第19話 『天空より落ちし竜』ゾンビでも話せばわかってくれるかもしれない!

迷いの森へと向かう最中、俺はこれまで起こったことを陛下達に話した。

自分が異世界から来たこと、神を倒したのは仲間達で俺は止めようとしていたんだということ、魔物を襲撃させたのもギルド施設を破壊したのもパンツを盗んだのだって俺ではないんだということも、、、。


「ふっ、はいはい」


ラズベリー陛下は寛大な心でそれを聞き流してくださった。駄目だ、全然信じてくれない。まあ、そもそも盗賊レベル1500の俺の言葉など陛下は全く聞く気がないのだ。


「神をボコボコにする全裸幼女や、仲間を調理する羊や、自分のパンツも盗む鳥なんて、悪魔崇拝か神話生物の類じゃあるまいしいるわけないじゃないの馬鹿馬鹿しい」

「まあまあラズベリー、そんな大きな声で言わなくても」


説明の中で何やら陛下の解釈がだいぶ捻じ曲がってしまっているけど。陛下いるんですよそんな奴らが。俺だってあんな奴らがいるなんて信じられなかったけど実在するんですよ本当に、、、。俺と陛下達との関係はさらに広がっていく感じがした。ジャラリと音を立てて両腕から垂れ下がる錠を眺める。


「あの、ところで陛下。俺の手錠はまだ外してくれないんですか?」

「ああ、鍵を忘れてきたのよ」

「そうなんですか、ははは」

「ふふふ」


陛下はちらりと俺の手錠を見たが特に問題ないといった感じに進んでいった。陛下はこういった冗談を言う人ではないからな、そうか鍵ないのか。どうすんだこれ、、、。



そして。



グランベリーの外門を出て数時間、俺達は迷いの森と呼ばれる場所に到着した。


鬱蒼たるその森は陽の光を全て吸い込んでしまうような不気味さを持っていた。踏み入ってはならない場所、それが森の入り口からひしひしと伝わってくる。木々より垂れ下がった苔のような緑色の物質に、悲鳴にも似た鳥の泣き声、上下逆さまの大木。一度入ったら二度と出ては来れないだろう、そんな雰囲気を醸し出していた。


「、、、、、、」


あれ?もしかして、ここ俺達が最初にいたところじゃ、、、。


「さすが迷いの森と言われているだけあるわね、無事に出られそうな感じがしないわ」

「大丈夫だよ。僕は前にここに来たことがあるけど、ここにはこの世界メルセシアに数本しか存在しない世界樹の木がある森なんだ。道が分からなくなったら、あの世界樹の木を目印にしていけば森を抜け出すことができると思うよ」


そう言ってユスラさんは、森の中から一つ大きく顔を出している大木を指差す、俺達はそれを眺める。


「あれが世界樹なの?」

「、、、うん」

「見たことないんだけど何か、上下逆っぽくない?」

「えっと、、、うん。あれ?あんなんだったかな?」

「、、、、、、」

「どうかしたの?フェブライ」

「あっ!いいえ、別に」

「、、、、、、一つ聞きたいのだけれど。もしかしてあれ、わけじゃないわよね?」

「、、、、、、」

「ねぇ?」

「、、、、、、陛下、これだけ言わせてもらってもいいですか?」

「何?」

やってないです」

「俺はっていうことは、つまり関係者ではあるのね?」

「、、、はい」

「ひぃっ!!」兵士達の悲鳴。

「そう、、、。10点追加ね」

「何のポイントなんですか?」

「さあ、行くわよ」


一番に森へと進入する陛下に慌ててユスラさんと兵士達が追いかける。俺に何のポイントが入ったのだろう、そして追加ってことは、今すでに何ポイントか入っているってことなのか?「フェブライさん、はやくー」ユスラさんの呼びかけに応え、俺はその疑問を胸に閉まってついて行くのだった。




進入した場所が違うのだろう、森の中は俺ととびこ達が出て来た森の雰囲気とは違っていて、木々が隙間なく生い茂り、遠くまで見渡すことができない密林のようになっていた。地面はでこぼこに木の根が張り巡らされ、光があまり入ってこないせいか、ぬかるみ苔むしている。幅の狭い道路のような一本道のような場所に出た俺達はそのまままっすぐに進んでいく。


「ところで、マネキってどこにいるのかしらね」

「、、、え?」


俺は今とんでもない発言を聞いた気がして、ぐんぐん前へと進んでいく陛下に駆け寄る。


「陛下、マネキのところに向かっていたはずでは?」

「そうよ」

「今、マネキのところに向かっているんですよね?」

「それはわからないわね」

「いや、何でわからないんですか」

「誰がマネキの居場所を知ってるって言った?住んでいるらしいって言ったでしょう」

「いや、、、。じゃあ何で先導してるんですか?」

「グランベリーの女王は国民の模範となり、支え、道を指し示す者なの。それはこの森であっても同じこと、違う?」

「違うと思いますよ、道わかってないじゃないですか」

「!、、、二人共静かに、何かくる!」


何かを感じ取ったユスラさんの一言に途端に緊張が走る。兵士達は陣形を組んで辺りを警戒し、陛下はするりとグレートソードを抜いて身構えた。近づいてくるものは何かと周りを見渡すが、木々が密集しすぎていて遠くまで見えない。その中でユスラさんはかがんで目を瞑り地面に手を当てている。向かってくる振動を感じているようだった。


