英雄ですか?

 あのヒトがボクに気づいてくれた。

 そのことがボクはとても嬉しい。

 もうすぐ、あのヒトとボクはともだちになる。

 だけど。

 だけど、気になることもある。

 あのヒトの周りには、怖いヒトたちがたくさんいる。

 きっと、あのヒトもボクと同じで怖い思いをしているだろう。

 ならば。

 ならば、ボクがあのヒトを守ろう。

 だって、あのヒトはボクのともだちだから。

 ボクはともだちとして、あのヒトを守らなくちゃいけないんだ

 あのヒトがボクを見つけてくれるまで──



 ランティス・トリビュートと名乗ったその人物は、にこやかな表情を浮かべた。

〈君たちは私の支持者ファンかね? わざわざ我が家まで会いに来てくれたのだ。余程、私に好意を抱いてくれているのだね。いや、もちろん、それはとてもありがたい。だが、今は大事な客人が来ているのだ。申し訳ないが、出直してくれまいか? 後日、君たちには私が経験した冒険譚を直接語ってあげると約束しよう。それでどうかね?〉

 人好きのする笑顔を浮かべながら、一方的にそう提案する異世界の英雄。

 そんな英雄を、康貴は不審そうに黙ったまま見つめた。

「ね、ねえ康貴……さっきから聞こえてくる、あの人の声って……」

「ああ。外で見た骸骨と同じ……直接頭に響いてくるやつだ」

「これって魔法か何かなのか?」

「そこまでは僕にも分からない。けど……」

 康貴はランティスに向かって一歩踏み出し、彼から目を離さずに声をかけた。

「ランティスさん。あなたは剣士であると同時に精霊使いでもある、高名な冒険者のランティスさんなんですね?」

〈いかにも。私が剣士であり精霊使いでもあるランティスだ〉

 康貴が質問すれば、ランティスという冒険者はしっかりと返答した。

 どうやら会話は成立するらしい、と康貴は心の中で安堵する。

 今の自分たちの会話が、魔法によるものだとした場合、一方通行なものでしかない可能性があったからだ。

 エルが所持していた翻訳のイヤリングも、相手の言葉を自分が理解できる言葉に変換する能力しかなかった。

 双方での意志の疎通が可能だと分かり、これで康貴の杞憂は少し減った。意志の疎通ができるのなら、会話で解決できるかもしれない。

 残る杞憂は最大のもの……エルに関してだ。

「では、冒険者ランティスさん。あなたに聞きたいことがあります」

〈私に聞きたいこと……かね? ふむ、やはりそれは、私が単身でガラライアの街を妖魔の軍勢から守り抜いた逸話かね? それとも、凶獣とまで呼ばれた大魔竜ガーイラングールを打倒した話かね? もちろん、それを話してあげるのは構わないが、先程も言った通り今は来客中だ。それも、私にとって大切な客人なのだ。君の聞きたい話は後日、いくらでも話してあげよう。だから、今日のところはお引き取り願いたい〉

「違います! 僕が聞きたいのは、あなたの冒険譚じゃない!」

「ほう? では、何が聞きたいのかね?」

「あなたのところにいるという客人についてです。その客人は、エルフの女の子じゃありませんか?」

 視線に力を込め、じっとランティスを睨むように見つめる康貴。

 対するランティスもまた、人好きのする笑顔から厳めしい表情へと極端に変えて、無言で康貴を見つめ返す。

 無言のままじっと見つめ合う二人。しばらくそうしていた康貴とランティスだが、不意にランティスが口を開いた。

〈────違うな。私の客人はエルフではない。仮に客人がエルフだとしても、人間である君には何の関係もないだろう?〉

「関係ならあります! そのエルフの少女は、もしかしたら僕の義妹いもうとかもしれないんです!」

 再びランティスの表情がころりと変わる。今度は困惑したような表情だ。

〈なぜだ? なぜエルフが人間である君の妹になる? 兄妹きょうだいとは確か、同じ種族の一人の女性体……母親とかいう存在から生まれるもののはずだ。ならば、人間である君とエルフが兄妹になるはずがないではないか〉

 不思議そうに首を傾げるランティス。

 その様子を見たあおいと隆が、背後でぼそぼそと何やら囁き合っているのが背中越しに康貴には聞こえた。

「ね、ねえ……あのランティスって人、どこか変じゃない?」

「ああ、俺もそう思ったところだ。兄妹のことがよく分かっていないとかって、おかし過ぎるだろ?」

 背後から聞こえる二人の囁き声。

 確かにそれは康貴も感じていたことだが、彼にはもっと気になるものがあった。

 それはまるでコマ落としのように一瞬で変化するランティスの表情だ。

 表情そのものに不自然さはない。だが、表情が変化する際の突然さがあまりにも不自然なのだ。

 まるで投影している画像を切り替えたかのように、ころりと一瞬で変化するランティスの表情。

〈ともかく、ここには君の言うエルフはいない。お引き取り願おうか。何なら……〉

 困惑した表情から再び厳しい表情へ。またもや一瞬で表情を変化させたランティスが、腰に下げた剣へと手をかけた。

〈……実力行使で君たちを追い出しても構わないのだが? いくら君たちがギルグラドゥを恐れない勇気ある若者たちだとしても、この稀代の剣士にして精霊使いでもあるランティス・トリビュートには敵うまい?〉

