発見ですか?

 最近、康貴の様子が変だ。

 一緒に暮らしているエルには、それがよく分かった。

 もちろん、上辺はいつもと変わらない。それでもエルには分かるのだ。他ならぬ康貴のことなのだから。

 いつもはあれほど楽しそうに作る毎日の食事。その合間に、ふと彼の気持ちが目の前の調理から離れることがある。

 それが隣に並んで作業しているエルには、とてもよく分かるのだ。分かってしまうのだ。

──どうしたんですか? 何か悩みごとですか?

 そう尋ねるのは容易い。でも、仮にそう尋ねたとしても、きっと康貴は「何でもない」と答えるだけだろう。

 それが分かっているから、エルは何も聞かない。

 いつもと変わらぬ毎日をそうやって送りつつ、エルは悶々としたものを胸の内で燻らせていた。

 やがて月日は流れゆき、11月へと差しかかる。

 エルがこちらの世界に来てから、もうすぐ半年が経とうとしていた。



 11月初旬のとある日の夕方。

 リビングのソファで共にゆったりとしながらテレビのニュースを見ていた康貴とエル。

 そのエルのスマートフォンが、不意に着信を告げた。

 ごそごそとポケットからスマートフォンを取り出して画面を確認してみれば、相手は隆の父親でもある萩野市長だった。

 萩野市長は例の『エルフさん』の関係で、こうして時々エルに電話をかけてくる。時にはコレクションに何かを追加した時にも、まるで自慢するようにエルに見に来ないかと連絡してくることもある。

 自慢するようにではなく、明らかに自慢したくて私を呼ぶんですよねー、とはエルの談だ。

 確かに何か珍しいものをコレクションに追加した時、誰かに自慢したいというのはコレクターの性なのかもしれない。

 エルとしても市長が見せてくれる西洋骨董は眺めていても楽しいでの、連絡があればいつも出かけるのが常となっていた。

「……隆の親父さん、何だって?」

 通話を終えたエルに康貴が問う。

「はい、何でもまた新しい骨董を手に入れたとかで、私に目利きをして欲しいそうです」

「また? 隆の親父さん、よほどエルに自慢するのが楽しいんだなぁ」

「そうですねぇ。市長さん、いつも嬉しそうに私に見せびらかしていますし」

 自慢気に西洋骨董をエルに解説する市長の姿を思い出し、エルはくすくすと笑う。

 萩野市長にも骨董仲間はいる。だが、その中でもエルほどの鑑識眼の持ち主はいないらしい。

 実は市長の骨董仲間の間でも、エルのことは年若くして──実際にはかなり年上だが──確かな鑑識眼の持ち主だと評判になっているらしく、そんなエルと親しくしている萩野市長は仲間内でも鼻が高いのだとか。

