自慢の品々ですか?
壁に所狭しと掛けられた、数多くの刀剣類。
有名な所では両刃直剣のブロードソードやロングソード、両手用のツーハンドソード、儀礼用と覚しきレイピア。珍しいものでは片刃で反りのあるファルシオンや、剣類ではなく斧類、ハルバードなどの竿状武器まで。
棚の中には皿や杯といった日用品。銀製らしきナイフやフォークが、天井の照明の明りを反射してきらきらと輝いている。
一見しただけでは用途不明のガラクタのようなものもあるが、この部屋の中に置いてあるものは、全てが年代もので価値のありそうなものばかり。
もちろん、部屋の片隅には武器を手にした西洋鎧が立っているのはお約束。
そう。
ここは日進市の市長である萩野幸一氏が長年に渡って集めてきた、彼の秘蔵コレクションを収めた展示室である。
そして、萩野市長にこの部屋に通されたエルは、その蒼い目をきらきらと輝かせて彼のコレクションを眺めていた。
「実は以前からエルさんに、一度見ていただきたいものがありまして」
萩野市長がそう切り出したのは、エルが隆の家である萩野邸を訪れた目的である、スマートフォンの番号とアドレスを交換し終えた時のことだった。
隆と萩野市長、そして桜──晶は番号を交換する前にリビングを飛び出して行った──といった名前が追加された自分のスマートフォンを嬉しそうに眺めていたエルは、市長のその言葉で我に返って頭を上げた。
「私に見て欲しいもの……ですか?」
「ええ。私が西洋アンティークをコレクションしていることは、以前にお話ししたことがありましたか?」
「えっと……市長さんから直接ではありませんが、タカシさんからなら聞いたことはあります」
「そうですか。実は、そのコレクションの中に数多くの刀剣などの武具類がありまして。それを一度、本職の冒険者であるあなたに見てもらいたいのです」
おそらくは、現代では彼女は最も刀剣などの武具に精通する者の一人だろう。なんせつい最近まで、実際に本物の刀剣を活用して生活をしていたのだから。
また、エルは
もちろん、見つけたもの全てをしっかりと鑑定できたわけではないが、それでも現代人の隆や萩野市長よりは、余程目利きであるに違いない。
また、異世界の人間──エルフだけど──がこちらの世界の武具を見た場合、どのように目えるのかも萩野市長の興味があるところだった。
お願いできますか、という萩野市長の申し出に、エルは快く頷いてみせる。
「分かりました。こちらの世界の武具をぜひ見せてください。やっぱり冒険者としては、武具類には興味がありますからね」
そう答えたエルを、萩野市長は早速彼のコレクションルームへと案内した。
ちなみに、隆もこれに同行すると申し出た。息子の隆といえども、萩野市長は自分のコレクションルームに入る許可を与えていない。それほどまでに、彼は自分のコレクションを大切にしているのだ。
そして、萩野市長自慢のコレクションルームに案内されたエルは、まず壁に掛けられた武器の類をじっくりと見てみた。
もちろん、直接触れるような真似はしない。
「どうですか? プロの──冒険者であるあなたの目で見た、率直な意見を聞かせていただけますか?」
「そうですねぇ……」
くるりと萩野市長と隆の方へと振り返ったエルは、ちょっと言いにくそうにしながらも、率直な意見を聞かせて欲しいという萩野市長の言葉に従うことにした。
「えっと、ここにある武器や鎧は、私のいた世界のものとそれほど差はありませんね。もちろん、材質や形などの違いはありますが。そして、その……全部かなり古くて痛みの激しいものばかりです。ですから、正直このままではどれもすぐには使えません」
「いや、その……それは分かっているというか、当然というか……」
この場に並べられているものは、全てが骨董品なのだ。古くて痛みが激しいのは当然といえよう。
