第18話 『討伐前夜』海に来ている!!

その日はとても豪華な夕食だった。焼きたてで香ばしい匂いを漂わせるパンと、野菜をふんだんに使った温かいスープ、黄金色のソースがかかったサイコロ状のステーキなど、王国の料理人が作ったであろうその食事に俺は心から歓喜していた。


ちょうど食べ終わった頃に食器を下げにユスラさんが俺のいる牢屋前へとやってきた。ちなみに俺が今いる牢は舞羅さんに破壊されたときにいた最初の牢屋ではない。あそこは左右の壁が破壊されているし、拘束の意味がないから当然といったら当然か。


「ごめんね、囚人用の食事ってよくわからなくてラズベリーのご飯の残った物になっちゃったんだよね」

「いえ、逆に何か申し訳ないです。凄い美味しかったです」

「それは良かった」

「ユスラさん、執事なのに俺みたいな囚人の面倒を見たりとかもするんですか?」

「ううん、ラズベリーから君を見ててって頼まれたからだよ。君は悪い人じゃないみたいだけど、神殺しさんだから城のみんなも近寄りがたいようだしね」

「そりゃそうか。それにしても、ユスラさんと陛下って仲いいですね、陛下と執事っていうか友達みたいな感じで」

「ラズベリーが国を作るって決めた時からの付き合いなのさ、そう幼馴染みってやつだね。僕はこんな性格だから人の上に立つのは苦手だよって言ったんだけど、どうしても国造りを手伝ってくれって頼まれちゃって。本当は王様になって欲しかったらしいんだけど、さすがにそこまでは悪いよって断って執事をやらせてもらってるんだ」


「ん?王様?」


「ふふふ、笑っちゃうよね僕が王冠なんて着けるとか」

「いや、そこじゃあ、、、」

「え?」

「いえ、何でもないです」


え、王様になって欲しいってことはそれもう告白じゃないか?気付いてないのかこの人は。気配りは上手いのに自分のことに対しては凄い鈍感なんだな。これは陛下も苦労してるだろうなぁ、残念なイケメンだ。


ユスラさんは俺の食べ終わった食器を持って一階へと戻る。


「それじゃあ、明日は早いけどよろしくねフェブライさん。おやすみ」

「あ、はい。おやすみなさい」


ユスラさんが上がっていくのを見送り、俺は備え付けのベッドに腰掛ける。あの2人については俺が干渉することじゃなさそうだし、今は置かれている状況について考えるべきだな。




ーーーーーさて。


「おい、とびこか誰か聞いてるんだろ?俺の声を」

『今ならオレがいるぞ』


投げた問いかけにすぐに反応があった。今度こそ確実に聞き取れた。骨伝導イヤホンのような感じに耳からではない声が頭の中に響く。


「いやがったな、カタリ!世界樹に行った時とかの声もやっぱりお前だったんじゃないか!」

『そういうことだ』

「何で嘘ついた」

『嘘は言ってないぞ、言葉を濁しただけだ。しかし、処刑されたかと思ったが無事で安心したぞ』

「うっさいわ!神殺しだからって理由じゃねぇ、お前らが魔物の子誘拐したりバーを破壊したせいで俺はこの牢屋に入っているんだぞ!」

『仕方なかろう、そうなってしまったのだから。そうか今、牢屋にいるんだったな』

「いるんだったな?ってことは見えてはいないのか。何でお前の声が聞こえるのか今度こそ説明しろ」

『レヴァラムゲートにグループ音声チャット機能があるのを知っているか?それをオンにしてある。グループチャットに設定してある部屋にログインすればいつでも交信できるといったものだ』

「俺はしてねぇぞ」

『雪政が河原でとびこに気絶させられた時にオレがスマホをいじって部屋に放り込んでおいた』

「やったな貴様!」


即座にスマートフォンを取り出してレヴァラムゲートの自分のプロフィールを見て調べる。気づかなかったが俺はあの3人とフレンドになっているようだった。


そしてグループに『BW』と名付けられた何かわからないイニシャルのタイトルの欄があり、そこに確かに俺が放り込まれていた。


『セキュリティはしっかりしておくべきだな、2月生まれということで四桁の暗証番号は5回で解けた。だが安心しろ、ちょっとレヴァラムの情報などを見比べたりグループ登録しただけだ。エロい画像は見てないし、オレはそこしか触れていない』

