家族ですか?

 さて、どうします? と、萩野市長は笑顔のままエルを見据えた。

「あ、あの……具体的に私は何をすればいいのですか……?」

 エルの言葉を康貴に通訳してもらった萩野市長は、満足そうな笑みを浮かべると改めてソファに腰を落ち着けた。

「あなたにやってもらいたいことは、わが町のPRです。あなたをこの日進市のイメージキャラクターに据え、エルフが住みたくなるぐらい自然が豊かで住みやすい町……そういうイメージを押し出し、全国的にアピールします。なに、あなたのその可憐な容姿とエルフというミステリアスでファンタジックな存在を以てすれば、あなたはご当地アイドルどころかあっという間に全国レベルの人気者となる可能性さえ秘めている。あなたの関連グッズなどを作成すれば、そちらも飛ぶように売れるでしょう。もちろん、他にもあれこれと戦略は考えていますよ?」

「ちょっと待てよ! 父さんはエルちゃんを見せ物にするつもりはないとさっき言ったが、今のを聞いている限りじゃ見せ物以外の何ものでもないだろうっ!?」

 隆が勢いよくテーブルに手をつき、憤りも露に尖った視線を父親に向ける。

「それに、エルちゃんの正体を……彼女がエルフだということを世間に公表すれば、エルちゃん自身が危険に晒されるだろうっ!? 迫害されるだけならまだしも、最悪の場合は誘拐される可能性だってあるんじゃないのかっ!?」

 康貴もあおいも、気持ちは隆と同じだ。

 隆の父親であり、信頼していた萩野市長がエルの身の安全を全く考慮していないような提案をするとは。康貴たちは信じられない思いで市長の顔を見ていた。

「そうですね。確かにそうです。でもね、隆。政治家なんてものは綺麗事だけじゃやっていけないのですよ。町やそこに暮らす住民のためならば、どれだけ泥を被ってもやらなければならないことがある。おまえも将来この道を目指すつもりがあるのなら、肝に命じておきなさい」

「それでも……それでも、僕は反対です! エルを危険に晒してまでしなくちゃいけないことだとは思えませんっ!!」

 この世界には存在しない、人間ではない異世界の知的生命体。それだけで、エルに目の色を変える存在はきっといるだろう。

 そう考えた康貴は、身を乗り出して市長に抗議する。

 そして、康貴を援護するようにあおいも口を開いた。

「あたしも康貴に賛成。町の利益とエルの安全なら、あたしは迷わずエルの安全を選択するわ」

 一斉に反対する子供たちに、萩野市長は一瞬だけ優しげな笑みを浮かべるが、すぐに政治家としての仮面を被り直す。

「君たちはそうは言いますが……君たちだって気づいているでしょう? 今のエルさんは不法滞在している外国人と同じ……いや、もっと悪い立場と言えます。不法滞在の外国人ならば母国に強制送還すればいいのですが、彼女の場合はそうもいかない。今はこそこそと隠れ住んでいられますが、いつまでそんなことが続けられると思いますか? 元の世界に帰る方法が現時点でない以上、彼女はこちらの世界で……この日進市で暮らしていかなければなりません。そして、このまま彼女が一切の怪我や病気に罹ることがないという保証はどこにもないのです。それどころか、こちらの世界の病気に免疫のない彼女は、近い将来にいろいろな病気に必ず罹患すると考えた方がいい。その時、君たちはどうするつもりですか? 病気になれば、医者に診せなければならない。そうなった時、彼女の存在は嫌でも世間の目に触れるでしょう。特に我が国は、生活するためには確かな身元が必須です。私の計画に協力していただければ、多少強引な手段を使ってでもエルさんの身元を確立させましょう。それとも、いっそ日本で暮らすのを諦めて外国へでも行きますか? 日本以外の国ならば、エルさんが暮らしていける場所もあるかもしれません」

 市長の言葉に、康貴たちは言葉を失った。

 彼の言うことは至極もっともであり、正論である。今後エルが日本で暮らしていくのなら、生活の基盤となる身元や戸籍などは必ず必要になる。

 そうでなければ、いつまでも彼女はこそこそと正体を隠して暮らさなければならないだろう。そして、そんな生活はいつか必ず破綻する。

 それは高校生である康貴たちにも、少し考えれば分かることだった。

「そもそも、決めるのは君たちではなく、エルさん自身だ。彼女がやると決めるのならば、君たちがあれこれ言うことではないでしょう?」

 康貴たち三人にそう言い置いた萩野市長は、改めて正面のエルに向き直る。

「さて、エルさん。確かに危険は伴うかもしれませんが、それに見合うだけのメリットは提供できるつもりです。もちろん、身元以外にも報酬としてそれなりのギャランティを支払いましょう。この世界で暮らすのならば、お金は絶対に必要ですよ?」

