調査記録

▶︎『絶対王者モグライド』海外流出に関する経緯

                  ▶︎


 物好きだね。

 話すのはいいけど、もう半世紀近く前のことだし、記憶あやふやだよ。

 そこは割引いて聞いてくれよ。

 その前に、煙草くれない?

 

 ……ありがとよ。

 止められててね、医者には。

 いい店だろ。

 今じゃ吸える店は限られてるからな。

 頼むならコーヒー以外にしなよ。

 沼飲んでる気持ちを知りたきゃ話は別だがね。


 簡単に言うと、その頃俺はガラクタをツテを見つけて金に変える仕事をしていたわけだ。

 例えば、そうだな。このティースプーン。

 どこにでもある、ありふれたこのスプーンを金に替えたりする。

 それが一本なのか、この店にある全てなのか、それとも工場一個分なのかで換金する方法が変わってくるわけ。


 知ってるよ。

 だから俺がいらなくなった。

 素人も指先一つで平気で俺たちの領域に踏み込めるようになったからな。

 ただ、あの頃はまだ有効な能力だったってだけで、今じゃお払い箱。

 ついでに人生ももうすぐお払い箱だしな。

 ここ笑うとこだぞ、ねーちゃん。


 そんな物が四六時中から俺の店に持ち込まれてきたから。

 湾岸通り沿いの、そんなに大きな店じゃあない。

 すぐにツテを頼って換金したからね。

 右から左。

 他の奴と違うところは、俺は金に変えるまでの時間が短かった。

 溜め込まない。

 店に物が溢れている奴は無能さ。

 自分には金を作る才能がないって、でかい声で言っているようなもんだから。

 だから持ち込んだ奴には即金で払えたし、おかげで人気者ってわけだ。


 サラ金とか銀行の借金のかたに取られたものが多かったからさ。

 そっち系は上顧客。

 倒産した会社が丸々俺の倉庫に引っ越してきたりするわけ。

 言っても、めぼしいものは先に取られているわけだけど。

 土地の権利書とか、株、金券、債権、時計、金庫の中身、絵画、陶芸品、宝飾品なんてものはこっちには流れてこない。

 そういうのは目の細かいザルで丁寧に越し取られている。

 余ったデカブツとかガラクタが俺の領分。

 それをニコニコ現金払いで買い取って、そっからが俺の勝負。


 そいつを持ち込んだやつが誰だったのかは覚えてない。

 ブツも正直覚えちゃいなかっただろうな。


 いや、おっさんが怒鳴り込んで来たんだよ。

 原版がどうしたこうしたとか。

 それで覚えているわけ。

 デカい段ボールに何巻も放送用のリールが入っていて。


 んー。箱に何書いてあったかとかは覚えちゃいないね。

 ただ、これ国内で捌くと面倒なことにはなるなと思って。

 中身が入っているってことは、買った奴が流す可能性があるからな。

 辿られるのは嫌なんだよ。

 だからミツモトっていう日系二世に渡して。


 そりゃわかんないな。

 アメリカには確実に一回入ったと思うけどよ。

 そっから先は俺の領分じゃない。

 言うように南米に流れても不思議じゃないよ。

 それがアメリカ経由だか、直接だかはわからんし興味もない。

 長生きしたかったら、売った先のことは追わない。


 ミツモト?

 下の名前は知らないな。

 十中八九偽名だし、多分死んでると思うよ。

 長生きできるような仕事じゃないから。

 取引相手の中で長生きするような奴は誰もいない。

 俺が荷物と一緒に厄介ごとも押し付けるから。

 おかげで俺の手元には金が残るし、面倒も消えていく。

 いい仕組みだろ?


 怒鳴り込んで来たおっさん?

 アニメがどうしたとかすごい剣幕だったよ。

 タイトルは言ってたかどうか覚えてない。

 言ってる通りなら、アニメの権利元奴かもな。

 名前?

 どうだか覚えてねえよ。

 四、五十ってとこ。

 胸ぐら掴んで来たから、殴り倒して二、三本歯を折ってやったよ。

 てめえがちゃんとしてないから借金の形に取られたんだろって話で。

 そんなに大切なもんならそれを守れるようにてめえが努力しろって。

 俺に突っかかってくるなんてお角違いだぜ。


 これでも若い頃一角のボクサーでよ。

 一応日本ランキング▶︎▶︎ ■ ▶︎りがとよ。もう二度と吸えないかと思っていた。


 いや、もうあそこには戻らない。

 誰かの世話になるのが嫌なんだよ。

 ねえちゃんのお陰で歩けるから、そこのホテルにでも行って、美味いもん食って、煙草吸って、風呂入って、布団に入ってそれでしまいさ。

 もう五年若きゃねえちゃんを口説いたけどな。

 何でも一人でやってきたから。

 とにかく最後くらい一人になりたいって。

 今はそんな気分なのさ。




 二○一六年一二月三日土曜日。

 芝公園横の喫茶店にて。

 話、杉岡浩三。八十三歳。

 住所不定。

 芝総合病院に入院中。

 以上。


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