肝試しですか?

 もう……どれぐらいの間、こうしているだろう。

 寝ているわけではない。かといって、起きているわけでもない。

 そうしないと、ボクがボクじゃなくなるから。ボクと一番親しかったともだちは、最後に別れる時にボクにそう言ったんだ。

 親しかったともだちとの別れは悲しかった。でも、それは仕方のないことだとも分かっていた。

 だって、ともだちはボクより命が短いのだから。

 だから、ボクはともだちと別れた後、こうしてゆるゆると起きているような寝ているような状態で過ごしてきたんだ。

 いつか、新しいともだちが現れるまで────



 八月初旬のとある日の午後七時を少し過ぎた頃。

 康貴とエル、そしてあおいと隆のいつものメンバーは、それぞれ懐中電灯を持参してある場所を目指して歩いていた。

「…………ふーん。それじゃあ、エルの世界でマジックアイテムなんかの貴重品は、冒険者が迷宮から探し出して、それを商人のところに直接持ち込んで売るのね?」

「はい。そして、商人はそれを自分のお店で売るんです。ですから……てっきり私はあのすまーとふぉんというキカイもそうだとばかり……だって、あんなに便利で凄いキカイが人の手でいっぱい作られて売られているなんて……とても信じられないですよ!」

 エルとあおいは肩を並べて歩きながら、先日康貴から聞かされたエルの勘違いについて楽しそうに話していた。

「だから言っただろ? こっちの世界には自然の洞窟とかならあっても、エルの世界のような地下迷宮ダンジョンはないって」

 エルとあおいから数歩ほど遅れて、隆と一緒に歩いていた康貴が口を挟む。

「そうだなぁ。こっちの世界でも、西洋の方じゃダンジョンってのは有名な存在らしいけどな。もっとも、ダンジョンって一口に言っても、いわゆる有名なコンピュータゲームに登場するような自然とモンスターの湧く地下の迷路タイプよりも、洞窟とか廃墟、後は地下墓所みたいな場所のことを差すようだけど。あっちの民間伝承や御伽噺では、町外れにあるそういう所にゴブリンなどの魔物が棲み着くって言われているらしい」

 なぜか大量の荷物を詰め込んだリュックを担いでいる隆が、どこで仕入れたのか分からない知識を披露する。

 かつて、日本でも深い山には天狗が、川底には河童が、海には海坊主などの様々な妖怪や物の怪が棲んでいると信じられていた。

 それは海外でも同じであり、それぞれの国や地方によって特色のある魔物たちが実在すると信じられてきた。そんな伝承の中に、エルフもまた含まれてきたのだ。

「だからさ? 俺たちが今から行こうとしている所も、もしかしたらそんな場所なのかも知れないぜ?」

 彼らが今、向かっている場所。

 それは例の骸骨が出るという噂の、隣町の浅間神社であった。

 目的地である東郷町の浅間神社は、康貴たちが通っている学校からもほど近い場所にある。この時期の日没は遅く、七時過ぎとはいってもまだまだ明るい。だが、これからゆっくりと歩いていけば、目的地に着く時はすっかり暗くなっているだろう。

 康貴とあおい、それから隆は、各自がLEDの懐中電灯を所持しているが、エルだけは明かりの類を持っていない。

 最初そのことを不思議に思ったあおいが尋ねると、こんな返事が返ってきた。

「私たちエルフは暗視能力がありますから。真っ暗な所でも不自由なく行動できますよ?」

 それ故、彼女は明かりが不要らしい。

 彼ら四人は、夜の林の中に踏み入ることを想定して、揃って長袖に長ズボンを着込んできた。そして足元はしっかりとした靴。隆などはトレッキングシューズを履いているほどだ。

 それ以外にはタオルや飲み物、お菓子などのちょっとした食料も持参している。それらの荷物は、各自が背負っているリュックやボディバックの中に収められていた。

 冒険者であるエルいわく、どこかを探索する時、両手を空けておくことは重要なことらしい。そのため、エルを含めた全員がリュックやボディバックを背負っている。

 康貴たちも実際に冒険者として活躍していたエルの言葉を無視するわけにもいかず、素直に彼女の指示に従っていた。

「…………それにしちゃ、おまえのリュックだけ異様に大きくないか?」

 康貴は、隣を歩く隆が背負っているリュックを見て、呆れたように呟いた。

 隆が背負っているのは、普通のリュックよりも一回りは大きなものだった。さすがに登山に用いるような大型のものではないが、肝試しにいくだけにしては少々大袈裟な気がしなくもない。

