観光ですか?

 店員の「ありがとうございました~」という声を背中に受けて、康貴やエルたちはエスカ地下街のうどん屋を後にした。

「きシめん、おいシかタ。こんなおいシいもの、はじメてでス」

「そりゃ良かった。こっちには美味いものがまだまだたくさんあるからな。また、どこかへ食べに行こう」

「はイ!」

 満面の笑みを浮かべ、期待に満ちた目で康貴を見るエル。

 隆とあおいも、そんな二人のやり取りを微笑ましく見守っていた。



「おオ~。もシかして、こレ、ゴーレムでスか?」

 エルの目の前に聳えるように立つのは、名古屋のシンボルの一つである「ナナちゃん人形」であった。

 とある百貨店のエントランス前に聳え立つナナちゃん人形は、FPR硬質塩ビ樹脂製の巨大なマネキンである。

 身長は約6メートル。体重は約600キロで、バスト・207センチ、ウエスト・180センチ、ヒップ・215センチという破格のプロポーションだ。

 元々は、昭和47年に開店した百貨店の一周年を記念して作られたオブジェであり、現在では四季折々の衣装に着替え、時には映画のPRを兼ねたコスプレが施されることもあって、待ち合わせ場所の定番として親しまれている。

 そして今日のナナちゃんは、百貨店の夏のクリアランスセールに合わせた衣装だ。

 そんなナナちゃんを足元から上を眺めているエルは、本当に楽しそうだ。

「残念だけど、これはゴーレムじゃないぜ、エルちゃん」

「そうよ。ナナちゃんはいわば名古屋のアイドルね」

 ナナちゃん人形が作られたのが昭和48年というから、実に50年近く市民に愛され続けてきたこの巨大マネキンは、確かにアイドルと言っても過言ではないだろう。

 その後は百貨店を二、三軒ハシゴして、エルとあおいは服や靴などを幾つか買い込んだ。

 やはり、異世界出身とはいえ女性は女性。買い物となると浮き浮きとするようだ。しかも、こちらの世界にはエルのいた世界よりも遥かに物が溢れている。それらの商品を眺めるだけで、エルは楽しかった。

 もちろん、買い物で心が弾むのはあおいも同様である。逆に男性陣である康貴と隆は、荷物を持たされたり引っ張り回されたりとげんなりとしていたが。

 帰路につくにはまだ時間に余裕があるということで、康貴たちは名古屋城まで足を伸ばすことにした。

 名古屋駅から地下鉄で最寄りの市役所前駅まで、それほど時間はかからない。

 そして到着した名古屋城。間近でこの国独特のデザインの城を見て、またもやエルが感嘆の溜め息を零す。

「こレが、このくにのシろでスか? かわタかタちシてまス。そレに、シろのてぺん、ぴかぴかひカてる?」

「あれがこの名古屋城のシンボル、『金のシャチコホ』だ」

「きンのしゃこチホ?」

「シャ・チ・ホ・コ」

 康貴の発音を真似て、何度も「シャ・チ・ホ・コ」を繰り返すエル。

 そんなエルを見て、隆はふと興味にかられたことを聞いてみた。

「エルちゃんの世界の城って、どんな形をしているんだ?」

「わタしのせかイのシろ、オきくて、シかくテ、とガてる、でス」

「大きくて、四角くて、尖っている……? 何となく分かるような分からないような……ねえ、絵に描いてくれない?」

 あおいは足元の地面が砂地であることを確認し、そう要求してみた。

「ぴぁっ!? え、え、え、かくでスか?」

 エルは困った表情を浮かべた後に何やらエルフ語で呟き、しゃがみ込んで手近に落ちていた石を拾って砂地に城の絵を描く。

「え、えっと……」

「これって……」

「な、なんとなくだけど……いわゆる、西洋風の城……かな?」

 エルの描いた城の絵は、何とか建築物と分かるようなものだった。そして、どことなく尖った塔──らしきもの──が幾つもあったことで、康貴たちはそれが西洋風のデザインに近い城であろうと推察した。

 つまり、エルは絵が下手だったのだ。壊滅的に。

「うぅ……わタし、え、にがテでス……」

 エルは、俯いてしょんぼりと肩を落とした。



 名古屋城の中に入り、エルはびっくりした表情を浮かべた。

「こコが……このまチのりょうシュさまのシろ……?」

「確かに領主……この国の言葉では藩主か。以前は藩主が住んでいた城だけど、今は博物館みたいになっているからね。ここに人が住んでいるわけじゃないんだ」

 康貴の言う通り、名古屋城の中は名古屋や名古屋城の歴史を紹介した展示場になっており、中には刀剣や鎧などの展示もある。

「おオー、こチのせかイにもけん、あルでスか。かたバでそリがあル……ツかもながイ……りょうテでつかウけんでスね」

 やはり冒険者らしく武具には興味があるようで、エルは四階に展示されている展示品の日本刀を真剣な眼差しで見ていた。

「でモ、このけん、ほそイ。すぐにポきん、おレなイでスか?」

「うーん、そんなこと聞かれても……なあ?」

 ただの高校生である康貴たちに、日本刀を扱ったことなどあるはずがない。そのため、実際に日本刀を使った際の使用感など答えられるはずがなかった。

「日本刀ってのは西洋や中国などの刀剣と比べて、細くても頑丈で切れ味も鋭いって聞いたことはあるが……所詮は俺も聞きかじっただけだからな。実際のところはよく分からないな」

