お揃いですか?

 わくわくした表情で康貴の話を聞いていた隆だったが、その表情がわくわくから困惑、そして驚愕へと変化するまでそれほど時間はかからなかった。

「え、エルフの女の子が……異世界からおまえの家に……?」

「ああ、どうもそうらしい。僕は最初宇宙人だとばかり思っていたけど、あおいによると異世界のエルフっていう種族で、冒険者って職業のらしい」

 隆に説明しながら、康貴は「冒険者って具体的にどんなことするんだろう?」と今更ながらに考えていた。

 対して隆はといえば、いつの間にかどんよりとした雰囲気を纏い、下を向いて何やらぶつぶつと呟いている。

「お、おい、隆……? ど、どうかしたのか……?」

 彼の様子がおかしいことを心配した康貴が声をかけると、隆は眼光鋭く康貴を見つめ返した。

「マぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁベラスっ!!」

「た、隆……?」

「異世界! 冒険者! エルフ! 美少女! 素晴らしいっ!! よくぞ……よくぞ巻き込まれてくれたな、康貴っ!! 俺は素晴らしい親友を持ったことに、今、猛烈に感動しているっ!!」

 立ち上がり、咆哮を上げる隆。周囲から奇異の目を向けられるが、興奮した彼はそんなことは全く気にならないようだった。

「お、おい、隆っ!! とりあえず落ち着け! とりあえず座れ! 周りから見られているから……っ!!」

 康貴に諭されて、ようやく隆も我に返って改めて腰を下ろす。

「いや、すまん。あまりの衝撃に思わず興奮してしまった」

「おまえ、剣とか魔法とかのファンタジー大好きだもんな……」

「おうともっ!! 俺はファンタジーが大好物だっ!!」

 隆は両の拳を握り締め、背後に幻の業火を背負って宣言する。

 そう。彼が自分で宣言したように、隆は重度のファンタジーオタクなのだ。

 背も高くて外見も良く、それでいて運動能力も高くて成績も良い、という何拍子も揃った隆だが、実は学校の女子からの人気は決して高くはない。

 その理由はもちろんこの重度のファンタジーオタクだからである。しかし、当の本人はそんなことは別に気にもしていないようで、別段隠す素振りさえしないのだが。

「そ、それで、そのエルフっ娘は今どこに……?」

「あおいと一緒に服とか買っているはずだから、そろそろここに……」

 康貴がそう言った時だった。彼と隆の耳に、幼いころから聞き慣れた声が聞こえたのは。

「あら? 隆? どうして隆がここにいるの?」

「ふふふふふ。決まっている! 俺と康貴はどんなに離れていても呼び合う、愛という名前の永遠の絆に結ばれた仲だからさ!」

 無駄にきらんと歯を輝かせながら、隆がそう言い放つと康貴とあおいがげんなりとした表情をした。

「止めて、それ。猛烈に引くわ。あたし、そっち方面の趣味ないから」

「俺も是非止めて欲しい。すっげー気持ち悪い」

「奇遇だな、康貴。実は俺も、自分で言っていてすげー気持ち悪かった」

 一拍の間を置いた後、三人は互いに顔を見合わせて笑い合う。

 そんな三人の様子を、エルがきょとんとした顔で見つめていたのだが、当の三人はしばらくそれに気づかなかった。



「初めまして、エルフのお嬢さん。わたくし、康貴の親友で萩野隆と申します。以後、よろしくお見知りおきを」

 しゅたっと立ち上がった隆は、優雅な仕草でエルに一礼した。

「いやぁ、よく似合っているよ、その服。やっぱり中身が美人だと何を着ても似合っちゃうんだなぁ。なあ、康貴?」

「あ、ああ、うん。僕も似合っていると思う。やっぱり、あおいに見立ててもらって良かったよ。僕ではこうはいかないからなぁ」

 今、エルが着ているのは、上がピンク地にホワイトのドット柄のネックホルターキャミソールの上に、インレイボーダーのアイボリーカラーのパーカーを重ね着して、下はサーモンピンクのキュロットパンツ。

