▶︎ ■ ◀︎◀︎ ■ ▶︎ ▶︎▶︎ ▶︎04_b.目付

 さぁて、話を大分巻き戻すよぉ。

 ギュルルルルー。


                  ◀︎◀︎


 ガチャリはいストップ。    

 さっきボクらがいた時点から、四十五億年前。

 つまり地球っていう宇宙の中の石ころが太陽の周りをせっせと四十五億周もする前。

 大分戻ったねぇ。

 ご紹介、地球の魂管理担当になったボクらがミカちゃん。

 拍手〜!

 って言っても五感では観測できないけど。

 ミカちゃんは人格とか自我とかいうものは無いし、固定化された形も、呼称すらも無い魂の塊みたいなもの。

 それだと不便なので、ボクら『使い』は親しみと畏敬いけいの念を込めてミカ、と呼んでいる。

 そしてミカちゃんは、地球がまだアツアツの岩の塊だった頃からそこにいた。


 そう、ミカちゃんは地球誕生の時から、魂と呼ばれる情報とエネルギーの集合体を管理する役割を担い続けて来た。

 地表が水で満ち、微細な生物を魂の精錬と増殖の依り代として安定的に使えるようになってきたのが四十億年程前。

 ここから暫くは本当に大変だったらしい。

 もちろん大変というのは、ボクの主観的な感想。

 何せ、ミカちゃんに人格はないからね。

 この星の海を覆う海の中にいる、文字通り天文学的な数字の、個の差異さえ明確でない微細な魂の精錬機構群たち。

 その極端に発生から消滅までの期間が短い生物たちの魂の回収と配分をミカちゃんだけで何十億年も担当。

 地味で地道な日々。

 原核生物から真核生物へ、単細胞から多細胞へ、藻類を経て植物は陸上へと進出。地表を覆い、魂の総量を増大させて行った。


 そして質に変化をもたらしたという意味で革新的だったのは、動物性プランクトンの発生だ。

 彼らは自律的に動くこと、他の生命体を捕食して自分の生命活動を維持することで、自我や自意識といった精神活動の萌芽を内包していた。

 動物を食べる動物の発生、性差の発生、大型化などの進化を見せることで動物はより感情を複雑化させてゆく。

 そう、魂に感情や意思という要素で変化を与えられるようになったのだ。


 あ、植物には感情や意思がないみたいなことじゃあないからね。

 彼らは所謂いわゆる動物とは違った思考思想体系に属するだけで。

 個体で千年単位で生きる種もある生物のを動物的な思考で捉えようとしてもねぇ。まぁ限界あると思うよ。

 はいじゃあこの議論はお終い。


 重要なのは、植物で魂の総量を増やしてゆき、動物と呼ばれる存在でその魂の複雑化の速度を促進させていったってところ。

 ミカはその過程で、心や思考が複雑化すればする程、精錬の速度も質も相対的には高まることに気づく。

 その中で他の生物と比べ、自我や感情、思考といったものがより複雑化した猿の中のある種族に注目。

 その猿の集団を集中的に観測し、精錬された魂の再分配を繰り返した。

 同時にその魂から生成した、この猿の集団の魂を管理するための七つの『大連鎖だいれんさ』、『七連鎖しちれんさ』が形成される。


大連鎖だいれんさ』はその名が示すとおり、大きな魂の連なり。

 それ単体では独自に活動をすることはない。

 大きな魂の巣のような存在だ。

 それからぷくっと小さな塊が千切れて『小分枝しょうぶんし』となり、個体として、言わば生物のように活動する。

七連鎖しちれんさ』に分類される『大連鎖』から生まれた『小分枝しょうぶんし』には、ある程度人に類似した人格やら自我というものが芽生える。

 主に人間由来の魂から形成されているのがその理由。

 要は、振る舞いがちょっと人間じみているってわけ。

小分枝しょうぶんし』はミカちゃんの意思を実現するために忠実にその役割を行なったあと、『大連鎖だいれんさ』へと戻って情報を初期化。新たに加えられた人間の魂と混ぜられてから再び『小分枝しょうぶんし』へ分化し、魂の精錬作業へと従事する。