もしかするとエルは、ここが骨董コレクションを集めた部屋ではなく、武器庫か何かと勘違いしているのかもしれない。
「でも────」
エルは市長の許可を得ると、壁に掛けられていた小振りな剣──ショートソードを手にとり、そっと鞘から抜いてみる。
「この剣だけは、このままでも使用に耐えられそうです」
比較的状態の良いそのショートソードは、質素な作りながらも鈍い銀色の輝きをエルの前にさらけ出す。
「多少の刃こぼれはありますが、少し手入れをすれば大丈夫そうですね。使われている素材も良質のようですし」
武器の中ではこれが一番値打ちものです、というエルの言葉を、萩野市長はにこやかな表情で聞いている。
「さすがですね。その剣は何年か前にU.K.……イギリスへ旅行した時に手に入れたものですが、知り合いの骨董仲間に自慢……じゃなくて見せたところ、随分と質のいいものだと感心していましたから」
その骨董仲間は今でも顔を会わせる度に、この剣を是非譲って欲しいと口にしているほどだ。
「武具類以外はどうです? エルさんの目に留まるものはありますか?」
市長に言われて、エルは日用品を収めた展示ケースへと目を向けた。
「……銀製の器やナイフなどは当然それなりの値段がつくと思います。丁寧に手入れもされていますね。でも、それ以上にこちらに並んでいる陶器のお皿やカップの方が高い価値があると思います」
と、エルが指差したのは別の棚に収められていたアンティークの陶器類だ。
「銀製品よりも陶器の方が、ですか?」
「はい。陶器というものは、それだけで高価なものですよね?」
エルがこう言うのは理由があった。
彼女がいた世界では、陶器を作り出せるのはドワーフ族の職人だけだからだ。
人間では粘土で器を形作ることはできても、それを焼くことができない。
エルの世界のドワーフ族は、炎神の加護を受ける種族と言われており、炎や熱に対する高い耐性を持っている。
その種族特製を活かして、ドワーフ族は鍛冶や陶芸など熱に関わる技術のレベルが高いのだ。
陶器を焼き上げることができる高温に耐えうる窯を造れるのは、ドワーフ族の秘伝でもある。そのため、陶器は陶器というだけで非常に高価なのである。
日本において、陶器は古くから庶民の間でも使われていた身近なものだが、エルの世界ではそうではないのだ。
これらのことをエルから聞いた萩野市長と隆は、世界が違うことによる様々なギャップに思わず感心するのだった。
ひゅん、と風を斬るように銀光が奔る。
一直線に鋭く奔った銀光は、それを操る者の意志に従ってくるりと翻り、今度は複雑な軌道を描きながら数度疾走する。
銀光を操る者──エルは、複雑な足運びで常に立ち位置を変えながら、見えない敵と対峙していた。
脳裏にかつて戦ったことのある妖魔の姿を思い描きながら、エルは見えない敵と戦う。
繰り出される妖魔の鉤爪。それを紙一重で躱し、エルは手にしたショートソード──先程彼女が目利きしたあの剣──を、架空の妖魔の腕の付け根目がけて真っ直ぐに突き刺す。
切っ先が深々と妖魔の体に突き刺さる。そんな感触さえ実際に感じらそうなほどに、エルは緊迫した表情で繰り出した切っ先を素早く引き戻して、バックステップで距離を取る。
一瞬さえ立ち止まることなく、常に動きながらエルは架空の妖魔の隙をじっと伺う。そして、隙が生じれば確実にそこを突いていく。
西洋の騎士の剣が、力と重さで敵を押し潰す剛の剣ならば。
日本の侍が、鋭さと速さで敵を斬り捨てる速の剣ならば。
エルのその戦い方は、点を丁寧に突いていく穿の剣と言えるだろう。
その動きは、あえて言うならフェンシングに似ている。相手の弱点や隙を伺いながらそれを確実に貫く、力ではなく速度と技術の剣技だ。
広い庭先で舞うように剣を繰り出すエルの姿を、隆と萩野市長はまるで見蕩れるように見入っていた。
彼女の素早い動きと真剣な表情は、彼らにまで対峙する敵の姿が見えるようで。