 時には康貴もエルと一緒に市長の骨董を見せてもらうこともあるが、その時の市長の様子はまるで新しい玩具を自慢する子供のように実に楽しそうだ。

「ヤスタカさんも一緒に見に行きますか?」

「そうだな。親父さんがどんな西洋骨董を手に入れたのか興味あるし……僕も一緒に行こうかな?」

「分かりました。じゃあ今週末に市長さんの家に行くとメールしておきますね」

 ぽちぽちとスマートフォンを弄るエル。

 そんなエルを見て、すっかりこっちの世界に馴染んだものだな、と康貴は思う。

 今にしてみれば、こっちの世界であれこれといちいち驚いていた頃が少し懐かしい。

「さて、じゃあ、そろそろ夕食の準備をしようか」

「はい。私も手伝いますね」

 二人は同時に立ち上がり、リビングへと向かう。

 その時、エルは隣を歩く康貴が、どこか思い詰めた表情で自分をじっと見つめていることに気づいた。

「? どうかしましたか?」

「い、いや、なんでもない! さ、さあ、夕食の準備をしよう」

 そそくさとリビングに向かう康貴。

 そんな康貴の背中を見て、エルは小さく溜め息を一つ。

「………………やっぱりヤスタカさん……変です…………」



 そして週末。

 康貴とエルの二台の自転車が、萩野邸の門を潜った。

 幼い頃から何度もここを訪れている康貴はともかく、エルも今ではすっかり慣れた様子でガレージの片隅に自転車を止める。

 その時、ガレージに見慣れた自転車が止まっていることに康貴が気づいた。

「あれ? この自転車……あおいも来ているのか?」

「え? アオイさんが?」

 康貴とエルは互いに顔を見合わせて首を傾げる。

 あおいは西洋骨董にはあまり興味がないらしく、今まで今日のような機会に誘っても一緒に行くとは言わなかった。

 そのあおいが、今日に限って萩野邸に来ている。

「もしかすると、僕たちとは別の用件で隆のところに来たのかもしれないな」

 誰に言うでもなく康貴は呟き、エルと一緒に玄関を目指して歩き出す。

 玄関に到着し──萩野邸は広いので、ガレージから玄関まで少し距離がある──、いつものようにチャイムを鳴らす。

 すぐに中からどたどたとした気配が伝わってきて、がちゃりと勢いよく玄関の扉が開いた。

「ようこそ、エルさん、康貴くん。今日はわざわざご足労かけてすみませんでしたね」

 そこには、満面の笑みを浮かべた萩野市長がいた。どうやらエルに早く新しいコレクションを自慢してたくて、うずうずしていたらしい。

 よく見れば、市長の背後に隆の姿が見えた。

 隆は困ったような表情を浮かべて、ひょいっと肩を竦めてみせる。

「ほらほら、父さん。そんな所に陣取っていたら、いつまで経っても康貴とエルちゃんが家の中に入れないだろ?」

「おっと、これは私としたことが。ささ、二人とも遠慮しないで入ってください」

 康貴たちが通れるように体を引いた萩野市長は、二人を招き入れると先頭に立って家の奥を目指す。

 この家の間取りはすっかり頭に入っている康貴は、どうやらリビングに向かうようだと推測しつつ、市長と隆の後に続いた。

 そして彼の推測通り、康貴たちはリビングへと招かれた。

 中に入るとこれまた推測通りそこにはあおいの姿があり、康貴とエルに向かって「やほ」とか言いながら手を振っている。

 彼女と同じようにリビングのソファに腰を下ろし、康貴はあおいへと問いかけた。

「珍しいな。あおいが小父さんの趣味に興味を示すなんて。それとも、他の用事で隆の家に来ていたのか?」

「べ、別に用事があってっていうわけじゃないけど……」

 康貴も来るって隆が言うから、という彼女の小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。

 康貴とエルは隆の母親が用意してくれたお茶を飲みつつ、隆やあおい、そして萩野市長などと取り止めもない会話をしばらく楽しんだ。そうしてしばらく経った頃。

「さて、ではそろそろ本日の本題へ入りましょうか」

 そう言いながら、萩野市長が立ち上がると、浮き浮きとした足取りでリビングを出ていった。

「あー、隆の親父さん、そうとう舞い上がっているなぁ……」

「ああ。何でもかなりいいものを知り合いの骨董商から特別に譲ってもらったとかでな。ここのところ毎日あんな感じだよ」

「要はみんなに自慢したいわけね」

 呆れたようにあおいが言えば、康貴、エル、隆が声を揃えて笑い合う。

 そのまましばらく待っていると、萩野市長が小さな箱を抱えて戻ってきた。

「これが今回、私が手に入れたアンティークなのですが……まあ、知人の骨董商によると、アンティークというよりはつい最近まで実際に使われていたらしいものですね」

 厳重な造りの箱の留め金を外して蓋を開け、中に収められていたものを康貴たちによく見えるようにする。

「その骨董商いわく、これには何か不思議な力があるかもしれないそうです。かく言う私も、霊感などは全くありませんが、これからは何か尋常ならぬものを感じるような気がするのですよ」

 萩野市長が康貴たちに示したもの。

 それは鞘に収められた一振りの短剣だった。

 造りは武骨で、装飾の類は全くない。

 全長は25センチほどだろうか。柄の部分が10センチ、刃が15センチといったところ。

 萩野市長が言った通り、その短剣はつい最近まで使われていたかのように古ぼけた印象はまるでなかった。

「ふぅん……俺にはよくある短剣ダガーのように見えるけどな。実際、こんな感じの短剣なら、父さんのコレクションの中に幾つかあるだろう?」

 隆が言うように、彼の父親のコレクションの中には、この短剣よりももっと豪勢な造りのものがある。

 その中には全体に装飾が施された儀礼用と覚しき短剣もあり、金や銀といった貴金属がふんだんに用いられていて、見た目にもかなり鮮やかだ。

 それに比べると、目の前の短剣はどうしても見劣りする。

 実用性は確かにこちらの短剣の方がありそうだ。この短剣はあくまでも日常生活などで使うことを目的として造られたのかもしれない。

 康貴もあおいも、物珍しそうに短剣に見入る。彼らには骨董の良し悪しは全く分からないが、それでも萩野市長がここまで入れ込むような品物とは思えなかった。

「うーん……あたしは何も感じないけどなぁ」

「ああ。僕もだ」

 康貴とあおいは、市長が言うような「何らかの力」というものは感じられない。もちろん二人とも霊感などの類は一切ないので、本当にこの剣に何らかの力があったとしても、彼らには分からなくて当然なのだが。

「どうです、エルさん? 魔力をお持ちのあなたなら、この短剣から何かを……おや? どうかされましたか?」

 不思議そうな萩野市長の声に、康貴とあおいと隆が一斉に彼女へと振り返った。

「お、おい、エル……?」

 どうにも尋常ではなさそうなエルの様子。

 エルは目を大きく見開いて、じっと目の前の短剣を凝視している。

「…………………………………………………………の?」

 やがてぽつり、とエルの唇から小さな言葉が零れ落ちた。

「え、エル……?」

「…………どうして…………どうして……この短剣が…………ここに…………」

 やがて、エルの体が小刻みに震え出す。

 心配そうに彼女を見つめる康貴たち。やがて康貴はとあることに思い至った。

 エルがこちらの世界に来ることになった「鍵」ともいうべきもの。それが短剣だったと出会ったばかりの頃に聞いた覚えがある。

「お、おい、エル…………も、もしかして、この短剣が……………………?」

 それまでじっと短剣を凝視していたエルの視線が、短剣から離れてゆっくりと康貴へと向けられた。

「は、はい、そうです…………この短剣こそが…………私がこちらの世界に来る切っ掛けとなった…………魔力を持った短剣です…………」

 エルのその言葉に、居合わせた全員が一斉に短剣へと視線を向けた。


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