コンテストですか?

「皆さん、お待たせいたしましたっ!! では、これから第一回『エルフさん』コンテストを開催いたしまーすっ!!」

 進行役の女性──後で聞いたところによると、市役所の広報課の若い職員らしい──が『エルフさん』コンテストの開催を告げると、周囲に集まっていた『エルフさん』ファンたちから大きな歓声が上がった。

「では、コンテストのルールを説明します! ルールは至って簡単! これから登場される出場者の中で、我が日進市が誇る『エルフさん』のイメージに最も近い方に投票していただき、獲得ポイントが一番大きい方が優勝となります。投票は本日お集まりになられた一般参加の方お一人様につき1ポイント、五人の審査員の方には各10ポイントで投票していただきます。まずは審査員の方々をご紹介させていただきます。日進市商工会会長の──」

 進行役の女性職員が商工会の会長やら青年会の会長やらの名を読み上げていき、最後に呼ばれたのは隆の父親である萩野市長だった。

「会場にお越しの皆様、本日はご来場誠にありがとうございます。特に遠方よりお越しいただきました方には、心より御礼申し上げます。どうか、本日は最後までごゆっくりお楽しみください」

 最後に観衆に向けて深々と頭を下げ、萩野市長が再び腰を下ろした。

「では、早速参りましょう! まずはエントリーナンバー1! 日進市にお住まいの──」



 『エルフさん』コンテストの出場者は実に様々だった。

 ファンタジーっぽい衣装を着て金髪のカツラを被り、いかにも『エルフさん』をイメージしましたといった康貴たちと同じぐらいの年頃の女の子が登場したり、まだ小学校入学前の幼児が、背中にお母さんお手製の羽をつけた可愛らしい姿で登場したり。

 一人でエントリーしている者もあれば、複数でエントリーしている者もある。

 中には明らかにウケ狙いで『エルフさん』の格好をした男性も登場したりして、会場は大いに盛り上がった。

 もっとも、中にはウケ狙いで登場した男性に対して、小声で「あ、あれが私……?」としきりに首を傾げる本物のエルフさんもいたりしたが。

「でもこのコンテスト、優勝者は何か賞品があるんだろ?」

「ああ。優勝者には『エルフさん』の直筆サイン色紙と、地元の特産品が送られるらしい」

「あ。そういえば、そのシキシとか言うの、この前の撮影の時に書きました……」

 日本語を書くのだけはまだまだ不慣れなエルは、拙い平仮名と片仮名で「エルフさん」と書いた色紙のことを思い出した。

「あ、あんなもの貰っても、逆に困るんじゃあ……」

 自分が書いた拙い字面を思い出して、エルは済まなさそうに肩を竦めた。

「そうでもないんじゃないか? 物にどんな価値を見出すかは人それぞれだし」

 確かに康貴の言う通り、たとえどんなに拙い字面の色紙でも熱狂的な『エルフさん』のファンにしてみれば、二つとない貴重な宝に違いない。

 逆に『エルフさん』に全く興味のない者からすれば、それはただの「お粗末な字が書かれた色紙」に過ぎないだろう。

「そうだといいのですけど……」

「しっかし、こりゃ『エルフさん』コンテストというよりは、単なるコスプレ大会だな」

「本当ね」

 次々に登場する出場者を見て、隆とあおいが苦笑を浮かべている。

 だが、その苦笑も次に登場した人物を見て、引き攣ったものへと変化した。

「──続きまして、エントリーナンバー14! 日進市にお住まいの木村たかのりさん!)」

「は?」

「え?」

「あら?」

「…………あ、あの馬鹿兄貴……っ!!」

 進行役がその名を告げた時、康貴たちは揃って真っ白になった。

 ただ一人、あおいだけは俯いたまま、怒りに拳を震わせていたけど。

 そして舞台袖から孝則が軽やかな足取りで登場する。

 途端、詰めかけた観客から大きな笑い声。少なくとも、ウケだけは取れたようだ。

 孝則は長い金髪のカツラ──宴会用の安物──を被り、ホームページ上のエルがいつも着ているような緑を基調にした服──あまり見たくはないがミニスカートを装着──に、手には妙に造りのリアルな西洋剣の模造刀。顔には誰が施したのか、しっかりとした化粧までしていた。

