エルフ星人ですか?

 少女はあっと言う間に、康貴特製のチーズレタスサンドを平らげた。

 その様子を微笑ましく見守っていた康貴は、彼女が食べ終わったのを見計らって声をかける。

「何か飲む? すぐに用意できるのは日本茶と……インスタントで良ければコーヒーと紅茶もあるけど?」

 その問いかけに、少女はこくんと首を傾げた。

 どうやら少しは警戒心が薄れたらしく、視線にとげとげしいものがなくなっている。

──やはり、食べ物の力は偉大だ。

 康貴はそんなことを考えつつ、少女の日本人からかけ離れた外見から日本茶よりは紅茶の方が口に合いそうだと勝手に判断。湯を沸かしてティーパックの紅茶の準備をする。

「砂糖は……一緒に出せば自分で入れるよな」

 それぐらいはできるだろう、とこれまた勝手に判断。

 沸いた湯をカップに注ぎ、その中でティーパックを数回泳がせる。

 そうして淹れた紅茶を、砂糖の入ったガラス製のポットと一緒に少女の前に差し出した。

「あったかいうちにどうぞ」

 言いながら、康貴は少女の対面の椅子に腰を下ろした。

 先程よりもずっと近い互いの距離。それに警戒しているのか、少女はじっと康貴を見つめている。

「アドゥ ラナ?」

 少女は紅茶の入ったカップと、砂糖の入ったポットを指さして首を傾げた。どうやら紅茶も砂糖も知らないか、分からないらしい。

「これは、こうやって飲むんだ」

 康貴は自分用に淹れておいた紅茶のカップに、砂糖を一匙入れてかき混ぜ、それを口元へと運んで見せた。

 少女もそれを見て、たどたどしい手つきで康貴の真似をする。

 紅茶に入れる砂糖は康貴と同じ一匙。それは彼女の好みとかではなく、単に康貴がそうしたからだろう。

 そして恐る恐る紅茶を一口。途端、彼女の表情に驚きが浮かぶ。

「……シーアァ……」

 情況と彼女の表情から、おそらく「美味しい」と言ったのだろう。と、康貴には感じられた。

 互いに紅茶を飲み干して。

 康貴はこれからどうしたものかと、改めて考えた。

「とにかく、言葉が通じないのがネックだよなぁ……」

 言葉さえ通じれば、互いのことを説明し合うこともできるのに。

 本当にどうしたものか、と康貴が目の前の少女へと目を向けると、少女もまた、やや上目使いでじっと康貴を見つめていた。

「え……と……な、何?」

 言葉は通じないと分かっていても、つい口に出してしまう。

「ザークィンス……シーア クルドックァヤァネン」

 一体どこの星の言語だろうか。彼女の言葉はまるで聞き覚えがない。

──でも、最後に「やぁねん」とか言っていたから、もしかすると関西弁かもしれないぞ。

「ははは……そんなわけあるかって……え?」

 内心のボケに自分で突っ込みを入れていると、少女は右の耳に着けていたイヤリングを取り外し、それを掌に乗せて康貴へと差し出した。

「え? もしかしてお礼……っていうか、食事の代金のつもり? いや、いらないぞ? 別にそんなものが欲しいわけじゃ……」

 ぶんぶんと手をふる康貴。だが少女はイヤリングを差し出したままだ。

 その内、少女は掌のイヤリングを指差すと、次いで自分の耳をちょんちょんと指差し、最後に康貴を指し示した。

「え? もしかして、僕にこれを着けろって言っているのか?」

 康貴がそう尋ねると、少女はにっこりと笑った。

 その笑顔に一瞬だけ見蕩れながらも、康貴は言われた通りにイヤリングを自分の右耳に取り付けた。

 途端。

「──私の言葉、理解できますか?」

「えっ!?」

 少女が日本語をしゃべりだしたので、康貴は目を見開いて驚いた。

「あ、あれ? 君、日本語話せたの?」

「ニホンゴ……? いえ、私は私の種族の言葉を話していますよ?」

「種族の言葉……?」

「はい。あなたは……私を助けてくれたのでしょう? ですから、この翻訳効果のある耳飾りをお貸しします。これでお話しできますね」

「翻訳効果の耳飾り……ああ、なるほど。このイヤリングが翻訳機ってわけか。へえー、さすがは宇宙人の技術。こんな小さな翻訳機があるなんて凄いな」

 一旦耳からイヤリングを取り外し、康貴はしげしげと翻訳機であるイヤリングを検分した。

 材質はよく分からないが、幅二センチほどの銀色の輪っか状のイヤリング。取り立てて飾り気がないのは、これが装飾品ではなくて実用品だからだろう。