そして、普段のどこかのんびりとした印象のあるエルからは、信じられないほどに凛々しいその姿に、二人はただただ黙って彼女の動きを目で追うことしかできない。
「……マーベラス……」
そう呟いたのは、隆だったか市長だったか。
じっと見守る彼らの視線の先、エルが何度目かの突きを繰り出した時、彼女にだけ見えていた妖魔は、ついに力尽きて倒れた。
ぶん、と剣に着いた血糊を振り払うように、一度大きくショートソードを振ったエルは素早く剣を鞘へと収める。
その際のぱちんという納刀の音で、隆と萩野市長も我に返った。
「いや、お見事! 素晴らしいものを拝見させていただきました!」
ぱちぱちと惜しみない拍手を送りながら、市長がエルを褒め称える。
「これは次の市のホームページの更新の際、今の動きを動画で閲覧できるようにするのも手ですね」
「いや、正直びっくりしたぜ、エルちゃん。冒険者って肩書きは伊達じゃないな!」
夕方とはいえ、夏場に激しく動き回れば当然大量の汗をかく。エルは隆が差し出したタオルを礼を言いながら受け取ると、それで額や首筋の汗を拭いていく。
彼女が萩野邸の庭で、一人で剣舞の真似事をしたのは隆のリクエストによるものだった。
冒険者であるエルが、剣を振るっているところを見てみたい。
隆が突然そんなことを言い出し、それをおもしろそうだと思った市長までもが、先程のショートソードを使っていいから見せて欲しいと言い出した。
二人にそこまで言われては、エルも断るわけにもいかずにその申し出を受けることにしたのだ。
エルの冒険者としての役割は、後方からの魔法による支援が主である。だが、それでも最低限身を守るため、近接戦闘の心得もそれなりにあった。
冒険者として暮らしていた頃には、常に行なっていた剣の鍛錬でもあり、加えて彼女自身も、最近は剣を振っておらず体が鈍っていないかと少し気にかけてもいたのだ。
丁度良い機会だと判断したエルは、市長からショートソードを借り受けると以前のように剣を振ってみた。
その姿は、剣舞のように優雅でありながらも気迫に満ちたものであり、見ていた隆と萩野市長は圧倒されるばかり。
エルの剣は、実戦を経験した本物の剣技である。そのため、空手や剣道のようなスポーツとは違うある種の迫力を秘めていたのだ。
「しかし、随分と汗をかきましたね。エルさんさえ良ければ、シャワーを浴びてはいかがですか?」
「いえ、ヤスタカさんの晩御飯の準備も終わる頃ですし、そろそろ帰ろうかと思います。それにここで汗を流しても、家に帰るまでにまた汗をかいちゃいますしね」
隆の家から康貴の家まで、どちらかと言えば登り坂が多い。もうすぐ日が暮れるとはいえ、まだまだ暑い夏の夕暮れの中を自転車で走れば、家に辿り着くまでにはもう一汗かかねばならないだろう。
「そうですか。では、そろそろ暗くなりますから、帰りの道中には充分気をつけてください」
「康貴によろしくな」
隆から荷物であるリュックを受け取ったエルは、その中から変装用の黒縁眼鏡を出して顔に装着すると、その場で二人に別れの言葉を告げて萩野邸の外へと足を向ける。
だが、その途中で何かに思い至ったようで、ふとその足を止めた。
不思議そうに隆と萩野市長が見つめる先で、エルはポケットから買ったばかりのスマートフォンを取り出し、どこかぎこちない手付きで操作してそのまま耳に当てた。
そのまま待つことしばし。
「あ、ヤスタカさんですか? エルです。はい……ええ……今タカシさんの家で、これから帰るところです。はい……はい……分かりました!」
隆と萩野市長が見つめる先で、電話越しに康貴と会話するエル。 今、彼女が浮かべている笑顔は、今日一番のものだった。
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