 隆の答えになっていない答えにも、エルは真剣に頷いていた。

「でモ、きれイなけん……ひとツ、ほしイでス。いくらでしょカ?」

 真剣に購入を考えているらしいエルに、康貴は思わず突っ込みを入れた。

「いやいや、ここに展示されているのは売り物じゃないから」

「それに、買うにしても十万円以上はするんじゃない? あたしも日本刀の値段なんて全然知らないけど、模造刀でも一万円以上するっていうし」

「ええエえっ!? かえなイ……でスか?」

 明らかに落胆しているエル。彼女は何度も何度も展示されている日本刀を振り返りながら、康貴たちと共に次の階へと移動して行った。

 その後は実物大の金のシャチホコのレプリカに乗って記念写真を撮ったり、石垣に使われている石材を引いてみたりとあれこれと展示内容を満喫しながら、四人は七階の展望室へとやって来た。

 東西南北の各窓から名古屋の街が一望でき、エルは改めてこの街

の広さを実感していた。

「ひろイ、まチ……しかクのとウ……くルま……ひト……イぱい……すごイ……」

 しばらく眼下に広がる街並みを眺めていたエルは、康貴へと振り返った。

「ヤスタカさんのイえ、どこ、あルでス?」

「いや、さすがにここからじゃ見えないって。でも、方角的にはあっちかな」

 康貴は東の方角を指し示す。彼らが暮らす日進市の方角だ。

「みえなイくらイ……とおイでスか……」

 康貴が指し示した方へと、エルは視線を凝らす。当然、日進市は見えない。そのことに、彼女は改めて驚愕する。

 見えないほど遠くまで、それほどの時間もかけずに移動して来たのだ。こちらの世界の移動手段の多さと速さは本当に凄い。

 なんせ、エルの世界ならば何日もかかる距離を、ほんの数時間で移動してしまうのだから。

「さて、時間も時間だし、そろそろ家に帰ろうぜ。どうせなら夕飯もどこかで食っていくか?」

 ファミレスかどこかで、と隆が付け加えれば、康貴もあおいも賛成する。

「正直、あまりお金のかからない所がいいわね。今日は少し使い過ぎちゃったし」

 あおいが手にしている紙袋を見ながら呟いた。

 折角名古屋駅前まで来たのだから、あれこれとつい買い込んでしまったのだ。

 今月はこれから何かと節約しないといけないだろう。でも、後悔はしていない。

 自分と康貴と隆、そしてエル。四人で一緒に行動するのは、やはり楽しい時間だったのだから。



 適当なファミレスで夕食を済ませた四人は、日進駅まで戻ってきた。

 時刻で言えば午後七時前。だが、七月のこの時間帯はまだまだ明るい。

「きょウはたのシかたでス。ありがトござまシた」

 駅を出たエルは、微笑みながら康貴たちに礼を述べた。

「なら良かった。また、行こうな」

「ええ、もうすぐ夏休みだし……そうなったら、少し遠出してもいいかもね」

「あ、俺、海とか行きたい! 内海の海水浴場なら白い砂浜が広がっているし、ロケーションもいいと思うぜ? 白い砂浜、青い空と海……って、内海の海はそれほど青くはないか。そして何より、色取り取りな水着のお姉さんたち! マぁぁぁぁベラスっ!!」

「もうっ!! 何考えているのよっ!? でも、海はいいわね。折角水着も買ったことだし、ね?」

「はイ! たのシみでス!」

 その後、康貴たちは駅前で別れる。

 あおいの家は駅前だし、隆の家も康貴の家とは方向が違う。あおいと隆に別れを告げて、康貴とエルは肩を並べてゆっくりと家に向かって歩き出した。

 空はまだまだ明るく、街灯が灯ることもない。

 車はひっきりなしに通り過ぎるし、歩道を歩く人もちらほら見受けられる。

 町中を吹き抜ける風は生ぬるくて、歩いていると自然と汗が湧き出てくる。

 それでも、康貴の家の近くまで来ると、周囲に田圃があるせいか風が少し涼しく感じられた。

「あのさ、エル」

「はイ?」

 突然声をかけられて、エルは隣を歩く康貴を見る。

「別に遠くじゃなくても……この町の中にだって、まだまだエルが興味を引くものはたくさんあると思うんだ。だから……だから、一緒に行ってみよう」

 エルへと振り向いた康貴が、にっこりと微笑む。

「はイ、イきまショう! ふタりで!」

「え…………? ふ、二人で……?」

「あ……エ……ほわっ!?」

 エルの口から飛び出した、「二人で」という言葉。

 もちろん、エルも何か意図的に口にしたわけではなく、何となくそう言ってしまっただけだ。

 だけど。

 その言葉がもつ意味を改めて理解した時。

 エルの顔は、少し赤くなり始めた夕暮れの中でも、はっきりと分かるほど赤く染まっていた。

 もちろん、それは康貴も同じで。

 どこかでじじじっとオケラが鳴き始めた中、二人はしばらく突っ立ったまま互いをじっと見つめていた。





~~ 作者より ~~

 作中では名古屋城天守閣内の資料館に入っておりますが、天守閣木造復元事業に伴う調査及び工事により、名古屋城天守閣は平成30年5月7日から入場禁止(閉館)となっているそうです。

 その代わりというわけではありませんが、復元された本丸御殿が公開されておりますぞ。


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