「───ひより、ひより!」


 中田さんの声に、あたしははっと顔をあげた。


「五時だよ。待ち合わせなんでしょ?」


 時計を見る。あと2、3分で長い方の針がてっぺんに着きそうだった。


「やばい!急がなきゃ!」

 慌ててパソコンをログアウトして、散乱する資料を適当にまとめる。


「ちょっと、待ちなさい! これ忘れてどうすんのよ」

「そうだった。危ない、危ない。ありがとう、中田さん」


 あたしはあきれ顔の中田さんから紙袋を受け取った。


「これから渡すんでしょ?」

「うん」


 手元の紙袋を見る。長かった。ここにたどり着くまで、たくさん、試行錯誤を重ねた。達成感や興奮が、再び胸に迫ってくる。


「これ、すごいんだから。『ひよりスペシャル!』性能もさることながら、そのデザイン性もね───」


「あー、はいはい。わかったから。またスイッチ入ってる。だいたい、私もあんたと同じ開発チームにいたんだから、知ってるっての」


「そうだった。中田さんのツッコミも、最近ますますキレを増してきたね」

「うるさいわ」


 ひとしきり笑い合う。適当にあしらいながらも、実際、彼女がいちばん、あたしの思い入れの強さを理解してくれている。


「早く行ってやりなよ」

「うん、行ってきます」


 中田さんの優しい眼差しに見送られながら、あたしは仕事場を後にした。

 


 十二月二十五日。今日はクリスマスだ。


 街は、温かな赤い色で溢れてる。お店の人やカップルが着るサンタの衣装、ドアに飾られたリースの柊の実、ツリーのボンボン、プレゼントのリボンに、ホットワインの看板。


 赤はいい。温かいかんじがする。あたしが一番好きな色だ。殉職者の信仰への熱意とキリストへの愛。クリスマスカラーの赤が示す意味を、たぶん、多くの人は知らないし、あたしも気にしない。だけど、大切な人と過ごすこんな日には赤はぴったりの、祝福の色だと思う。


 急ぐ足元で、紙袋が揺れる。これをあげたら、彼はどんな顔をするだろう。喜んでくれるだろうか。ふにゃりと、頬を赤くして笑う彼を思い描くと、笑みがこぼれた。


 びゅんびゅん過ぎていく街の赤。赤を見ると、あたしは"先輩"を思い出す。甘酸っぱい、胸の痛みとともに。

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