 萩野市長は優しくエルに微笑みかける。

 それは、哀れな犠牲者に道を踏み外させる悪魔の囁き。康貴たちはもしも悪魔が実在すれば、こんな笑みを浮かべるに違いないと確信した。

「わ、私は……」

 市長から真っ正面から見据えられたエルは、何かを言いかけて言葉を詰まらせた。

 そして一度だけ康貴たち三人の顔を見回すと、決意に満ちた表情で市長へと相対する。

「……私は、市長さんの依頼を受けようと思います」

 康貴は驚きながらも、エルの言葉を皆に通訳して伝える。

 市長が満足そうに頷く中、何か言いたそうな康貴たちを遮って、エルは先を続けた。

「私は冒険者です。冒険者はいつだって危険と隣り合わせで、これまで私も何度もそんな危険を掻い潜ってきました。ですから、今度だって何とかしてみせます。そして……そして、私は胸を張って堂々とヤスタカさんたちと……ヤスタカさんやアオイさん、タカシさんと……友だちとして、仲間として、これからこの町で暮らして行きたいんです……」

 エルは康貴たちにふわりと微笑むと、改めて姿勢と表情を正して萩野市長を見つめる。

「市長さんが言った仕事の内容は、正直私にはよく理解できません。でも、私は冒険者として今回の仕事をお受けします。その報酬は先程の約束通り……それでいいですね?」

 彼女はエルルーラ・ザフィーラ・フィラシィルーラという一人の個人として、胸を張って市長の依頼を受けようとしている。

 それは康貴にもよく分かった。だが、それでも康貴は不安を抑えきれない。

「分かった。エルがあくまでも個人として小父さんからの依頼を受けるというのなら、僕はあくまでも一人の個人としてこの話には反対する! 所詮は子供の我が儘だと言われるかもしれない。でも、それでも僕はエルの安全を……エルが穏やかに暮らしていけることを第一にしたいんだ!」

「そうですか……康貴くんはあくまでも反対するのですね? それは隆やあおいちゃんも同意見……だね?」

 市長が二人を見れば、二人も康貴と同じく真剣な表情で頷いた。

 三人の表情を順に見回した市長は、くすりと笑うとひょいと肩を竦める。

「では、この計画は止めにしましょう」



 あまりにもあっさりと市長が意見を翻したので、康貴たちは思わずぽかんとした表情で市長を見つめた。

「お、おい……父さん……?」

「どうかしましたか? 他ならぬ君たちが止めたいと言ったのでしょう? 私はそれを聞き入れただけですよ」

「さっきまで捲し立てていた計画は一体何なんだよっ!? ただの冗談だったのかっ!?」

「ああ、あれは言ってみれば、こうなればいいな、という私の願望というか夢ですね。先程は政治家なんてものは綺麗事だけじゃ務まらないと言いましたが、夢や希望、そして志を忘れてしまった政治家なんて、ただの権力と金の亡者に過ぎません。私はそうはなりたくありませんからね。夢は常にここにあります」

 自分の胸を指差しながら、しれっとそんなことを言う萩野市長。そんな彼を呆然と見つめながら、康貴たちはあることを思い出していた。

 萩野市長のことは、彼らが子供の頃からよく知っている。他ならぬ隆の父親であり、康貴たちも幼い頃は実の子供のように面倒を見てもらった覚えがある。

 また、彼からはいろいろなことを学んだ。虫の取り方や魚の釣り方といった遊びに始まり、実生活に役立つおばあちゃんの知恵袋的な知識まで。

 だが、時に彼は最適ではない答えや的外れな答えを子供たちに与え、あえて康貴たちを悩ませたり、あれこれ考えさたりすることがあった。

 おそらく、今回もそんな萩野市長の計略だったのだろう。彼は試したのだ。そして、試されたのは康貴やあおい、隆ではなく──

「申し訳ありません、エルさん」

 市長はテーブルに手をつくと、深々とエルに向かって頭を下げた。

「私は市長である前に、隆の父親であるつもりです。ですから、息子やその友人たちが最近友だちになったというあなたのことを、もっとよく知りたかった。無論、息子からあなたの人となりは聞いていましたが、私は自分の目で確かめたかったのです。結果、あなたを試すようなことをしてしまいました。許してくれとは言いませんが、せめて子供を思う親心とご理解いただきたい」