小分枝しょうぶんし』の役割は二つ。


 一つ目は魂の付与。

 動植物の身体に魂を与えて、肉体を媒介とした魂の増殖と精錬をさせること。

 魂は肉体という物質的要素を媒介としないと、変化を与えることができない。

 生物は発生と同時に外的要因によってその魂に刺激を与え続ける。

 外的要因とは捕食や生殖に伴う快楽や、生存競争や死の危険に直面した時の心的負荷、より良い生存環境の確保に伴う競争や学習などで、所謂いわゆる生命活動ってやつ。

七連鎖しちれんさ』に所属する『小分枝しょうぶんし』の担当は、人類のみ。

 他の生物への付与は別の『大連鎖』がやっている。


 二つ目は魂の回収。

 動植物がその生命活動を終え肉体を通じた魂の精錬の終わりを迎えた時に、その成果物を回収すること。

 こうして回収された魂を、ミカちゃんの大方針に従って再分配する。

 複数人の魂を合わせて初期化。それを再びいくつかに分けて人間へ戻すというのが通常。

 あとは人の魂をフンコロガシとウシに寄生するサナダムシとヤゴとふきのとうとカブトムシとツチノコとジャイアントチューブワームと大連鎖その他諸々に分配とかさぁ。

 あ、ツチノコうそうそ。

 人間に動植物の魂を混ぜて初期化することもある。

 当たり前だけどこれは全くネガティブな事ではない。

 人間だけの魂で精錬を続けると、自家中毒を起こしてロクな事にならないし。

 因みに人間だから高、動植物だから低みたいなこともない。

 ミカちゃんの前では全ての魂は等しく価値を持つ。適材適所ってだけ。


 そうやってボクら『小分枝しょうぶんし』は魂の精錬をしているわけだけど、基本的には生命活動を行なっている途中のものに干渉をすることはない。

 生命の付与も生命の刈り取りも、生物の自然な発生と自然な死の条件において行なっている。

 たまぁにボクらに感づく人間もいたりして、天使だの死神だのって言って崇めたり忌み嫌ったりするけど、両者は全く同じなのですよ。御愁傷様だけど。


 しかし、は不干渉と言ってもってのがあるのは世の常で。


 地球が発生して以来の魂の管理者であるミカちゃんは、気まぐれを起こすことがある。

 あ、ミカには自我とか(以下略)。

 時に『恩寵おんちょう』と呼ばれる特別に出来よく精錬された魂を生物に分配してさらに練度を高めたり、あるいは『小分枝しょうぶんし』の中でも地上への干渉を目的として『小分枝しょうぶんし』を送り、生物たちの魂の精錬に直接関与したり。