「パーネンセェィン?」

「あ、ごめんごめん」

 イヤリングを外したことで再び少女の言葉が理解できず、康貴は慌ててイヤリングを着け直した。

「助けてもらって……それから食事も……本当にありがとうございました。それなのに私ったら、あなたがあいつらの仲間だとばかり……」

「いや、気にしなくていいよ。でも、あいつらって……え?」

 康貴の視線の先。少女の蒼い瞳に大粒の雫が浮かび上がる。雫はすぐに流れとなり、少女の滑らかな頬を伝い流れ落ちていく。

「……コイル……マイート……フーリ……うぁああああああああああああああああっ!!」

 少女は顔をぐしゃぐしゃにして康貴の目の前で泣いた。それは子供が泣くような人目を憚らぬもので、彼女に余程悲しいことがあったことを康貴に伝えた。

 でも、康貴にはどうすることもできなくて。ただただ、彼女が泣き止むのを待つしかなかった。



 わんわんと泣いていた少女も、やがて泣き止んだ。

 それを見計らった康貴は、少女に紅茶をもう一杯淹れてやる。

「あ、ありがとうございます……これ、本当に美味しいです」

 少女は、弱々しくも微笑んだ。それが康貴の心も軽くさせる。

「そう? ただのインスタントの紅茶だよ?」

「えっと……いんすたんと……? って、ええええええっ!? こ、これって紅茶なんですかっ!?」

 大きな目を更に大きく見開き、少女は驚きを露にした。

「そ、そういえば……このお部屋、見たこともない物が一杯あって……扉には大きな水晶の板が嵌め込んであるし……もしかして、ここってどこかの貴族のお屋敷ですか?」

 少女はきょろきょろとリビングの中を見回す。そして、何かに思い至ったように康貴へと向き直った。

「そ、そういえば、助けてもらったのにまだ名乗ってもいませんでした。私、エルルーラ・ザフィーラ・フィラシィルーラっていいます」

「え? え? エルル……なんだって?」

「エルルーラ・ザフィーラ・フィラシィルーラ。ザフィーラ族のエルフです。呼びにくければ、エルって呼んでください」

「ザフィーラ属のエルフ……?」

 もしかして、ザフィーラという名前の星系に属するエルフという星から来た、ということだろうか。つまり、彼女はエルフ星人である、と。

 彼女──エルが宇宙人であると思っている康貴はそう判断した。

 そう。

 彼は現代の日本において、エルフというものを知らなかったのだ。

「……な、なんかよく分からないけど、僕はあかつかやすたか。この近くの公立高校に通う高校生だよ」

「コウリツコウコウ……? コウコウセイ……? えーっと……私にもよく分かりません……それにアカツィカさん……?」

「ああ、康貴でいいよ。そっちが名前だから」

「では、ヤスタカさんで。ヤスタカさんが着ている服も見たことがないものですし……先程の紅茶といい、やっぱりヤスタカさんは貴族なのでしょうか?」

「き、貴族……? あはは、そんなわけないさ。僕の家は先祖代々単なる小市民だから」

「それこそ、そんなわけない、ですよ? だって庶民が紅茶なんて飲めるわけないじゃないですか。それも、あんなに綺麗に透き通っていて、いい香りで、最上級の美味しい紅茶なんて……私、初めて飲みましたもの。普通、庶民はもっと質の劣るこくちゃを飲むものです。もしかして、ヤスタカさんの家では紅茶の栽培をしているのですか?」

 康貴が住んでいる日進市は、まだまだ田圃の数も多く米を栽培している農家も多い。他にも畑を持つ家もあるが、さすがに紅茶を栽培しているという話は聞いたことがない。当然、彼の家が紅茶を栽培しているという事実もない。

 そんなことを康貴が考えていると、エルはテーブルの表面をしげしげと眺め出す。

「この机の表面、すごく滑らかで綺麗……木の表面をこんなにつるつるのぴかぴかにするなんて、木工に優れる私たちエルフの職人でもここまでは無理ですね……」

「つるつるのぴかぴか……って、これ、単なる合板にニスを塗った安物のテーブルだぞ?」

 確か普段から使っているこの食事用のテーブルと椅子のセットは、両親がどこかの家具屋の閉店特別セールで見つけてきたものだったはず。値段も二万円以下で買えたと両親がとても喜んでいたことを覚えている。