 足元は踝までのソックスにパステルイエローのスニーカーで、エルの白い肌が剥き出しになった細い足がとても眩しい。

 そして、頭には最初に購入した淡いグリーンに所々にピンクの星形が散らばるニット帽。しかもこのニット帽、昔の飛行帽のように両サイドに耳覆いがあり、エルの耳を完全に隠してくれる優れ物であった。

「ディラ ケラス。 アーイオーシ」

「え? 何だって? 彼女、何て言ったんだ?」

 翻訳のイヤリングはあおいが着けたままなので、康貴と隆にはエルの言葉が分からない。そのため、あおいがエルの言葉を通訳する。

「褒めてくれてありがとう、ですって」

「す、凄えっ!! 本当にマジックアイテムなんだなっ!! 俺にも少し貸してくれっ!!」

 興奮した様子の隆を宥めつつ、あおいはエルの許可を得てからイヤリングを隆に渡した。

 相も変わらず興奮したままの隆は、しげしげとイヤリングを眺めてから自分の耳に装着する。

 途端、それまで意味不明だったエルの言葉がはっきりと理解できた。

「初めまして、タカシさん。私、エルルーラ・ザフィーラ・フィラシィルーラと言います。呼びにくかったらエルって呼んでくださいね」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 突然立ち上がり、ガッツポーズのまま咆哮する隆。

 当然、周囲から注目されるが、そんなことはお構いなしに隆は叫び続ける。

「リアルマジックアイテムキタコレっ!! お、俺は今、本物の魔法に触れているっ!! マぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁベラスっ!!」

「いや、もうマーベラスはいいからっ!! とりあえず落ち着けってっ!!」

「そうよっ!! このままだとあたしたちまであんたと同一視されちゃうでしょっ!!」

 康貴とあおいが二人して隆の服を引っ張り、何とか隆を座らせようと必死に努力する。

 その甲斐あってか、ようやく落ち着きを取り戻した隆が腰を落ち着けた。

 もっとも、呼吸だけは荒いままだったが。

「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……いやぁ、本気で感動したっ!! 魔法最高っ!! 異世界のエルフっ娘最高っ!! エルちゃん! 君との出会いは俺にとって最高の神様からの贈り物さっ!!」