「エロ画像なんて入ってねぇよ!、、、は?オレはって言ったか?!」

『茉莉くんは何回か自撮り写真を撮っていたぞ』

「俺のスマートフォンを回すんじゃねぇ!とびこは!!」

『耐久性と耐水性を見るために河に投げ込んでた程度だ』

「壊す気満々じゃねぇか、何が程度だ!そこは止めろよ!!」


スマートフォンをよく見ると擦れたような傷が無数についていることに気づいた。もっとも俺のスマートフォンはちょっといい耐水性とフィルターやカバーなどでコーティングされていたから、本体は無事のようだ。


何かにつけ追撃して次々と事件をおこしてくる奴らだから油断はできないと言う感覚を思い出した。明日 俺は陛下達と迷いの森へと行くが、そうなるとグランベリーが危険かもしれない。


「カタリ、俺と陛下の話は聞いていたな?」

『どの辺だ?』

「魔導士マネキのところだ」

『ん?魔導士マネキ?そこは知らないな。雪政が国に火を放て、と言った後は移動のために一度全員ログアウトしたからな。それ以降は、さっきいた男との会話ぐらいしかわからん』

「火を放てとは言ってねぇよ!!火を放つために移動したわけじゃないよな?!」

『まだだ』

「まだ言うな!話が脱線したが、俺と陛下達で、明日、迷いの森という所に住む魔導士マネキを捕まえに行くことになっている、そこで」

『その隙に火を放てというーーー』「しつこいぞ!ついてこいって言いてぇんだよ!!朝、城の門が開いたら俺達が出ていくのがわかるはずだ、それに同行するんだ」


ーここでー


茉莉花がログアウトします。って言っていた所から会話を聞いていないとしたら、俺と陛下が協力してカタリ達を捕まえるって話は知らないはずだ。これはチャンス、マネキの捕獲を手伝わせた後に一緒にこいつらも捕まえるんだ。ふっふっふっ。


『それは難しいな』

「何っ!なんでだ」


まさか、勘づいたか!


『移動した、と言ったな』

「ああ」

『オレ達は今ーーー』

「今ーーー」




『海に来ているっ!!!』


ザッパーンッッ!!


激しく打ち寄せる波の音がカタリの声の後ろから聞こえて来る。

あいつは多分、断崖の波打ち際で夜の海を眺めながら腕組みして俺と会話しているんだろう。そんな光景が脳裏に浮かんできた。


「、、、、、、、」


俺は後ろから聞こえてくる波の音に耳を傾けながら、牢屋にあるランタンの火をぼうっと見る。

呆れ果てすぎて感情が死ぬ、、、。


こいつらが俺を助けに来ないという話ではなく、

こいつらが国を火の海にするという話でもなく、

そもそも、こいつらはもうすでにこの街にいないのだ。



これが俺のパーティ!!!



「、、、、、、あのさぁ。お前ら、俺が無実の罪で捕まって牢屋に放り込まれているって時に、何で海に行ったんだよ」

『理由がある、聞いてくれるか?』

「言ってみろ」

『泳ぎたかった』

「でしょうね、数ある理由の一つだわ」

『雪政』

「なんだ」

『必ず救い出してみせるからな!』

「やかましいわ」


俺はそう吐き捨て、BWのチャットルームの退室ボタンを押した。

すると一瞬で静寂が訪れ、カタリの声も波の音も聞こえなくなった。



静寂の中で俺はここまで旅をして来た事を振り返る。色々あったなぁ。

スマホゲームのレヴァラムゲートからこのメルセシアの世界に召喚されて。


神を倒し、天空エリアを消滅させ、仲間を食べ、世界樹をひっくり返し、魔物の子を誘拐して、魔物の大軍を仕向けて、パンツを盗んで、ギルド施設を破壊して、、、。



腹が立って来た。


「くそっ、あいつらぁ!厄介なことばかり押し付けやがって!!何がフレンドでグループチャットだ!俺を置き去りにして、海にいるってどういうことなんだよっ!ふざけ倒しやがって!!邪神を一緒に倒しに行くって目的はどうしたんだぁぁ!!!」