「一応、念のためにあれこれと持ってきたんだよ。もしかすると、本当に骸骨が出るかもしれないからな」

「いや、骸骨なんてただの噂だろ?」

「それは分からないぞ? なんせ俺たちはエルちゃんっていう異世界のエルフと実際に出会っているんだ。もしかすると、その骸骨も異世界から紛れ込んできた本物かもしれないだろ?」

 そう言われてしまうと、康貴にも反論できない。

 エルという実例がある以上、彼女以外にも異世界からの訪問者がいても不思議ではないのだ。

 幸いにしてエルは極めて善良な人柄だったが、異世界からの訪問者が全てエルのような人物とは限らない。

 これから向かう先に、本当に異世界からの来訪者がいるのかどうか分からない。それでも、警戒するに越したことはないだろう。異世界からの来訪者に限らず、不審者がその辺りをうろついている可能性だってあるのだ。

──でも、本当に何か出たら……皆で一斉に逃げるのが一番だよな。

 逃げるが勝ち。ただの高校生でしかない彼らにとって、それが一番無難な選択なのは間違いないだろう。



 時刻にして午後八時少し前。

 康貴たちは目的地に到着した。

 康貴たちの目の前には、僅かな明かりの灯る神社の境内と、それを取り囲む真っ暗な林が広がっている。

「…………な、なんか……こ、こうして見ると、本当に出そうだな……」

 目の前の暗闇に恐怖心を煽られて、隆がどこか引き攣ったような表情を浮かべる。

「何言っているのよ? そこが楽しいんじゃない」

 そんな隆に比べて、ホラー好きなあおいはわくわくしたような表情だ。

「な、なあ、康貴……おまえは平気なのか……?」

「僕? うーん……ここには小学生ぐらいの頃、親父とよくこうして懐中電灯持ってカブト虫を取りに来たことがあるからな。結構慣れているからそれほど怖くはないかな?」

「そ、そうか……じゃあ、エルちゃんは……って、聞くまでもないな」

 暗視能力を持つというエル。康貴や隆たちにとっては真っ暗なこの場所も、彼女にははっきりと見通せているのだろう。先程から好奇心旺盛な瞳で、楽しそうにあちこちを見回していた。

「こういう木々がたくさんある場所は、故郷を連想させてちょっと懐かしいですねぇ。あ、見てください、ヤスタカさんっ!! なんかひらひらしたのが街灯の周囲を飛び回っていますよっ!? あれは何ですかっ!?」

「あれは蛾っていう虫だよ。さすがに何ていう名前の蛾かまでは僕も知らないけど」

 エルは薄暗い街灯の傍までとことこと歩いて行き、街灯の支柱にしがみついて休んでいる蛾に顔を近づけてまじまじと見入っている。

「不思議な形をした生き物ですねぇ。私のいた世界では、こんなひらひらした生き物はいませんでしたよ。それに羽に綺麗な模様とか入ってますし……わわわっ!! 今度は別の生き物が来ましたっ!! 今度のはガとかいう生き物とは違って、小さいけど体が硬そうですっ!! 灯りにぶつかってかつんかつんしていますっ!!」

「……て、テンション高いな、エルちゃん……」

「えへへへ。今日のこのキモダメシっていうの、実を言うとどんなことをするのかよく分かっていないんですけど……でも、今やってることが何となく冒険者っぽくて、つい楽しくなっちゃうんですよね。特に、こうしてみなさんと一緒に夜に行動しているところとか」

