プールですか?
日進市総合運動場公園。
周囲を日進市東部の丘陵地に囲まれており、自然溢れるこの施設にはナイタープレーも可能なテニスコートが六面存在する。
野球場には観客スタンドも設けられ、こちらもナイター設備も完備された本格的なもの。
他にも、グランドはサッカーや各種競技に利用されており、夏季にはキャンプファイヤーもできるキャンプ場、流水プール・スライダー・幼児用プールを完備した屋外プールもオープン。近的六人立の弓道場もあったりする。
公園内は散策にも良い環境で、春には桜・アカシアミモザが咲き、初夏は新緑、秋には紅葉が楽しめ、他にも大清水湿地があり、この湿地は年に数回一般公開されている。
そんな総合運動公園の中にあるプールが、本日の康貴やエルたちの目的地であった。
午後一時少し前。
康貴とエル、そしてあおいと隆は、総合運動公園の中にあるプールの前にいた。
午後のオープン時間である一時まであと少し。康貴たちは、先に入園券を買い求める。
このプールの使用料は、高校生以上は300円。市が運営する市民プールだけあってとても懐に優しい。
それでも規模は小さいながらも流水プールやスライダーなどもあり、夏場はたくさんの人で賑わう。
今日もオープン前でありながら、プールの玄関前に少しとはいえ行列ができているほどだった。
「相変わらずだな、ここも」
「今日は平日だからな。これでもまだマシだろ?」
行列の最後尾に並びながら、康貴と隆が会話する。
彼らが言うように、土日の午後ともなると駐車場へ続く道路が極めて混雑する程なのだ。
所詮は市営の小さな市民プールでしかないので、駐車場も決して収容力は高くはないため、こればかりは仕方がないことだろう。
主な客層は小学生や中学生、小さな子供と一緒の家族連れなど。康貴たちのような高校生以上になると、その数はやや少ない。
高校生以上ともなると行動範囲も広くなるので、もっと大きな本格的なウォーターパークへと行く者も多くなる。
康貴と隆がそんなことを話している一方で、エルは金網越しに見える初めて目にしたプールに興味津々といった感じだ。
「凄いですっ!! あんなに綺麗な水がたくさん……水面が日の光にきらきらしてますっ!! あ、何か向こうには大きな滑り台のようなものも見えますよっ!?」
ぴょんぴょんとその場で何度も飛び上がってまだ無人のプールを覗き込み、まるで小さな子供のようにはしゃぐエル。
「プールがどんな所かは康貴さんに聞いていましたけど……こんなに広いとは思いませんでしたよっ!?」
プールが人工的に造られた、泳いだり水遊びしたりする施設だと聞いていたエル。彼女が想像していたのは、せいぜい小さな溜め池のようなものだった。
エルが元いた世界では、泳ぐ場所と言えば川や池、湖などだった。彼女が住んでいた国は内陸で、海という場所は聞いたことはあっても見たことはない。
そのため、皆で泳いだり水遊びしたりする人工的な場所と聞き、真っ先に思い浮かべたのが小さな溜め池のような場所だったのだ。
それなのに、実際に目にしたプールは彼女が想像していたよりも遥かに綺麗で広い。
水は透明に澄んでおり、ゆらゆらと揺れる水面が太陽の光を反射してきらきらと輝き、当然ながらプールの周囲には雑草などは全く生えていない。
「こ、こんな綺麗な水の中で、本当に泳いでもいいんですか? 誰かに怒られたりしませんか?」
「大丈夫よ。それに、見た目は綺麗に見えるけど、飲めるほど綺麗ってわけでもないから」
「え? そうなんですか?」
「逆に塩素などの薬品で水が消毒してあるから、飲まない方がいいぐらいだぞ」
「それに、この程度の市民プールで驚いていちゃいけないぜ、エルちゃん。近隣なら長島や蒲郡に、もっと本格的で広いウォーターパークがあるんだぜ?」
「こ、ここよりも広いんですかっ!?」
「もちろんさ。ここなんて比べ物にならないよ」
本格的なウォーターパークと、市民プールを比較する方がそもそもおかしいのが、そんなことを知らないエルはただただ単純に驚いていた。
「ここよりも広いぷーるがあるなんて……」
ほえーといった感じにぽかんと口を開けて驚きを露にしているエル。
「今度は長島の方にも行ってみましょうか。長島なら名鉄バスセンターから直通のバスが出ているはずだし」