誰もいない牢屋内で俺のストレスが爆発し、力の限り叫び吠えた。

さっきまで仲間を牢屋にぶち込んでやることしか考えてなかった俺が邪神を持ち出すのもどうかと思うが、それよりあいつらの行動で俺だけいつもとばっちりをくらうというのがどうしても解せんのだ。


勢いにまかせてフレンド登録を切ってやろうと思ったが、行動を少しは把握できる繋がりをもっていないと不安があるからこのまま放置するしかない。

俺は指を震わせ必死に削除衝動を耐え切った、、、。


「はぁはぁ、もうあいつらのことを考えるのやめよう。頭痛がするわ」


少なくともグランベリーにこれ以上の被害が出ることはないようだし、そうだ、明日のことを考えて備えるとするか。



パラメータを上げることにしよう。俺には神と天空島を落とした時に残念ながら得た、割り振っていないスキルポイントが大量にある。ラーニング能力とカタリの鳥の翼バードウイングスにしか使ってないから身体能力や技や魔法などにいくつか振っておこう。


《技や魔法などのスキルは職業のレベルを上げていくことで得ることができる》

《職業レベルはその職業で戦闘や能力の使用を繰り返すことで上がっていく》

《得たスキルはスキルポイントを使って解放して覚えることができる》


というのが基本で、


《本を読んだり伝授などでも覚えることができる》

《身体能力系はスキルポイントさえあれば上げることができる》


飛空やラーニングは身体能力系だからスキルページを解放していくことで簡単に覚えることができたな。

しかし、このラーニングだけは本当にチート技だ、、、。鳥の翼バードウイングスを覚えたかっただけなのに職業レベルの向上と、能力発動中に使えるスキルまでコピーしている。この『垂直急上昇』とか『鷹の目ホークアイ』とかの技は、オリジナルの技だろうが、まさかこんなスキルまで得てしまうとは、、、。


もっとも。鳥の翼バードウイングス以外は追加付与でパラメータを上げないと活かしきれない。俺の鷹の目ホークアイじゃカタリほど遠くを見渡せないようだ。


俺のパラメータはどうなっているんだっけ?

レヴァラムゲートはレベルでパラメータが上がるわけではなく、スキルポイントによる能力値向上のゲームだったからな。


うん。


やっぱり、鳥の翼バードウイングスをカタリと同等に使えるよう、スピードやディフェンスの値がかなり上がっている。ほぼ初心者の俺だったからこのパラメータの上昇率はヤバイな。


職業は変化があるだろうか?まぁ、盗賊はマスターするぐらい上がってしまってはいるだろうけど 、、、。


まず、基本の職業の

【戦士】がレベル17。


【武闘家】がレベル8、

【魔法使い】が4に、試しにやってみた

【占星術師】と

【賭博師】が2。他の職業は特に変わりなし。

そしてーーー。


【盗賊】がレベル1500か。



「、、、、、ふっ」



俺はベッドから立ち上がり、2歩前に進んでベッドの方を向く。


「プロの犯罪者じゃねぇかぁぁああ!!!!!」


ベッド目掛けてスマートフォンを投げ飛ばす。


「あっ!」


ここで、ある誤算が生じた。俺はカタリの飛行能力を丸コピしてから自分の身体能力をここまで強く発揮したことはなかった。鳥の翼バードウイングスを完全に使えるための身体向上、その中に含まれている【投擲とうてき】の圧倒的上昇値に気づいたのは、スマートフォンが光を放ちながらベッドに飛んでいった瞬間だった。


ベッドに投げられたスマートフォンは激しく天井までバウンドし、天井から地面、また天井と光の帯を纏いながら上下にバウンドを繰り返す。さながらブロック崩しのように、収まる事なく高速で牢屋を破壊し続ける俺のスマートフォン。