 またもや無駄に歯を光らせ、爽やかな笑みを浮かべる隆。とはいえ、その荒い鼻息が折角の爽やかさを台なしにしていたが。

「よぉぉしっ!! 明日は丁度日曜だし、今日はこのまま徹夜でエルちゃんの歓迎会と行こうかっ!!」

「あら、いいわね。じゃあ……場所は康貴の家でいいかしら? あたしの家だと兄貴が……ね」

「家も家族が……両親に姉と妹もいるからな。いいか、康貴?」

「ああ。僕の家なら誰もいないからな。だけど、調子に乗って夜遅くまで騒ぐなよ?」



 その後、フードコーナーで軽く飲み物や食べ物を買い込み、それぞれ口にして小腹を満たしながらこれからの予定を立てていく。

 その途中。

「な、何ですか、この鮮やかな緑色の飲み物は……もしかして、魔法薬ポーションの類ですか……? それに、上に乗っている白いものは一体何でしょう……?」

「これはメロンソーダっていう、こちらの世界では割とオーソドックスな飲み物よ。上に乗っているのはアイスクリームっていう甘味ね」

「め、めろんそーだ……あいすくりーむ……」

 あおいが説明すると、好奇心で目をきらきらさせたエルが、メロンソーダを凝視した。未知のものに対する好奇心の高さは、さすがは冒険者といったところだろうか。

 しばらくじーっとメロンソーダに見入っていたエルだったが、やがて意を決してそっとストローに桜色の唇を触れさせた。

 そして一口、メロンソーダを吸い込む。

 途端、エルの大きな青い目が、更に大きく見開かれた。

「な、なにこ……ごほっ!! ごほっ!! く、口の中がしゅわしゅわって……けほっ!!」

 初めて口にした炭酸飲料に、思わず目を白黒させながら咳き込むエル。

 そんなエルを、あおいと隆はすごくイイ笑顔で眺めていた。

「いいわー、その反応。お約束をありがとうってところね!」

「うんうん。本当にいい反応だ。エルちゃん、ぐっじょぶっ!!」

「いや、普通にたちの悪い悪戯か、下手するといじめのレベルだからな、これ……」

 涙目になって咳き込むエルを見てほこほこしているあおいと隆の二人を、康貴はエルの背中をさすりながらじっとりとした目で見つめた。



 その後に着替え用にあと数着の衣服や、就寝用の寝間着にエルが使う日用雑貨などなどを買い求めた後、康貴たちはそろそろこの大型スーパーを後にしようかと相談し始めた。

「もうこれで買い忘れたものはないよな?」

「ええ、もう大丈夫だと思うわ。もしも何か足りなくても、家の近所で買えばいいでしょ」

「じゃあ後は、今晩のエルちゃんの歓迎パーティに必要な食材だな」

 買い込んだ荷物を一旦無料のコインロッカーに預けた後、康貴たちは食料品販売所に向かう。

 そんな康貴たちを、エルが急に呼び止めた。

「ヤスタカさん……アオイさん……タカシさん……今日は本当にありがとうございました。ここで使わせてしまったお金は、いつか必ずお返ししますから……」

 そう言って、エルは三人に向かって深々と頭を下げた。

 エルがこちらの世界に渡った時、彼女は幾らかの銀貨や銅貨を持ってはいたが、それがそのまま通用するはずがなく、しかもこちらの世界でどれ位の価値になるのかも分からない。