「はいっ!! 是非、行ってみたいですっ!!」
満面の笑顔で答えるエルに、康貴もあおいも隆も微笑む。
四人がそうやって今後のことを話しているうちに、プールがオープンする午後一時となり、彼らは流れに任せて施設の中へと入っていった。
男の着替えは早い。
早々に水着に着替えた康貴と隆は、更衣室の出口で女性陣が出てくるのを待っていた。
「……しかし、暑いな……」
太陽は今日も盛大に熱を放出している。
ここ数年の夏は本当に暑い。いや、暑いどころか既に「熱い」レベルだ。
今日も間違いなく、三十五度を超える酷暑日となるだろう。
そんな強烈な日差しに照らされながら、康貴は女子更衣室の出口へと目を向ける。
そこからは次々に水着姿の女性たちが出てくるが、彼らが待っている少女たちはまだ姿を見せない。
刺すような日差しに耐えながら待つ康貴。その背後から隆が康貴の首に腕をかけ、その耳元でそっと囁く。
「焦るなよ、青少年。あおいとエルちゃんはもうすぐ来るさ。ま、二人の水着姿が早く見たいっていう康貴の気持ちは良く分かるけどな?」
「い、いや、別に、僕は二人の水着姿が早く見たいとかじゃ……」
「おっやぁー? じゃあ、康貴
「いや、そりゃあ……興味はあるけど……」
「だろ? 俺なんて二人の水着姿が楽しみで、昨日の夜は殆ど寝られなかったほどだからな!」
「そこまでっ!?」
もちろんだとも! と、無駄にきらんと歯を光らせる隆。強烈な真夏の陽光を受けて、歯の光も少し強めだ。
わはははと豪快に笑う隆と、そんな隆に呆れた顔の康貴。
そこへ、彼らが待っていた女神たちが降臨する。
「二人とも、そんな所で馬鹿な真似しないでくれる? 恥ずかしいから」
「ヤスタカさん! タカシさん! お待たせしました!」
振り返った二人の視線の先。そこには真新しい水着に着替えたエルとあおいの姿があった。
あおいはスポーティなビキニ。淡いグリーンの布地の左胸に、ワンポイントとしてメーカーのロゴらしきものが白く染め抜かれている。
ボリュームのある胸元は深い谷間を刻み、すらりとした腹部に見える臍が実に可愛い。更には豊かなカーブを描く腰から足にかけてのラインは、既に少女というより大人のそれと言っていいだろう。
更にはボトムのカットが少し鋭角なため、元々スタイルのいいあおいの足をより長く見せていた。
一方、エルの方はタンクトップビキニ、いわゆるタンキニというタイプだ。
鮮やかなブルーの色合いが、彼女の淡い金髪に実によく映えている。
胸元や腰回りのボリュームではやはりあおいに劣るものの、その高い頭身と長い手足が、まるで彼女をモデルのように見せている。
それに加えて、日本人ではありえない肌の白さが、陽光の元で眩しいばかりに輝いていた。
あおいに比べると胸元の露出は少ないものの、冒険者として鍛えられたエルのすらりとした体は、健康的な色気に溢れて男の目を引きつける。
それを証明するように通りすぎる男性客の殆どが、ちらちらとエルとあおいの眩しい肢体に視線を向けていた。
「それよりも、早く行きましょう!」
わくわくとした表情を隠そうともしないエルの声で、ぼうっと二人に見蕩れていた康貴と隆が我に返る。
「そ、そうだな」
「じゃ、じゃあ行こうぜ」
女性陣にそそくさと背中を見せる二人を、エルとあおいは顔を見合わせて小さく笑った。
四人がまず向かったのは流水プール。ここのプールには、小さいながらも流水プールがあり、子供から大人まで全年齢層に人気がある。
浮き輪やビーチボールに掴まってぷかぷかと流れるもよし、流れに乗ってゆっくりと泳いでもよし、ただ単に流れと同じ方向に歩いているだけでも楽しい。
さすがに流れに逆らって歩くと、監視員に注意されるが。
そんな流水プールはここのプールの中でも最も人が集まる。そのため、空いているうちに楽しもうというのが康貴たちの考えだ。
四人はゆっくりとプールの水に入っていく。
ここのプールの水は地下水を利用しているので、水温は冷たく気持ちがいい。
隆は持参したゴーグルをすちゃっと装着すると、早速潜水する。水底近くをゆらゆらと泳ぎ、しばらくすると勢いよく浮上してくる。
康貴も仰向けに浮かびながらゆっくりと手足を動かして、水の中の浮遊感を満喫する。
エルとあおいは一つのビーチボールを奪い合ったり、時にビーチボールに掴まり時に水の中に落ちたりと、とても楽しそうだ。