 親であれば、我が子がどんな交友関係を築いているか気にならないわけがない。中には一切子供のつき合いには興味がないとか、全部子供に任せているなんて親もいるだろうが、それは少数派だろう。

 我が子たちが出会った新たな友人。それがごく普通の同年代の友人だったらそれほど気にする必要もない。だが、彼らが出会ったのは異世界からの来訪者であり、しかもエルフという常識外な存在だった。となれば、真っ当な親ならどうしたってあれこれと心配する。

 最悪、子供たちが騙されていたり、利用されていたりする可能性だってあるのだから。

 だが、萩野市長は先程のエルの真摯な態度から、彼女が信頼できる人物であると判断を下した。

「え、えっと……あの……?」

 ことの成り行きについていけないエルは、きょとんとした顔で市長や康貴たちの顔を見比べている。

 そんなエルの反応に、康貴たちもようやく安堵を覚えた。そもそも、萩野市長のことは信頼していたではないか。その彼が──隆の父親が、あんな無茶な提案をするはずがない。そうは思っていても彼を疑ってしまったのは、やはり一介の高校生と現職市長のいろいろな経験の差なのだろう。

「あの……それじゃあ……仕事の依頼はないってことですか……?」

 相変わらずことの次第についていけないエルは、残念そうにそう告げた。

 彼女としてみれば、やはりこの世界で暮らすために、しっかりとした土台が欲しかった。そうすることで、ようやく康貴たちと肩を並べて歩くことができると思っていたのだ。

 そのためならば、多少の身の危険は甘んじて受けるつもりだった。そもそも冒険者なんて仕事は、ハイリスク・ハイリターンが常なものだし、エルにしてみれば市長の申し出は実に分かりやすい取引だったのだ。

 だが、結局その取引も中止になりそうだ。康貴たちが自分のことを考えてくれるのは嬉しいが、エルにしてみればこのチャンスを逃すのは惜しいとさえ感じていた。

「ああ、そのことですが……エルさんにはやはり町興しのイメージキャラクターの仕事をお願いしたい。もちろん、あなたに危険が極力及ばない範囲で、です。仕事の報酬は、先程述べたようにあなたの身元と、現金でのギャランティ。これでどうでしょう?」

「おい、父さん。今度はエルちゃんに何をさせるつもりだ?」

「それは現時点では企業秘密、ですね。折角エルフという希有な存在が身近にいるのです。これを利用しないのは勿体ないでしょう。とはいえ、これまでにエルフで町興しをした前例なんてないので、どれほどの経済効果が見込めるのかはまったく不明なのがネックと言えばネックですかね」

 当たり前である。エルフで町興しなんて前例があるわけがない。

「今のままでも、我が町に今後の発展が全く見込めないわけではありません。これからもゆるやかに発展していくでしょう。ですが────」

 市長はにこやかに微笑みながら、康貴たちを見回した。

「────三十年後、四十年後のことまでは分かりません。そして、その時には私はすでに生きていないか、そうでなくても市長なんてとっくに引退しているでしょう。ですから、それは君たちの世代の仕事だ。がんばってこの町をより一層発展させてください」

 と、萩野市長はこれまで以上に朗らかな笑みを浮かべて、康貴たち若い世代に期待を込めた眼差しを向けた。



 仕事の詳細は後日に改めて詰めるという萩野市長。彼はソファの背もたれに体を預けると、ふうと大きく息を吐いた。

「これで当初の大きな目的は果たせました。後は、エルさんの今後の健康面や保護者の問題ですね」

 市長の言う通り、エルの見かけは高校生の康貴たちと大差ない。これまで実際の年齢をエルに聞いたことはなかったが、康貴たちは自分たちと同年代だろうと思っていた。

「エルさんは見かけが成人には見えないので、建前だけでも保護者というか身元保証人は必要でしょう。そこで、最初は私が彼女の身元保証人になるつもりだったのですが……」

 萩野市長は、何やら含むもののある見る目で康貴を見た。

「先程も言いましたが、これからエルさんはいろいろな病気に罹る可能性が高い。そのため、信頼できて口も固い医者が絶対に必要になってくる。そこで私はとある女性の医師……正確には元医師に連絡を取りました。もちろん、エルさんの事情も他言無用を誓ってもらった上で、説明しておきました」