「やばいやばいやばいやばいっ!!」


俺は慌ててスマートフォンを掴もうとしたが速すぎて手が出せない。しかも痛そうだ。


「えぇい!鷹の目ホークアイ!!」


俺は鷹の目ホークアイのスキルを発動する。強化されていないスキルだったが、この距離でスマートフォン本体の姿を捉えるには十分だった。牢屋内を破壊しているスマートフォンだったが、投擲の能力が高いせいか本体は無事に形を保っているようだ。


「捕らえた!」


次のバウンドで捕まえる!!(ところで俺は1人で何やっているんだ)


俺はベッドに備え付けてあった枕を野球のミット代わりにスマートフォンの軌道に合わせて差し出した。しかし、最後のバウンドでスマートフォンは破壊による地面のわずかな段差により鉄格子の方に軌道を変えた。


「しまっ!!」


俺の伸ばした手を紙一重ですり抜けスマートフォンは水筒が通るほど間隔が開いている格子間から俺のいる牢屋外へと飛び出して行った。

牢屋外を次々と破壊するスマートフォンを俺は止めることができない。数分間それは牢屋外を暴れ回った後、俺の視界の外で音と姿を消した。


「、、、、、、、、、寝よう」


俺は悪夢から覚めるために夢の中へと逃避することにした。




ー翌朝ー



「なんだ!この地下牢獄のありさまは!!うわぁ!」

「うわぁ!見ろこれ!うわぁ!」

「うわぁ!これはひどい!やったなぁフェブラァイッ!!!」

「はい、すみません。やりました」


昨日の衛兵達が牢屋の惨状を見るなり、待っていましたと言わんばかりに必要以上に騒ぎ立ててくる。こればかりは自業自得であるため、謝ることしかできない。奇しくも衛兵達の期待に応えてしまった自分を殴りたい。


「黙って捕まっていることもできないようね。そこにいながらどうやってここまで牢屋全体を破壊できたか知らないけれど、貴方の警戒レベルを引き上げた方がよさそうね。言い訳でもしてみる?」

「すいませんでした」


迎えにきた陛下とユスラさんに向かって、俺は土下座し深く謝罪した。


「、、、、、、準備はいいわね?行くわよ」


ユスラさんが俺に手錠をかけて牢屋を開ける。ユスラさんも事態がよくわからず困った表情をしている。


「すいません、森に向かいながら説明させていただきますので、、、。あの、そこら辺に俺のスマートフォン落ちてないですか?」

「あのデバイスかい?んー、ちょっと見つからないね、後で探しておくよ」

「そうですか。はい、、、ありがとうございます」


結局、パラメータは上げることができなかったし、スマートフォンも見失ってしまった。仲間の動向すら察知することもできなくなり八方塞がりな形となってしまったが、今はとにかくできることをしよう。自分ができる技スキルなどはスマートフォンで確認しなくても自然にわかっているし、あの投擲だって役に立つはずだ。多分。


俺を含めてマネキを捕獲に向かう人数は6人。ラズベリー陛下、執事長のユスラさん、そしてマントを羽織った兵士と思われる人達が3人。彼らはマネキを捕獲に行くという事より、俺に対して緊張しているようだった。ぴりぴりとした雰囲気が伝わってくる。神殺しだもんな、、、。


城の門が開き俺達は外に出る。牢屋ではわからなかった今は陽が完全に上っておらず名残のある夜の冷気が肌を少し震わせるそんな時間のようだ。外門へ向かうためグランベリーの城下町を通り街並みを眺めると、俺がこの街に来た時とは違い、お店の開店準備をする人達だけが忙しく動き回っているような状態だ。


「おや、陛下、お出かけかい?」

「ええ、ちょっと魔導士狩りにね」

「ははっ、気をつけて行って来てくださいよ。ユスラさんもね」

「うん、ありがとう」


陛下達は街の人とずいぶん気さくに会話をしている。これがこの国のあり方なのだろう、王と国民というよりは家族であるといったようなそんな雰囲気を漂わせる。

外門から出る俺達を街の人達は暖かく見送ってくれていた。



ただ、町娘のナナさんだけは軽蔑するような目で俺をみているのだった。

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