赤塚康貴さん……あたしは……木村あおいは……あなたのことが好きです……ずっと……ずっと小さい頃から、あなたのことが好きでした……っ!!」

 顔を上げ、ようやく康貴へと向けた顔には、涙に濡れながらも晴れやかな笑顔が浮かんでいた。



 どうやら事態は良くも悪くも動き出しそうだ。

 そう判断した隆は、ポケットの中のスマートフォンにそっと指を触れ、あらかじめ準備しておいた番号へとコールを送った。



 あおいの真正面からの告白を受けて、康貴もにっこりと微笑み返す。

 今ここで、彼女の気持ちに応えるのは難しくない。

 康貴とて、あおいにはかなりの好意を抱いているのだ。しかも幼い頃かずっと一緒だった彼女のことは、誰よりもよく理解している自信もある。

 そんな彼女と恋人という関係になれば、きっと上手くやっていけると思う。

 そして、それは今彼が抱えている悩みにもある種の答えを見つけることでもあった。

 このままあおいの告白を受け入れれば。

 彼女の今後について、今ほど悩むことはなくなるだろう。

 あくまでも家族として。あくまでも義妹として、彼女の今後には真剣に向き合う。だが、それでも今ほど深く悩む必要はないはずだ。

 だけど。

 だけど、康貴にその選択をすることはできなかった。

「ありがとう、あおい。あおいの気持ちは凄く嬉しい……だから……僕もはっきりと言うよ。それが真剣に告白してくれたあおいに対する礼儀だと思うから」

 康貴は真面目な表情であおいと向き合う。

「ごめん、あおい。あおいの気持ちは確かに凄く嬉しい。だけど僕は──僕はエルのことが好きだ。だから、僕はあおいの気持ちには応えられない」

 はっきりとした、康貴の拒否の言葉。

 だけど、あおいは再びにっこりと微笑んだ。

「ありがとう、康貴。あたしの気持ちを聞いてくれて。あたしの想いにはっきりとした答えをくれて」

 頬に冷たい何かが流れ落ちるのを、あおいは確かに自覚した。

 それでも、あおいは微笑み続ける。それがあおいに残された最後の矜持だから。

「ねえ、康貴? できたら、これからも今まで通りの友だちでいてくれる?」

「ああ。僕からもお願いするよ。明日から、これまで通りに僕と接してくれるか?」

「もちろんよ」

 あおいは数歩康貴に近づくと、すっと右手を差し出した。

 康貴もあおいに近づいて、その右手と自分の右手を握り合わせる。

「さーって、と。はっきりとフラれてすっきりしたわ。じゃあ、後は彼女に任せるわね」

 そう言ってあおいは、視線を康貴の向こうへと移動させる。

 康貴がそれを追うように背後を振り返れば。

 そこ──康貴の家の前に、スマートフォンを耳に当てたままのエルが立っていた。

「や……ヤスタカさん……」

 エルの頬は赤い。そして、その瞳に湛えられた涙は今にも決壊しそうだ。

「え、エル……どうして……?」

 どうやら今のあおいとの遣り取りを、携帯電話を通じて聞かれていたと悟った康貴は、慌てて視線を左右に走らせた。

 その康貴の目が、ポケットから取り出したスマートフォンをぶらぶらとさせながら、会心の笑みを浮かべている隆の姿を捉えた。

 どうやら隆が仕組んだらしい。おそらくポケットに入れた携帯電話越しに、先程の会話をエルに伝えたのだろう。

「はっきりさせろよ、康貴。おまえはどうしたいんだ? エルちゃんにおまえの気持ちは伝わっちまったんだ。こうなったら、おまえがエルちゃんに何を望んでいるのか……この場ではっきりさせろよ、赤塚康貴っ!!」

 隆の言葉に背中を押され、康貴はエルの前へと進み出る。

 その彼の顔の色は、エルに負けず劣らず真っ赤だ。

「エル……」

「ヤスタカさん……」

 しばらくじっと見詰め合う二人。そして、そんな二人をどきどきしながら見守る隆とあおい。

「行くな……」

「え?」

「行かないでくれ……自分の世界に帰らないでくれ、エル」

「や、ヤスタカ……さん」

 エルの瞳が大きく見開かれ、そこに蓄えられていた涙が勢いよく彼女の頬を滑り落ちていく。

 だが、その涙は先程あおいが流したもののように冷たくはなかった。

「僕の我侭だってことは百も承知だ。でも、それでも……僕の我侭を聞いて欲しい。エルの500年の寿命のうち、60年か70年……それだけの時間を僕にくれ。僕と共にこちらの世界で生きていってくれないか?」