 相変わらず、市長の視線は康貴に固定されたまま。この時になって、康貴は市長が誰に連絡を取ったのかを悟った。

「そうしたらですね、その元医師の女性とそのご主人が、エルさんの健康面はもちろん身元保証人も引き受けると言い出しまして……結局、その人物に両方お願いすることにしました」

「お、小父さん……そ、それってまさか……」

 康貴の顔色が青くなる。

 実は、康貴には万が一エルが病気になった時、一人だけ頼る医者の心当たりがあった。でも、できることなら、その医者に頼るのは最後の最後にしたかったのだ。

「はい。今、彼らには別室で待ってもらっています。すぐにこちらに来てもらいましょう」

 市長はポケットからスマートフォンを取り出すと、そのままどこかへと電話をかける。

 相手もすぐに電話に出たようで、市長は二言三言用件を伝えるとすぐに電話を切った。

 やがて聞こえてくる足音。足音はこの市長室の前で止まり、代りにドアをノックする音が響く。

 康貴には、その音は世界の終焉を告げる鐘の音に聞こえた。

「ヤスタカさん? どうかしましたか?」

 康貴の顔色が悪いことに気づいたエルが声をかけるが、当の康貴はその声さえ聞こえていない。

 彼は周囲を見回して必死に隠れ場所を探す。だが、市長室の中には隠れ場所もなければ逃げ道もない。

 逃げも隠れもできないと康貴が悟った時、市長室のドアが開けられた。そしてその向こうには、康貴が想像した通りの二人がいた。

 萩野市長と同年代と思われる男女。二人は市長にぺこりと一礼する。

「お、親父……お袋……」

 そう。それは間違いなく、康貴の両親だった。



「久しぶりですね、ゆうかおさんもお元気そうで何より」

「ああ、幸一も相変わらずだな。こういう悪戯好きなところは子供の頃から全く変わっていないよな、おまえは」

「それはお互い様でしょう?」

 二人はがっしりと右手を握り合いながら、親しげに笑う。

 彼らは息子たち同様に幼馴染みで、その交友関係は今も尚続いていた。もっとも、互いに職や家庭を持つ身であり、学生時代ほど頻繁に会う機会は減っていたが。

「ごめんなさいね、萩野くん。家の愚息がいろいろと迷惑かけたみたいで」

「そんなことはありませんよ、香里さん。康貴くんのお陰で、我が町はエルさんという希有な存在を確保できましたから」

「おう、そうだった。それが主な目的だったな」

 康貴の父、赤塚祐二がぎん、と康貴を睨み付けた。

「…………っ!!」

 声にならない悲鳴を上げて、康貴が逃げ腰になる。そんな康貴の様子に構うことなく、祐二はずかずかと息子に歩み寄ると、その脳天にごちんと拳を振り下ろした。

「あぐ……っ!!」

 思わず脳天を抑えて踞る康貴。

「康貴……俺は情けないぞ……」

「お、親父……?」

 痛みを堪えつつ康貴が父親を見上げれば、彼は怒っているというより言葉通り情けなさそうな表情で息子を見下ろしていた。

「俺と香里は……おまえの両親はそんなに信頼できないのか? どうして、エルさんを保護した時、真っ先に俺たちに相談してくれなかったんだ?」

「い、いや、その……」

 言えるわけがない。

 半ば成り行きとはいえ、同じ年頃の女の子を保護して一緒に暮らすことにしました、なんてどんな顔して両親に言えるだろう。

 少なくとも、康貴には言えない。恥ずかし過ぎる。

 そしてそれは、エルが病気になった時、元医師であった母に頼るのを最後の最後にしたかった理由でもあった。

 床にしゃがみ込んだまま言い淀んでいる康貴に、祐二は手を差し伸ばして引っ張り起こす。

「事情は幸一から聞いた。最初は違う世界から来たとか、エルフとかいう人間ではない種族とか聞いて確かに半信半疑だったり混乱したりしたよ。でも、おまえがしたことは立派な人助けで、別に人に言えないようなことはしていないだろう? なら、胸を張って俺たちに知らせろ。俺たちはお前の親だ。何があってもおまえを信用するし力にもなるぞ」