 その実働を担うのが、『小分枝しょうぶんし』の中でもボクやレヴィアのような存在。

『使い』と呼ばれる存在ってわけ。


 なぜ『小分子しょうぶんし』の中でもボクらのような存在が必要なのか。

大連鎖だいれんさ』から離れたばかりの『小分枝しょうぶんし』に肉体を与え、地上に送ったとしよう。

 出来ることと言ったら路頭に迷う事だけだ。

 分裂したての『小分枝しょうぶんし』には自我も意思もあるけれど、人間社会に関する知識というものがない。

 人間には言語の他にも社会制度、文化や風習、さらに性や年齢・所属している組織などで、有形無形の決まり事が存在する。

 そのことを理解しないと、仮に肉体を与えられても人間に干渉することはできない。単に異物として排除されてしまう。

 だから、ボクら『使い』は『大連鎖だいれんさ』から離れて以降統合、初期化されることなく人の世の知識を蓄えている。


 一度ひとたび干渉が必要となれば、ある時は母体から通常の生命として誕生し、ある時は今回のように物質的な依り代を生成してそれに宿り活動することになる。

 じゃあ全ての『小分枝しょうぶんし』を『使い』にしておけばいいじゃんって思ったあなた。

 まぁそういう考えもあるよねぇ。

 けど現実にはそうはいかないわけで。


 肉体を通じて魂を精錬するのがボクらのお仕事の一環だけど、裏を返せば魂は肉体を通じてしか良好な変化を与えられない。

小分枝しょうぶんし』として『大連鎖だいれんさ』から分裂したまま活動し続けると、段々魂が劣化をしてくる。

 それを防ぎ知識などを維持したまま一貫した人格として存在するには、多量の魂が必要となってくる。

 ボクらはミカちゃんにとって結構燃費の悪い贅沢品ってわけ。

 だから、大量に保持しておくことができない。

 また、人体の生成をする場合にも大量の魂を消費する。

 近所にお使い行くみたいに気軽に地上に降り立てるわけじゃないってこと。


 あとはミカちゃんの方針、過剰に生物に干渉せず、だ。

 自我を備えた『小分枝しょうぶんし』が際限なく増えれば、ミカちゃんの意図を超えて勝手に動く輩が出ないとも限らない。

 それが悪意を持ったものか、それとも単なる過失なのかは置いておいて。

 極端な例を言えば、『小分子』が自らの知識を得たまま人間として世に生まれ落ち、神の如く振舞うことも可能なわけだ。

 そうした愚行を起こさせないように、ミカの手の届く範囲以下に『使い』の数は抑えられている。

 ミカちゃんが管理したいのはあくまで成果物である魂。

 地球上の魂の精錬機構群であるところの生物達を思うがままに操作したいわけじゃない。


 そいでもって、映えある『使い』として、要はミカちゃんの下僕として働き回るボクの今回の目的である凍江こごえクンの場合はというと。


                  ▶︎▶︎


「レヴィアさぁ、ミカちゃんの計画は凍江こごえクン込みで計画されたわけだろぉ? まず凍江こごえクンが生まれて、両親から音楽に関する教育を先に受ける。少し後に咲が『恩寵おんちょう』の魂を持って生まれる。元々咲には素養があるけれど、凍江こごえクンは先に生まれた者として知識や経験があるから、兄妹一緒になって音楽の道を歩むことになる。そうやって、咲の魂の精錬の練度がどこまで高まるのか観測しようっていうのが、今回のお題だった訳だ」

 レヴィアこと乙連鎖帯七五小分枝二ノ一ノ七が作った杏仁豆腐をスプーンの先でつつきながら問いただす。

 あぁ、この世界での名前は久慈くじだったっけ。

「そうだ。だから凍江こごえに関しては『恩寵おんちょう』は与えられていない。言わば凡庸な魂だ。だからこそ二人を双子として受胎させてしまった私にとがはなかった」

 ふうん。

「『孫請け』の猫はあんな姿になっちゃったけどねぇ」

 割と直球で嫌味をぶつける。

「確かに凍江こごえの助力は期待できない。だが、咲には『恩寵おんちょう』の魂がある。ミカに愛された魂だ。単体で放っておいても目覚ましい変化が見られるだろう」

「まぁね。異存いぞんない」

「なら、なぜ凍江こごえにアスモが付くのだ」

 ゆっくりと息を吐きながら、レヴィアはボクを見下ろすように背もたれに体を預ける。

 

「お前が関与したところで、凍江こごえの魂の練度はそこまで高まらない。それに日本の音楽の高等教育は一度落伍らくごした者が容易に復帰できる仕組みになっていない。音大は閉鎖的な世界だ。その大学に所属する教授の指導を受験前から受けてない者が合格する事は無い。そんな事はお前にだってわかっているだろう」

「それ国立の話でしょ。大体ボクは入ったし」

「新設の学部だろ。凍江こごえに同じ事してもそこでの飛躍は期待できないぞ」

「よくご存知で」


 レヴィアの作る料理は命の味がする。

 何かに取り繕ったりしない。

 食後の杏仁豆腐も街の中華屋から出てくるゼリーみたいなスカスカで、小豆やら缶詰のミカンやらが乗っているやつじゃない。

 杏の種を使った密度がしっかりとある、コクのあるものだった。

 肉体を持つ者だけが味わえるその濃厚な感覚に感謝しつつ、レヴィアに反論をする。

「ボクだってミカの許可は取り付けた。凍江こごえクンは確かに今は音楽の道から外れている。けど、元はと言えば音楽一家に生まれちゃいるんだ。素地はある。ボクはちょっとその道に戻してあげる手伝いをすればいい。すごく良いものを持っているんだ。保証する」


 レヴィアはため息をついた。

凍江こごえが仮に音楽の道に戻ったとしよう。それにしても奴がその命が終わる時、奴の魂の練度はアスモが今回消費する魂に見合うものか? 達成できてなければ、お前の魂で贖う事になるんだぞ」