「ユスラ!どっち?!」

「右、、、。いや、正面!!」


前方に目を向けると奥からすぐに、キーキーという鳴き声を発しながら木々を揺らして子供サイズの無数の影が迫ってきた。近づいてきてわかる、それは全身毛むくじゃらのサルだった。


「フォレストモンキーです!」


兵士の一人が叫ぶ。数十匹はいるだろうサル達は木の上や地面を駆り、牙を剥き出しにしながら真っ直ぐに俺達の方へと突進してきた。まさに鬼気迫るといった顔つきだ。ユスラさんは先導していた陛下の前に飛び出て両腕を左右に広げた。


「落ち着くんだ森の住人達よ!僕達は君達の敵ではない!話せばわかるっ!!」


いや多分、話は通じないと思う。だがサル達はユスラさんの上空や真横を越え、後方にいた俺達も無視してそのまま真っ直ぐに通り過ぎていった。あれ?といった風にサル達を見送って顔を合わせる俺達に、ユスラさんは振り向きニコリと微笑む。


「わかってくれたみたいだね」


いや多分、わかっていないと思うが、ユスラさんはすごく満足そうだった。しかし、俺達の緊張は解けなかった。サルの郡がきた方から振動が響き、異臭を漂わせ巨大な四足歩行の何かが木々をなぎ倒しながら近づいてきていたのだ。


「ユスラ、前を見て!」

「へ?」

「あ、あれは、あれは、、。ドラゴンゾンビです!!」

「グゥルゥゥゥゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

「なん、、だと、、、」


ドラゴンゾンビと呼ばれたそれは、俺達の前まで来ると苦しみと怒りのこもった咆哮を放つ。周りの木々はその口や体から流れ出る体液によって腐食し森を犯していた。


「なるほど、フォレストモンキー達はこいつから逃げていたんだね」

「ふんっ!だけど、この森にこんなのがいるなんてね!!」

「ううん、この森には、こんなのはいなかったはずだよ!しかもゾンビだなんて」

「執事長。では、こいつは一体どこからきたというんでしょうか?!」

「わからないけれど例えば。、とか」


陛下が、遠くを見つめる俺をにらむ。


「、、、フェブライ。貴方たしか天空島を落としたわよね?」

やってないです」

「でも、関係者ではあるのよね?」

「、、、はい」

「あ、悪魔め!」兵士達は震えている。

「ああ、いいよ!何言っても俺のせいになるんだろ。このドラゴンが天空島にいたかどうかわからないけど、ここまできたらなんでもかんでも俺のせいだよ!」


俺は自暴自棄になっていた。


「そうか、噂に聞く天空島の地下迷宮に存在していたドラゴンがこの森に落ち、なんやかんやあってゾンビになってしまったということなんだね」

「グゥルゥゥゥゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

「でもゾンビでも、話せばわかってくれるかもしれない!」

「、、、え?!無理ですよ」


「おーい」と手を振ってテコテコとドラゴンゾンビの前に歩み寄るユスラさん。もちろん、ドラゴンゾンビは話が通じないから、毒を帯びた爪でユスラさんを攻撃してきた。危機を察しギリギリで交わしたが、大地を抉るほどの強烈な風圧に巻き込まれて空中に投げ出された。


「わー!」両手を伸ばして楽しそうに吹き飛ぶユスラさん。彼は上空で身をひねり、高い木に張り付いた。


「無理だったのか!」

「無理って言いましたよね!ゾンビっすよ!!サルも無理でしたけどね!」

「よし、しょうがない斬る!!」


ユスラさんは腰に装備しているグランベリーの紋章のついたレイピア風の剣を引き抜き身構える。


「直ぐ攻撃に転じましたね!話し合いで解決しようとしてた人とは思えませんよ。ーーー陛下、援護を!」

「ふっ、下がっていなさいフェブライ。多少驚いたけれど、ユスラ1人で十分よ」

「え?!」


「いくよ!」


木を蹴ってドラゴンゾンビの前に着地するユスラさん。バカな、そんなところに降りたらまた爪で攻撃されてしまう!案の定、ドラゴンゾンビは毒の爪を喰らわせようと再び振りかぶった。


しかし、


その爪はユスラさんに命中することはなかった。着地した瞬間だったのだろうか、いつのまにかその両の前足は斬り落とされ、身体から分離していたのだ。遅れて腕からは鮮血が走り、体勢を持ち上げていたドラゴンゾンビはバランスを崩して頭から地面に倒れた。後ろへ飛びのいたユスラさんはレイピアについていた血をピッと降り落とす。