 剣に手をかけ、威圧するように身構えるランティス。

 まるで居合抜きのような構えに、あおいと隆は思わず数歩後ずさる。

 だが、康貴はその場に留まったままだった。

「お、おい、康貴! 下がった方がいいぞっ!!」

「そ、そうよっ!! ここはあの人の家だって言うし、一旦引き下がって……」

 だが、康貴は二人の言葉に従う素振りもみせず、じっとランティスを睨み付けていた。

〈どうした? このまま帰るのならば、許可なく我が家へ押し入ったことは不問としよう。だが、これ以上ここに留まるというのならば、私も──稀代の剣士にして精霊使いでもあるランティス・トリビュートも容赦はしないぞ?〉

 まただ。康貴は先程から目の前のランティス・トリビュートという人物について、妙な疑問を感じていた。

 それは、やたらと自分がランティス・トリビュートだということを強調している点である。

 なぜ、彼はそこまで自分の名前を強調するのだろうか。

 彼がエルの世界で有名人なの間違いない。それはエルから聞いて確認している。

 だが。

 だが、康貴はエルからランティス・トリビュートという冒険者について、とある事実も聞いているのだ。

 エルの話が本当なら──エルが康貴に嘘をつく必要があるはずがない──ば、目の前のこのランティス・トリビュートという人物は────。

 康貴はエルを信じて、それを真っ正面からぶつけてみることにした。

「冒険者ランティスさん……あなたは本物のランティス・トリビュートじゃありませんね?」

〈な、何を言うっ!? わ、私はランティス・トリビュートである! 高名な冒険者にして、稀代の剣士にして精霊使いのランティス・トリビュートであるっ!!〉

 途端、ランティスの表情がぱたぱたと不規則に変化する。それは一定の法則というもののない、フィルムを切り替えるような全く出鱈目な変化だ。

 その常軌を逸した変化に、康貴はエルの話が事実だと悟り、あおいと隆は何が何だか分からずおろおろとしていた。

「な、何が起きているの……? あ、あのランティスっていう人は一体……?」

「これは以前にエルから聞いた話なんだけど……ランティス・トリビュートという人物はもう生きていない……死んでいるんだよ。ランティス・トリビュートって冒険者は、エルが子供の頃……大体、今から130年くらい前に活躍した人物らしい」

「えっ!? じゃ、じゃあ……め、目の前のこの人は……」

「そこまでは僕にも分からないけど……もしかすると、亡霊とかかも……」

 先程は骸骨を実際に目撃しているのだ。幽霊や亡霊が出てきたとしても、もやは不思議でもなんでもない。

「うわあああああああああっ!! や、止めてくれよ、康貴っ!! も、もう肝試しはいいよっ!!」

 情けない悲鳴を上げて、顔面蒼白の隆である。逆に、亡霊と聞いたあおいは目を輝かせていたりするが。

〈わ、私はランティス・トリビュートである! 稀代の剣士にして精霊使いのら、ららららら、ランティス・トリビュートなのだっ!!〉

 今や、ランティスは消えかけている映像のように、その全身を明滅させていた。

 そんなランティスを見て、康貴は場違いな感想を抱いていた。

(まるで、悪戯を見抜かれて必死に誤魔化している子供みたいだ)

 そして、明滅を繰り返していたランティス・トリビュートは、その姿を徐々に薄くさせていき、最後には消えてしまった。

「き、消えた……?」

「お、おい……本当に幽霊だったのか……?」

「いいえ。今のランティス・トリビュートは、幽霊などではありません…………あれは幻影です」

 突如聞こえてきた声。それは康貴でもあおいでも隆のものでもない。だが、それは最早すっかり聞き慣れた声で。

 康貴たち三人が弾かれたようにそちらを見れば、先程ランティス・トリビュートが消滅した向こうに、見慣れたエルフの少女が微笑みながら立っていた。



「幻影……幻ってことか?」

「はい、そうです。生前のランティス・トリビュートは、地・水・火・風・幻・命・雷の七つの精霊と契約を交わしていたと言われています。以前、ヤスタカさんにはお話ししましたよね?」

 エルの言葉に康貴は頷く。確かに、以前に聞いた覚えがあるからだ。

「じゃ、じゃあ、さっきのランティスって人は…………」

「はい。かつて、ランティス・トリビュートが契約を交わしていた幻を司る精霊……レンプラーススが作り出した幻です」

 幻の精霊レンプラースス。

 その外見は15センチほどの小人であり、背中にはトンボのような翅が生えている。

 大体三頭身ぐらいの人間をデフォルメしたような姿をしており、大きな顔の真ん中に丸々とした団子鼻があるのが何よりの特徴の精霊である。

 その名の通り幻影を作り出すのを得意としており、魔力次第では巨大な蜃気楼さえ作り出せると言われていた。

 時にはその幻影で人間などを騙したりもする、悪戯好きの精霊である。

「も、もしかして、外で見た骸骨や、この屋敷自体も……」

「はい。全部幻影です……私はその骸骨は見ていませんが、少なくともこの屋敷は幻影ですね。幻の精霊の力を確かに感じますから」

 康貴たちは改めて周囲を見回した。今彼らがいる屋敷の内部。それはとても幻影とは思えないほど精巧なものだ。

「おそらく、この屋敷は生前のランティス・トリビュートが実際に暮らしていたものなのでしょうね。思い入れのあるものの方が、幻影は細かく再現できますから」

「でも、そのレンプ……なんとかって精霊は、どうしてこんな幻影を作り出したんだ……?」

「それはきっと……私を守るため、だと思います。レンプラーススは、最後の力を振り絞って私を守ろうとしてくれたんです」


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