 だが、エルは康貴の言葉が聞こえているのかいないのか、今度は砂糖の入ったガラスのポットを凝視していた。

「これって、水晶を加工したものですよね……これだけの大きさだと、元の水晶もかなり大きいはず……それをこんなに薄くて曇りもなく、表面も滑らかに加工するなんて……信じられない。それに……」

 エルはガラスポットの蓋を開け、中の砂糖の匂いを確かめる。

「紅茶に入れる時にもしかしてと思ったんですが、この匂い……こ、これって、ひょっとして砂糖……ですか?」

「う、うん。単なる白砂糖だけど……?」

「し、白砂糖っ!?」

 エルが飛び上がらんばかりに驚く。

「し、白砂糖と言えば、高級品の砂糖の中でも最上級に位置する超級品っ!! 親指の爪ほどの量で金貨一枚もするって聞いたのに……そ、その白砂糖がこんなにたくさん……い、一体、幾らぐらいするのかしら……?」

 この白砂糖は、近所のスーパーの特売で一袋98円で買ったありふれたもので、決して高級品などではない。

 どうやら、彼女の星では砂糖は高級品に属するらしい。と康貴は判断した。

「……と、ところで、今更こんなことを聞くのも変ですけど……こ、ここってどこなのでしょう? 私はレクサス王国の中に存在するジムニシエラ大樹海出身のエルフで、プリウスって町の冒険者ギルドに所属する冒険者なのですが……ここってレクサス王国じゃ……ない……ですよ……ね?」

 自分がどこか遠くに強制的に転移させれた。エルもそれには何となくだが気づいていた。

 目を覚ましたこの場所は、彼女がこれまでに見たことがない物ばかりだ。それに透明で大きな水晶の板が嵌められた扉の外の様子からして今は夜のようだが、部屋の中はまるで昼間のように明るい。どうやら、余程強力な魔術の光が灯されているようだ。

 そして、自分が転移した原因。それも心当たりがある。

 おそらくは、あの短剣ダガーが原因だろう。仲間たちと共に迷宮に挑み、そこで見つけた魔力を秘めたあの短剣。どんな魔力が秘められているのか不明だったが、転移の魔力が込められていたに違いない。

 あの時、仲間たちを殺した冒険者たちの一人と揉み合いになり、弾みで抜けてしまった短剣。おそらくは鞘から抜いたことで、秘められていた魔力が発動し、自分はこの場所に転移してしまったのだろう。

 エルはそう考えていたし、それに間違いないと確信もしていた。

 だとすると、ここはどこだろう。

 ここが、自分が生まれ育ったレクサス王国の中だとは、到底思えない。

 部屋の中にある物も、自分を助けてくれたヤスタカが着ている服も、見たこともないものばかりだ。

 それらの理由から、エルはここがレクサス王国ではないと考えていた。

 レクサス王国ではなくても、その近隣の国ならばまだいい。下手をすると、他の大陸まで移動してしまった可能性もある。

 そんなことを考えながらエルは康貴に尋ねたのだが、康貴が答えはやはり彼女が知らない国の名前だった。

「えっと……レクサスにプリウス? な、何か、この町の近隣の市に拠点を置く、自動車メーカーの車種みたいな名前だな……そんなことよりも、ここは日本って国だよ。日本を幾つかに区切った愛知県って場所で、更にその中の日進市って町だけど?」

「ニホン? アイチケン? ニッシンシ?……聞いたこともない場所ですね」

「そりゃそうだよ。だってここは地球なんだから」

「チ……キュウ……?」

「うん。それで、今度は僕の方もエルに聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「あ、は、はい、なんですか?」

「エルの住んでいたエルフ星ってどこにあるの? 銀河系? それともアンドロメダ? それで、乗ってきた宇宙船はこの近くに隠してあるのか? できたら宇宙船の中を見学させてもらいたいけど、いいかな?」

「……………………は、はい?」

 二人の相互理解はまだまだ遠い。







~~作者より~~

 今の日本での「エルフ」の認知度ってどれくらいなんですかね?

 ファンタジーに全く興味のない知人に「エルフって知っている?」と聞いたところ、「小さくて羽があってぴよぴよしている奴?」って答えていましたが(笑)。

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