 康貴たちを振り返り、微笑みを浮かべるエル。

 隆やあおいから小説や漫画を借りて読み、エルから異世界での暮らしぶりを直接聞いて。

 今では康貴も、「冒険者」というものがどんなものなのか理解している。

 簡単に言えば冒険者とは、依頼を受けて活動するトラブルシューターだ。そのため、依頼によってはこうして夜間に活動することもあったのだろう。

 エルが楽しんでくれるのなら、今日の肝試しも来た甲斐がある。康貴はそう思って、エルが指差す街灯に集まる虫を分かる限り教えていった。



「さて、それじゃあ、準備をしようか!」

 そう言って、隆は背負っていたリュックをどさりと下ろした。

 そして中から何やら取り出し始める。

「まずは武器だな」

 隆がリュックから取り出したのは、二本の伸縮式の特殊警棒だった。専用のホルスターに収まったその内の一本を隆は自分のベルトに通して装着し、残る一本を康貴に向かって放り投げた。

「で、あおいにはこれな」

「え、何これ? 懐中電灯? 懐中電灯なら自分でも持ってきているけど?」

 あおいは隆に手渡された懐中電灯と、自前の懐中電灯を左右の手に持って抗議する。

「実はそれ、懐中電灯型のスタンガンなんだよ」

「す、スタンガンっ!?」

 びっくりしたあおいは、思わず手の中の懐中電灯型のスタンガンを取り落としそうになり、慌てて持ち直すと今度はまじまじとそれを見つめる。

「す、スタンガンなんてどうやって手に入れたんだよ?」

 康貴の質問に、隆は自慢気な顔つきで答える。

「特殊警棒と一緒に大須のアメ横で普通に売っているぞ? おもしろそうだから、以前に買っておいたんだ」

「いや、普通はスタンガンなんて買おうとか思わないだろ……」

 呆れたように呟く康貴。その隣では、あおいもうんうんと頷いて彼に同意している。

「あ、あのー、すたんがんって何ですか?」

 またもや興味津々なエルが、あおいの手元を覗き込みながら尋ねてきた。

「そうだな……エルちゃんに分かりやすく説明するなら、こいつは触れた相手に電撃の魔法を放つマジックアイテムってところかな?」

「お、おおー、つまり『電撃の魔法棒』と同じようなものですねっ!?」

「うーん……隆の説明もあながち間違っていないよな?」

「ええ。違うのは魔法じゃなくて、充電した電気を放つぐらいだものね」

 端から隆とエルの会話を聞きながら、康貴とあおいは首を傾げながら相談する。

「他に持ってきたものは、冒険者であるエルちゃんの話を参考にして、ザイルなんかのロープ類とか、絆創膏や包帯なんかの簡単な医療品だな」

「準備がいいなぁ。そういや、昨日の電話でエルと話していたのはこのことだったのか」

 昨夜、隆から電話がかかってきたのだが、エルと相談したいことがあるというので彼女と電話を変わったことを思い出した康貴。どうやら、その時に今日持っていくべきものを、冒険者であるエルに相談したのだろう。

「そういうこと。ここは本職の冒険者の話を聞いた方がいいと思ってな。さあ、これで後は虫避けスプレーをかけたら出発できるぜ?」

 隆はリュックから取り出したスプレーを上下に振ってから、まずは自分の体のあちこちにかけてから、スプレーを康貴に手渡した。

 康貴もスプレーを体にかけてあおいに渡し、あおいは自分にかけてからエルの体にもスプレーをかけてやる。

「こ、これは何ですか? な、なんかすっごい臭いがします……」

「ちょっと我慢してね。これをかけておくと、嫌な虫が近づいてこないから」

「もしかして、これもキカイなんですか?」

「さすがにこれは機械じゃないわね」

 どうやら機械というものを誤認識しているらしいエルに苦笑しつつ、あおいはかけ終えたスプレーを隆に返した。

 それをリュックにしまい込み、隆は立ち上がると再びリュックを背負い直した。

「準備はいいか? それじゃあいよいよ肝試しに出発するぜ!」

 隆は真っ暗な道の先に懐中電灯の光を向けると、颯爽と暗い道の先へと歩き出し────不意に立ち止まって振り返った。

 その顔には、引き攣った笑みが貼り付いている。

「こ、ここはやっぱり、本職の冒険者であるエルちゃんが先頭を歩いてくれないかな……?」

 何か台なしだった。いろいろと。


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