「え?は、速い!いつの間に斬っていたんだ?!陛下、あれはなんてスキルなんですか?!」

「スキルじゃないわ、ただちょっとすばしっこいだけよ」

「すばしっこい?!それで済ますんですか?!しかも切断したの細身の剣レイピアですよね!」


普段おっとりした感じの人だったので戦闘になった時の豹変ぶりに俺は驚愕していた。

しかし敵はさすがにゾンビというだけあって痛みは感じていないのだろう、失くなった腕の代わりに両肘で起き上がるとユスラさんの方に顔を向け低く唸る。すると、口の中が徐々にオレンジ色に輝き出した。


「あれは」はっとしてユスラさんが後ろにいる俺達の方を一瞥すると、その場で大きく飛び跳ねてドラゴンゾンビの注意を上空の自分へと引き付けた。


「こっちだぁ!!」


首を上げたドラゴンゾンビは大きく口を開き、そこから激しく炎を吐き出した。火炎放射のように放たれた炎は空中で逃げ場の無かったユスラさんの身体を灼熱の炎で包みこんでいった。


死んだ!


「ユ、ユスラさーんっ!!くそぅ、なんてことだ!!」


あの位置から炎を吐かれたら俺達も森も危険だということを察して、そのために被害の少ない空に飛び出し1人で犠牲に、、、。惜しい人を無くした。


「何とぉぉ!!」


「え?!」


放たれ続ける炎をよく見ると、ユスラさんは生きていた。そしてその炎の上をどういうわけか走り、ドラゴンゾンビに向かっていっていた。


「へ、陛下?!ユスラさんが生きて、じゃなくて炎の上を?!あれは、どういうスキルなんですか?!!」

「スキルじゃないわ、炎の上を走っているだけよ」

「、、、え?!スキルもなしに何でそんなことが?!!」

「教えてあげる、ユスラは火遊びが嫌いなのよ!」

「いやそれ、まったく説明になってないじゃん!!」


「とどめだぁ!!」


炎を蹴り?さらに上昇したユスラさんは垂直に落下してドラゴンゾンビの眉間にレイピアを突き刺した。


「グゥルゥゥゥゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」


命が尽きるように炎はやみ、断末魔の悲鳴をあげ崩れ落ちるドラゴンゾンビ。そして葉っぱと砂埃が巻き起こる中、地に落ちた衝撃でドラゴンの頭からコロコロ転がって戻ってくるユスラさん。「わー!」この人はイケメンなのに何故か、こういうところがさっきからかっこよく決まらない、、、。俺達の方を振り向き、親指を立てて微笑む。


「ふぅ、やったよラズベリー!」

「おつかれ様ユスラ、、、。でもね!」


衝撃音!


いや足踏みだ。再び前方でドラゴンゾンビが蠢いた。

陛下は「ふん!」と大きく力を込め、腰掛けているユスラさんを尻目にドラゴンゾンビに向かって突撃していった。


「詰めが甘いのよね!」


「なっ、陛下!危なーーーーー!!」


ドラゴンゾンビの眼前で低く腰を落とす陛下、そして。


ーなぎ払いー


グレートソードが舞い、葉が、砂埃が、ドラゴンゾンビの首が、陛下が巻き起こす突風と共に吹き飛んだ。その腕力は女子のそれではない。


「、、、、、、ユスラさん、陛下って今どんなスキル使ったんですか?」

「スキルって何?剣をふるっただけだよ」

「やっぱりそういう回答なんですね、、、あの、、、。剣と魔法の世界で肉体を限界突破させて戦うのやめてもらっていいですか」

「えぇえ?!!」


陛下はくるりと振り返り、グレートソードを肩に担いで俺達の方へ戻ってきた。その後ろでべしゃりとドラゴンゾンビが倒れると、舞い上がった頭部がその上に落ちた。


「やれやれだわ。ユスラ、1人で十分だって話してたんだから、しっかり倒してよね」

「ごめん、ゾンビと戦ったことなかったから」


相手は腐ってもドラゴンだというのに(ん?ここ上手い?)すごいとぼけた会話してるな、強敵じゃないのかドラゴンは。俺は兵士達の方に近寄り聞いてみる。


「あのさ、グランベリーの人達って、みんなあんな強いのか?」

「い、いや、あの2人はちょっと特別で」

「お、お前が暴れたって無駄なんだからな!陛下とユスラさんは神殺し何かに負けないぞ!」

「ああ、まあ、そうだろうな」

「くっ、余裕ということか神殺しめ!!」


純粋に何か勝てる気がしないから言ったんだけどな。俺に対する誤解はどうすれば解けるっていうんだ。

戦闘は終了し、みんなが剣を鞘にしまう。ま、俺の手錠はしまえないけど。



「さあ、先に進みましょうか」

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