流水プールを何周かした後は、ウォータースライダーを楽しむ。
このウォータースライダーも人気があり、多少の順番待ちをさせられるが、さすがに巨大なウォーターパークのスライダーほど待たされることもない。
程なく四人は、それぞれスライダーを滑り下りて楽しそうな声を上げた。
その後は、このプールでも最も深い50メートルプールに移動。 この施設には、他にも幼児用プールや小学生低学年用の水深一メートルほどの浅いプールもあるが、高校生である康貴たちにはあまり用のない場所である。
彼らが移動した50メートルプールは、浮き輪やビーチボールなどの遊具の使用が禁止されており、大人はともかく小学生は五年生以上で、更には25メートル以上泳げないと入ることができないため、この施設の中で最も空いているプールでもある。
とはいえ、ここで遊ぶ者は皆無であった。このプールは本格的に泳ぐことが目的のプールなのだから。
ちなみに、50メートルあるプールの三分の一ほどが、小学生低学年用の浅いプールとして区切られて使用されていた。
「おっし、じゃあ四人で競争しようぜ」
そういう提案をするのはもちろん隆だ。
「ビリになった奴は全員にジュース一本ずつ奢りな?」
「いいけど、あたしとエルには少しはハンデを貰うわよ?」
「いいんじゃないか? エルもそれでいいか?」
「うっふっふ。私にはハンデなんて不要ですっ!! 今こそザフィーラ族の真の力をお見せしましょうっ!!」
珍しく、自信たっぷりにエルが宣言する。
このような市民プールは飛び込み禁止となっている。そのため、飛び込むのはなし。あおいにはハンデとして五秒が与えられることになった。
中央より少し向こうの小学生用との仕切り板まで泳ぎ、折り返してスタート地点に戻ってくればゴール。四人で決めたルールはそんなところだ。
「じゃあ、行くぜ?」
隆の合図と共にスタートが切られる。まずはあおいがプールの壁を蹴って泳ぎ出した。
康貴と隆は、プール脇の監視員の詰所の壁にかけてある時計で五秒を計り、同時にスタートする。
その更に数拍後。にっこりと微笑んだエルが、ちゃぽんという小さな水音と共に水中へと姿を消す。
先行するのは、五秒のハンデを貰ったあおい。次いで康貴、隆と続いている。以外かもしれないが、水泳や短距離などでは隆よりも康貴の方が速いのだ。
水の中で必死に手足を動かす三人。その三人は、水中を物凄い勢いで移動する物体を目撃し、驚いた拍子に思わず水を飲みかけた。
それはまるでイルカのようなスピードでプールの底近くをぐんぐんと突き進む。水中でもきらきらと輝くのは、淡い金色の長い髪だ。
金の長い髪の持ち主──エルは、息継ぎをすることもなく中央付近の仕切りまで到達すると、そのまま静かに折返し、まだ途中だった三人にぐんぐん近づいて来る。
康貴は、そしてあおいと隆も、ゴーグル越しに水の中でエルがにっこりと微笑むのを見た。
結果は呆気に取られる三人を尻目に、凄い速度で泳ぎきったエルがぶっちぎりの一位でゴールした。
施設規定の休憩時間となり、プールから上がった四人は空いているベンチに腰を落ち着けた。
「私たちザフィーラ族のエルフは、別名を『水エルフ』ともいいまして、水との親和性が高いんです」
「み、水エルフ……?」
「そう言えば、海外のファンタジー小説やTRPGなんかだと水棲の『アクアエルフ』とか『
「なるほど。それで『ザフィーラ族だから泳げて当然』なわけか……」
エルの言葉の意味をようやく悟った康貴たち。
何でもエルたちザフィーラ族は、水中でも地上とそれほど遜色なく行動でき、三十分以上も潜水していられるという実にファンタジーな存在だとか。
「そういう大事なことは予め教えてくれよ、エルちゃん……」
がっくりと項垂れながそう言うのは、ビリとなって全員にジュースを奢ることになった隆である。
「えへへ。情報は大切なんです。ただで教えるわけにはいきませんよ?」
器用にぱちりと片目を閉じるエルに、康貴とあおいは顔を見合わせてからくすくすと笑い合った。
~~ 作者より ~~
誰か今回の水着回のイラスト描いてくれないかな?(笑)
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