「まぁ言われたけどねぇ、ミカちゃんに。もうすぐニホンカワウソが絶滅しそうだから、それを日本中に溢れさせるのも悪くないかぁって」

 もちろんその時の魂の元手はボクのものが使われることになる。

「なら」

「いやさぁ、ボクは別に自分と認識されるの存続とか全く興味ないから。所詮ボクらはミカちゃんの下僕だよぉ。あの子の魂の精錬がどうなるかを第一に考えるべきさ」

 そしてボクは凍江こごえクンの可能性に賭けている。

「アスモ、お前自分が他の『使い』から何て呼ばれているか知っているか?」

「自分の事には興味ないって言ったじゃん」

「最優」

「そりゃどうも」

「お前は最古参の一角だ。その知識や経験が消え失せる事で、ミカがどれ程の損失を被るか考えた事があるのか」

「ない」

「……少しは魂を混ぜる事を検討してくれ」

「だからそれはやらない方針でやってるからさぁ」

「お前の魂の総量、前回来た時に計らせてもらったぞ」


 杏仁豆腐の器をテーブルに置く。

 美味しかったよ、レヴィア。本当にキミには感謝をしている。

「必要最低限だ、現状を維持するのに。その分だと地上で活動し続ければ四年は持たない。その前に道筋立てられるのか」

 増長するから言わないけど。

「だから記憶に鍵掛けて劣化を緩やかにしているんだろぉ。まぁキミに無理矢理開けさせられたけど」

「お前が魂を摂取すれば、万事問題解決だろ。存続期間が延びる」

「止せよ。人の魂の精錬してるのに何でその魂を消費しなきゃならないのさぁ」

「なら!」

 拳が机の上を叩く。

 食器が一斉に悲鳴を上げる。

 沈黙。

 耳鳴りがする。


「なら、何故ドレスデンで私を助けた!」

 語気は強い。

 レヴィアの顔は色が濃く、電灯の光では表情は読み取りにくい。

 けど、その目からは感情が溢れている。

 それは、困惑だ。

 あぁ、可哀想なレヴィア。

 ボクを憎めば、まだ楽なのに。


 ぼくは机越しにゆっくりと手を伸ばして、拳を量の手で包む。

「それでも、消えたくないと望んだのはキミさぁ」

 硬く握られた手は細かに震えていた。

 氷を溶かすように辛抱強く両手で包み続ける。

 やがてその振動は緩やかになり、筋肉の強張りが取れてくる。

 それをぼんやりと待ちながら、多分ボクは誰かと体を重ねてみたいのかもなぁとぼんやりと思った。

 勿論『使い』と人の子なんて生まれたら、地上の摂理に対する重大な違反だ。

 試みるだけで消される理由になる。

 まぁ、目の前の奴にお願いすれば簡単なんだろうけど。

 現状の身体構造は互いに女だしねぇ。

 子を成すことはない。

 まぁ、さ。ボクらの存在は自己の願望を叶えるためにあるわけじゃあない。

 この思いつきが口に出されることはない。


「すまない、取り乱した」

「気にしないさぁ。肉体が魂に干渉する。キミの本質とは何の関係のない反応だよ、レヴィア」

 ゆっくりと手を離し、体を自分が座っていた椅子へ戻した。

「アスモ、別にお前の能力を疑っているわけじゃない。だが、お前は自分で考えているよりずっとミカにとって、そして他の『使い』にとって重要な存在だ。消滅は許されない。監視は続けさせてもらうぞ」

 ミカにとって、ねぇ。

「邪魔さえしなきゃどうぞご自由に」

 そう言うとボクは食後のコーヒーを飲む。

 レヴィアも湯呑みを口にする。


 ……


「だからいつまでお前そこで茶啜ってるんだよぉ! 出てけぇ!」

 テレビのスイッチまで入れやがってお前の家じゃないんだぞ!