 エルは康貴のその要請に応えることなく……ただただ、黙って彼の胸へと飛び込んだ。



「……しっかし、さっきの康貴の告白……ありゃ、告白というよりプロポーズだよな」

「本当ね」

 幸せそうな二人の傍からそっと離れた隆とあおいは、肩を並べて歩きながら先程の康貴の求婚まがいの告白を話題にしていた。

 しかし、あおいの声にはやはり元気がない。

 それも仕方ないと隆は思う。彼女はその長い間抱えていた想いに、終焉を告げたばかりなのだから。

「…………がんばったな」

 ぽん、と隆があおいの頭に手を乗せる。

 その反動で、彼女の両目から再び涙が零れ落ちた。

「……お節介……」

「仕方ないな。こりゃ性分だ」

 言葉なく泣き続けるあおいを、隆は強引に抱き寄せた。

「……どうして……どうして、こんなお節介をするの? この件に関してはノータッチじゃなかったの……?」

 隆の胸に顔を伏せるようにして、あおいは隆に尋ねる。

「…………俺は卑怯者なんだよ、あおい。おまえや康貴が考えているより、俺はずっと卑怯な人間なんだ……」

 涙に濡れた目で、あおいは不思議そうに隆を見上げた。

「康貴とエルちゃんが上手くいけば……当然、おまえのあいつに対する想いも終わることになる……それが俺の狙いだったんだ……」

「た、隆…………?」

「おまえが長い間あいつを想っていたように…………………………俺もおまえを想っていた……想い続けていたんだ」

 隆の告白を、あおいは彼の胸の中で呆然としたまま聞いていた。

「おまえがあいつにフラれれば……その隙におまえの心に入り込めるんじゃないか…………そんなことを考えるような卑怯者なんだよ、俺は」

 今にも泣き出しそうな笑顔で、隆はあおいを見下ろす。

「…………軽蔑されちまったか?」

「……そんなことない……………………だけど……あなたの想いに応えることはできないわ……」

 再び隆の胸に顔を伏せ、囁くようにあおいが言う。

「…………あたし、ついさっき康貴にフラれたばかりなのよ……? それなのに、ここであなたの告白に応えたりしたら……康貴に……そして何よりあなたに対して不誠実すぎるわ……だから……だから、今はあなたの想いに応えることはできない…………」

「…………そっか。じゃあ、一年後にもう一度告白するよ」

「えっ!?」

「今はまだだめなんだろ? だったら一年待つ。なに、これまで長い間待ったんだ。あと一年ぐらいどうってことないからな。その時……一年後にもう一度告白した時、改めておまえの気持ちを聞かせてくれ」

「…………馬鹿なんじゃないの?」

 口ではそんなことを言いつつも、あおいは笑みを浮かべる。ただし、顔は伏せられたままなので、その笑顔は隆からは見えなかったが。

「でも、今日は本当によくがんばったな。よし、じゃあ今日は何か奢ってやるよ。何が食べたい?」

「……確かに、今日はやけ食いしたい心境ね。じゃあ………………煮込みうどんが食べたい!」

「に、煮込みうどんっ!? こ、こういう時って甘いものをやけ食いするものじゃね?」

「いいじゃない、別に。何でも奢ってくれるって言ったのは隆でしょ?」

「そうだけど……」

 どこか不満そうな顔をする隆を、あおいは悪戯を成功させた子供のようににんまりと笑う。

「煮込みうどんと言えば、とあるうどん屋さんの店長さんがいわゆる『見える』人らしくてね」

「……………………えっ!?」

 「見える」人。それが何を意味するのか、理解した隆の顔色がすっと青ざめる。

「何でも、その店長さんのお店の中に近くの葬儀場へと続く霊道があるとかで……時々、そこを煙のようなものがすーっと走るんですって。そして、その煙みたいなものに触れると………………」

「う、うわあああああっ!! も、もうやめてくれっ!? 俺がそっち系の話、苦手なのはもう知っているだろっ!?」

「当然。知っているから話しているのよ。他にも、店長さんが体験したことは…………」

「もういいっ!! もういいからっ!! 煮込みうどんでも何でも奢るから、その類の話はやめてくれよっ!!」

 先程のあおいとは別の意味で泣きそうになる隆。

 そんな隆の胸を両手でとんと押しながら、あおいは彼から離れる。

「じゃあ、お互いに一度家に帰ってから、自転車でもう一度落ち合いましょ? 場所はどこで待ち合わせる?」

「あおいのマンションの前まで行くから、そこで待っていてくれ」

 そして二人は一旦別れる。

 この時、あおいの心は先程よりもほんの少しだけ軽くなっていた。

 まだまだ、完全に康貴のことがふっきれたわけではない。それでも、先程の隆の告白に驚いて、気持ちが少しだけ軽くなったのは確かだった。

 長い間想い続けた康貴への気持ちは届かなかったが、それでも康貴とエルが上手くいけばいいと願いながら、あおいは自宅を目指して歩き始めた。


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