 彼の太めの体型も合わせて、はっきり言って全く似合っていない。だが、本人はそんなことは気にもかけず、舞台の上で模造刀を抜いて変なポーズを取っていた。

 彼が舞台上を飛び跳ねてポーズを決めるたびに、観客席から大きな笑い声が巻き起こる。間違いなく、本日一番ウケを取っているのは孝則だろう。

「……家に帰ったら絶対にぶん殴る……っ!!」

 静かに怒りを燃やすあおいから思わず数歩後ずさり、康貴とエルと隆は孝則の冥福をそっと祈るのだった。



「……結局、優勝は8番の女の子だったな」

「まあ、あの女の子が一番エルの……というか、『エルフさん』のイメージに似ていたからね」

「でも、タカノリさんは残念でしたね」

「いやぁ、孝則さんも特別賞を貰っていたしな。本人的には満足じゃね? なあ、あおい?」

「あたしに聞かないでっ!! あんなのと血が繋がっているってだけで恥ずかしいんだからっ!!」

 肩を怒らせてずんずんと先を歩くあおいの背中を、康貴とエルと隆は顔を見合わせてこっそりとくすくす笑う。

 時刻は午後二時を過ぎ、康貴たちは祭りの会場を後にして、一度それぞれ帰宅することにした。

 午後六時三十分頃より花火が上がるため、その時間にもう一度あおいの家に集まる予定だ。

 彼女の家はマンションの高層部分なので、花火がよく見える。そのため、毎年花火が打ち上がる時間に木村家に集まるのが、康貴たちのお約束になっている。

 市役所の巡回バス発着場から日進駅方面のバスに乗る。時間的に早目なため、行きと違ってバスは空いていた。

 そのままバスに揺られること十分ほど。巡回バスは日進駅に到着する。

「じゃあ、夕方にね」

「おう、後でお邪魔するからな」

「それじゃあ、また後で」

「また後で、です」

 康貴たちに手を振りながら、あおいは目の前に建つマンションへと向かう。

 その背中がマンションの中に消えるまで見送り、じゃあ自分たちも家に帰ろうと隆へと振り向いた時。

「なあ、康貴。少し話があるんだが……いいか?」

 それを見合わせたかのように、隆が口を開いた。

 隆の顔に浮かぶ表情は真剣なもので、彼の言う話とやらが決して冗談の類や軽いものではないことを知らせている。

 だから康貴も、真剣な顔で頷いて返した。

「分かった。どこがいい?」

「できれば誰も来ないところがいいが……」

「じゃあ、僕の部屋は?」

「おまえの部屋か……」

 隆はちらりと康貴の隣にいるエルへと視線を走らせる。

 彼らのやりとりを聞いていたエルは、にっこりと笑うとつつっと康貴から離れた。

「じゃあ、私は少し買い物でもしてから帰りますね。そうですね……一時間ぐらいはかかると思いますので」

「悪いな、エルちゃん」

「いいえ、気にしないでください。では、また後で」

 くるりと背中を向けたエルを見送った後、康貴と隆は並んで歩き出した。

 康貴の家に到着するまで、二人の間に会話はない。やがて赤塚家に着き、康貴が鍵を開けて隆を中に招き入れる。

 勝手知ったるなんとやら。これまでに何度もここを訪れている隆は、遠慮する様子もなく家に上がり、そのまま康貴の部屋へと向かう。

 康貴は自室ではなく一度キッチンへと行き、そこで飲み物とちょっとしたお菓子を用意して、それを携えて自室の扉を開けた。

「悪かったな、突然」

「いいって。それで話ってなんだ?」

 康貴は机の椅子に。隆はベッドに。それぞれ腰を落ち着けてから、隆が口を開いた。

「なあ、康貴。最近、エルちゃんと何かあったか?」

「いや……別に何もないけど……? どうしてそんなことを?」

「何というか……おまえとエルちゃんの距離感が、今までとは違うように思えてさ」

 今日一日のエルの様子を見ていた隆は、僅かな違和感を覚えていた。

 エルが常に康貴の傍にいるのは今日に限ったことではない。だが、その距離が今までよりも近いように感じられたのだ。

 祭りの会場で金魚掬いをする時も。

 会場の片隅で腰を下ろして休憩した時も。

 迷子の母親を探していた時も。

 鳴子踊りや『エルフさん』コンテストを見物していた時も。

 エルの立つ位置が、今までよりも僅かだが康貴に近くなっている。隆はそう感じていた。

「……というわけだから、てっきりおまえとエルちゃんの間に何かあったのかと思ってな」

 隆から話を聞いた康貴も、言われてみればそう思える節がこれまでにあったことを思い出す。

 エルのおたふく風邪が治った頃からだろうか。

 例えばリビングでテレビを見ている時。

 ソファに並んで腰を下ろして一緒にテレビを見ることは、これまでもよくあることだった。

 でも最近、エルの座る位置が少し自分寄りになっていると感じたことがある。

 例えば一緒に食事の準備をする時。

 キッチンで並んで調理していると、肘が何気なく彼女の体に触れることが多くなった。

 確かに隆の言う通り、エルとの距離が僅かではあるが近くなっている。

 改めてそれを実感する康貴だった。

「なあ、康貴。この際だから率直に聞くぞ?」

 思考の海に潜っていた康貴は、隆の一言で浮上する。

 そして彼の方を見れば、そこに待っていたのは極めて真摯な光を秘めた両の瞳。

「おまえ、エルちゃんのこと…………どう思っているんだ?」



 どん、という腹に響く重低音が、マンションのベランダの向こうから響いてくる。

 それと同時に炸裂する光の花を見て、エルが歓声を上げながらその蒼い瞳をきらきらと輝かせた。

 康貴、エル、隆、あおいの四人は、木村家のベランダから打ち上げられる花火を見ている。

 ひゅるるるというどこか気の抜けた音に続いて、どぉぉんという轟音と咲き誇る光の花。

 花火を初めて見るエルじゃなくても、その光景には思わず見蕩れてしまう。

「凄いですっ!! 大きいですっ!! こんな凄くて大きくて綺麗な光の花を、魔法も使わずに夜空に描くことができるなんて……」

 花火初見のエルは、先程からこんな調子で興奮しまくりだった。

 夜空を背景に様々な色と様々な形に咲き誇る花々。

 それをわくわくした気持ちで見上げるのは、隆もあおいに限らず日本人ならば誰でも一緒だろう。

 だが。

 ただ一人、康貴だけは夜空を見上げながらも花火を見てはいなかった。


──おまえ、エルちゃんのこと…………どう思っているんだ?


 あおいの家に来る前、隆に言われたことが何度も康貴の頭の中で再生される。

 仲間たちと一緒に夜空を見上げながらも、康貴の視線は気づけば隣で花火に見入っている少女へと向けられていた。


──おまえ、エルちゃんのこと…………どう思っているんだ?


 再び脳内に響く隆の声。

(どうもこうもないさ。僕は……)

 脳内の隆の声に答えるように、康貴は自分の胸の内を覗き込む。

 だけど、そんなことをしなくても隆の問いに対する答えは決まっていた。決まりきっていた。



(僕はエルが……異世界からやってきた、このエルフの女の子が好きなんだ)


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