「親父……うん、そうだよな。真っ先に親父たちに知らせれば良かったんだよな。ごめん」

 父親は息子の頭を少し乱暴にぐしゃぐしゃとかき混ぜると、にこりと男臭い笑みを浮かべた。



 一方、父と息子がそんな話をしている間に、こちらも何とか纏まりそうだった。

「あなたがエルさんね? うわ、思っていた以上に綺麗な子ね。こんな綺麗な子がウチの娘になるなんて……家も前までは娘がいたけど、お嫁に行っちゃったから少し寂しかったのよ。だから新しい娘ができて私も嬉しいわ。でも、女の子だからって無条件に助けちゃうあたり、やっぱり父親に似ちゃったのかしらね、家の愚息は……」

 因みに、康貴の父親である祐二は高校の教師であり、母親の香里はというと以前は市内のとある病院に勤める内科の勤務医だった。

 今年の春から父親の県外への赴任が決まり、父親には家事能力が皆無だったので母親もそれに同行。

 母親の香里も、以前から勤め先の院長よりセクハラ紛いの嫌がらせをあれこれ受けていたため、これを機にすっぱりと勤め先を辞めて、現在は専業主婦となって祐二と一緒に県外へと赴いている。

「ちょ、ちょっと、待って、康貴の小母さん。エルが新しい娘ってどういうことですか?」

 香里とエルの会話──通訳のイヤリングをしていいないので、一方的に香里が捲し立てていただけとも言う──を聞いていたあおいは、その中に気になる言葉が含まれていたことに気づいた。

「実はね、あおいちゃん。ウチの亭主がエルさんの話を聞いた時、身元保証人なんてまどろっこしい真似はせず、いっそ我が家の養女にしようって言い出したのよ」

「まあ、そういうことだ。エルさんを養女にするための煩わしい手続きに関しては、俺たちには頼もしい味方がいるからな」

「人が市長だからって何でもできると思っていませんか? まあ、こうなった以上は最後まで協力しますけどね。ただし、少々強引な方法を取らないといけないかもしれません。その時は他言無用で願いますよ?」

 萩野市長は、右手の人差し指を自分の唇に当てると、ぱちりと片目を閉じて見せた。



 突然、エルが新たな家族になると知って混乱気味の康貴。

 そもそも、話の展開が早すぎてそれについて行けないエル。

 そんな二人を微笑ましげに見守る赤塚夫妻。

 新たな構成となった赤塚家の家族たちを眺めながら、隆とあおいは顔を見合わせると肩を竦めた。

「何とか、落ち着くところに落ち着いた……ってところかね?」

「そうね。でも、エルが康貴の家の養女になるのはいいけど、康貴のお姉さんになるのかしら? それとも妹?」

「そういやどっちだろうな?」

 はたと何かを思い出して、同じタイミングで顔を見合わせる隆とあおい。

「ね、ねえ……あたし、エルとは普通に接しすぎて、今の今まですっかり失念していたんだけど……」

「……奇遇だな。俺もだよ……」

 そんな二人のやり取りが聞こえたのだろう。康貴はエルに率直に尋ねてみた。

「なあ、エル。エルって今何歳なんだ?」

「私ですか? 私は今、152歳ですけど?」

「……………………………………え?」

「エルフは氏族ごとに成人と認められる年齢が違いますが、私が属するザフィーラ族は平均寿命が600歳から700歳ほどで150歳になると一人前として扱われます。ですから、私は150歳を過ぎてから故郷を出て冒険者になりました」

 エルの言葉に思わず呆然と立ち尽くす康貴。当然、他の者にはエルの言葉は理解できないので、質問の矛先は康貴に向かう。

 そして彼からエルの年齢を聞き、大人たちも思わず凍りつく。

「……そうだよなー。エルフが長寿な種族だっていうのはよくあるパターンだよなー」

「本当よね。あたしもすっかり忘れていたわ……でもエルの話からすると、ザフィーラ族のエルフは大体人間の十倍くらいの寿命があるってことになるのね」

 エルフに関してある程度の知識がある隆とあおいだけが、納得した表情で何度も頷いていた。



「ところで幸一」

「何ですか祐二?」

 子供たちがエルフの寿命で盛り上がっているのを眺めながら、祐二は旧友にふと尋ねてみた。

「エルさんの身元って、要は戸籍とか住民票とかだろ? 本当に何とかなるものなのか?」

「ああ、それに関してはそれほど手間ではないと思います」

 どういうことだ、と目線だけで問う旧友に、日進市の現職市長は悪戯を成功させた悪ガキのような笑みを浮かべた。

「人気の出た地元のゆるキャラや、迷い込んだ野生動物に住民票を与えたという事例は山ほどありますからね。ならば我が町に住み着いた異世界のエルフにも、住民票を発行したって何も問題はないと思いませんか?」


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