 そのため、今日の買い物の代金はそのほとんどを康貴が出しており、あおいと隆も僅かではあるがそれに協力している。

 この辺り、アルバイトをしているかどうかの経済力の関係であった。

 翻訳のイヤリングを着けていたあおいは、エルのその言葉を康貴と隆に通訳していく。

「気にしなくてもいいさ。こうなったのも何かの縁だと僕は思うよ」

「そうそう。最近ではそうでもなくなったかもしれないけど、やっぱり縁って大事よね」

「それに異世界から来た奴を、初めに見つけた人間が優しく迎え入れていろいろと世話を焼く、ってのはお約束ってもんだぜ?」

「……はい!」

 目尻に涙を浮かべながらも、エルはにっこりと微笑んだ。

 事実、彼女は自分が幸運だったと感じていた。

 異世界に飛ばされて、最初に出会ったのが康貴であったことが。

 もしもこれが心ない人間の元に現れていたら。問答無用で奴隷として売り飛ばされるか、最悪その場で乱暴されていたかもしれない。

 そう考えれば、康貴の元に現れたことはかなりの幸運だったに違いない。

 そして彼を通して知り合った者たちは皆、好意的に自分を受け入れてくれた。これも実に幸運なことだと言えよう。

 そんな幸運に感謝しつつ、エルは目尻の涙を指先で拭いながら、もう一度彼らに向けて微笑むのだった。



 食料品などの買い込みも終わり、帰路につこうとした時。康貴はあることを思い出した。

「そういや、あおいにも何か買ってやるって約束したよな。何か欲しいものあるか?」

「え? べ、別に今日じゃなくてもいいわよ? 今日はかなりお金を使っちゃったでしょう? 次のバイト代が入ってからでいいって」

「ん? 何の話だ?」

 康貴は、隆にあおいとの約束のことを説明した。それを聞いた隆が意味有りげな視線であおいを見れば、彼女は頬を赤くして視線を泳がせている。

「ほー。へー。ふーん」

「な、何よ? 何か言いたいことでもあるわけ?」

「いや、別にー。随分がんばったなーと思ってさ。いや、良かったじゃん?」

「う、うるさいっ!!」

 ばすばすと左右の拳を連続して隆の背中に打ちつけるあおい。その頬は先程よりも更に赤味が増していた。

 そんな二人のやりとりを、何となく見つめていた康貴とエルは、互いに顔を見合わせて苦笑する。

「相変わらず、仲いいよなぁ」

「ダァディル スゥ ザァイン」

 翻訳のイヤリングがなくても、康貴にはエルが何と言ったのか何となく分かった。

 おそらく、彼女も今の自分と同じ思いを抱いているだろうから。

「ほらほら、いつまでも遊んでいないで何が欲しいか決めろよ、あおい」

 康貴に言われるまで隆を叩き続けていたあおいが、思い出したように康貴へと振り返った。

「…………いいの? 本当に今日でも……?」

「ああ。でも、さっきも言ったけどあまり高いのは勘弁な?」

「そ、それじゃあ……」

 あおいは慌ててきょろきょろと周囲を見回した。

 最初は服でも買ってもらおうと漠然と思っていたのだが、それではエルと大差なくなってしまう。どうせなら自分にも康貴にも印象に残るものがいい。そう思い始めていたのだ。

 そうやって周囲を見回していたあおいの視界に、とある店先に並んでいたものが飛び込んできた。

「あ、あれあれ! あれがいいな!」

 あおいはその店を指差し、小走りに駆けていく。

 彼女の見つけた店。それは天然石を用いたアクセサリーショップだった。

「ここは……宝石商ですか? うわぁ、綺麗な宝石が一杯ありますねぇ」

「宝石商というほど高級じゃないけど……まあ、似たようなものよね」

 二人は楽しそうに、ペンダントやブレスレットといった商品を手に取っている。やはり世界が違っても女の子は女の子、こういうアクセサリーが好きなんだなぁとのんびりと眺めていた康貴の脇を、隣に立っていた隆が肘で突いた。

「金、使っちまって良かったのか? おまえがバイトしていたのは、バイクの免許を取る費用とバイク代のためだろ?」

「いいさ。どうせ学校で禁じられているから、卒業するまで免許は取れないし。バイク代が必要なのも免許を取ってからだし。それまでにゆっくりとまた貯めるさ」

 彼ら三人が通う高校は、在学中にバイクや車の免許を取ることを校則で禁じていた。また、本来ならばアルバイトも禁止なのだが、康貴は現在両親が仕事の都合で不在であることから、昔から康貴のことを良く知る人物の所で働くという条件の元、特別にアルバイトを許可されていた。

 学校側も両親がいない状態で放っておくより、知人の元で働いていた方が大人の目が行き届くと判断したのだろう。

 康貴と隆がそんな会話をしている間に、あおいは何を買うかを決めたようだ。笑顔で手招きしている彼女に近づくと、あおいは嬉しそうにある商品を康貴に差し出した。

「これ! あたし、これがいいな!」

 あおいが康貴に差し出したものは、水晶とポイント的にアメジストを使ったブレスレットだった。

「へえ。いいんじゃないか? 値段も手頃だし、あおいに似合いそうだ」

「そ、そうかな?」

 若干頬を赤く染め、嬉しそうにはにかむあおい。

 そんな二人の様子を見ていた隆が、とあることを思いつく。

「そうだ! どうせなら、四人で同じ物を買わね?」

「どういうことだ?」

「ちょ、隆! いきなり何を言い出すのよっ!?」

 不思議そうな顔の康貴と、少し焦った様子のあおい。

 そして、二人の向こうでいまだに楽しそうに商品を眺めているエルを見ながら、隆は言葉を続ける。

「エルちゃんと出会った記念にさ。四人で同じデザインのブレスレットを買うってはどうだ? ああ、自分の分とエルちゃんの分は俺が買う。言い出しっぺだからそれぐらいはな。で、康貴はあおいに、あおいは康貴にそれぞれ買うんだ。どうだ?」

 隆の最後の言葉があおいの心の琴線に触れた。

 同じデザインのアクセサリーを、互いにプレゼントし合う。うん。いい。凄くいい。

「そ、そうね。い、いいんじゃないかしら? エルと出会った記念だものね」

「でも、そうすると僕とあおいがお互いに買い合う意味がなくないか? それぞれ自分で買えば……」

「い、いいのっ!! 康貴の分はあたしが買うのっ!!」

「お、おう……」

 あおいの気迫に押され、康貴は頷くことしかできない。

 結局、四人で同じデザインのブレスレットを購入した。違いはポイントに使われている石の色。あおいがアメジストの紫、エルがペリドットの黄緑、康貴がヘタマイトの黒、隆がアクアオーラの青と、それぞれ色が違っている。

 使われている石の価格で若干の値段の違いは出たが、そんなことに文句を言う者がいるはずもなく。

 それぞれの手首に装着されたブレスレットを見て、四人は嬉しそうな笑みを浮かべるのだった。


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