「や、か、監視させてもらうって言っただろうが」

「何でボクの家でなんだよぉ! どうせ『孫請け』使ってんだろぉがどこだってできるだろレヴィアくらいの能力あれゔぁあ!」

「しかし、ここにいた方が効率的……」

「お前がいたら凍江こごえクンが来た時に萎縮するだろぉが出てけ!」

「こ、ここに呼ぶのか凍江こごえを……」

「もうとっくに来ているんだよ何ならボクの裸だって見てるんだからなぁ!」

「お、お前もしかして『強い力』使ったりしてないだろうな」

「はぁ? 使うわけないだろぉがそんなお子ちゃまな手!」

 魂の残量的にも問題あるしねぇ。

「じゃあどうやって」

「契約だよ契約。賭けが成立してちゃんと勝ってんだから何の問題もないだろうが!」

「どうやって締結した」

 しっつこいなぁ。まぁ目付けなんてそんなもんだけど。

 ボクは懐を探ると赤い平べったい箱をレヴィアに向かって放った。

 長くしなやかな指で受け取ると、箱を開けて身を引っ張り出し、怪訝な顔をする。別に『使い』だって全知全能ってわけじゃない。


「何だこれは」

「こんぶの駄菓子。塩分と水分、それとアミノ酸。情報乗っけるには丁度いいだろぉ。さっきバス降りる時に渡したから。確証は無いけど食べてると思うよ」

 誰か他の人間が食べても問題ないし、食べてなかったとしてもまた今度渡せばいい。

 何より安価で手に入りやすいし、保存期間も長い。

『弱い力』を記録する媒体としては最高だ。

「……とりあえず今日は私のねぐらに戻ることにしよう」

「取り敢えずじゃない今後もそうしてくれよなぁ」

 ため息を付きながら立ち上がるレヴィアを見て、あっと思い出す。


「待てレヴィア」

「何だ」

「三つお前に頼みたいことがあった」

「……言ってみろ」

 何でちょっと嬉しそうなんだよ。

「まず食器片付けて洗ってくれ」

「私はお前の監視役であって家政婦では……」

 じゃあ何で料理作って待っていた?

「人の家勝手に上がり込んだ罰だ」

「……勘違いしているようだが、ここは私の家だぞ」

 え、どうゆうこと?

「不動産屋に聞いてみろ。ここの不動産登記は久慈の名前になっている」

「あー、道理で……合鍵持ってんのかよぉ」

 変えよ。

「だからって勝手に上がり込んでボクの冷蔵庫のものを使っていい理由にはならない。洗っていけ」

「……わかった」


「二つ目。その格好はやめろ」

「だが」

「やめろ。ただでさえお前の今の姿は日本じゃ目立ちやすい。ウェディングドレスはやめろ」

「……善処する」

 何だよ善処って政治家か。


「三つ目。家出て行く前に記憶に鍵掛け直していけ」

 一人じゃ出来難いからねぇ。

 ここに来る前はミカにやってもらったけど。

「……わかった」

 レヴィアはいそいそとこっちまで来て、ボクの椅子の横に立つ。

 それでパンツを脱ごうとしたので椅子から立ち上がり足に蹴りを入れた。


「痛った! 何をするアスモ!」

「こっちのセリフだろぉが! 何をしようとした今!」

「だから鍵を掛けようと、記憶の」

「パンツ!」

「下半身同士の接触で行こうかと」

「さっきやったみたいに口唇接触で良いだろうがぁ……」

 不承不承といった様子のレヴィアに椅子を近づけて、その上に立つ。

 これで身長差は解消。

 顔を近づけて来たけど、まぁ始める前にこれだけは言っておくか。

「そういえばお前のサイドカーに蹴り入れた。一応謝っておくよぉ」

「知ってる。街の板金工に叩き出してもらうさ」


 目を閉じるとレヴィアから漂うサフランのような香りを感じる。

 凍江こごえクンがいつも石鹸の香りがすることをぼんやり思い出す。

 背中に腕が回される。

 ボクも体の安定を求めて首に手を回す。

 レヴィアの大きな胸がボクの胸に押し付けられ、唇同士が軽く触れる。

 隙間からゆっくり舌が入って来るけれど、さっきみたいに拒否したりはしない。

 ボクの舌先が、レヴィアのを迎える。

 体全体が暖かい。

 ボクの髪がレヴィアの手でかき上げられ、密着度が増す。

 それを心地良いと感じている自分に気がつく。

 厄介だよなぁ、つくづく肉体ってやつは。


 唾液が絡まる度に脳に直接手を突っ込まれるような感覚に襲われ始める。

 意識が徐々に遠のく。

 待っていて よ、凍江こごえク ン 。

 キミは望んで いる、 自 分 は本当は  歌いたい  んだって。

 わか るん  だ、  キミ  の声 を聞く  と  。


 ボクは キミ を  必 ず良い 歌 い 手   にン……


                  ■

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