第3話 俺と藤吉郎
「やあ
目の前にいる三毛猫の獣人が声をかけてくる。
ここは夢の中だ。
「どうした?
「ふん。何でもない」
そっぽを向くのだが尻尾は嬉しそうに揺れている。
これが俺の親友、藤吉郎の本来の姿だ。二足歩行をする人型で、全身に毛が生えている猫人間なのだ。
「あの黒猫と仲良しになれたのが嬉しいんだろう」
「まあな。猫の姿で生活していると、猫の気分になっちまう。本当の自分を見失っちまうぜ」
そんな事を言いながらも笑っている藤吉郎だ。現在進行形の稀有な経験を心底楽しんでいるらしい。
彼は地球に生息する生物資源の調査に来ていた異星人である。
藤吉郎は俺が勝手につけた名だ。元の名はアル・ファールドという。
彼らの住む星は、地球よりも更に環境が悪化しているらしい。彼らはその生命を維持するために、体を機械化していた。ほとんど全ての生命が機械化された肉体に宿っているのだという。
ある夏の日、俺はバイクで山岳路を走り回っていた。
その時突然豪雨に見舞われた。運が悪かったのか、更に地滑りにも見舞われた。土砂に飲み込まれて即死……と言った状況だった俺を救助してくれたのがアル・ファールドだった。
彼らにとって生物資源とは身を挺して救う対象であるらしい。俺を助けたアル・ファールドは、自身の体を破損してしまった。それは修復不能なほど深刻な損害だったようだ。
もちろん、機械生命である彼らは本当の意味で死ぬ事は無い。アル・ファールドは俺の自宅にいた猫ロボの藤吉郎に入り込んだという訳だ。本隊から救助が来るまでの一時しのぎという約束だった。
「藤吉郎。あの時は助かったよ。君がいなければ俺はあの世行きだった」
「ふん。礼には及ばん。俺は俺の義務を果たしただけさ」
「そうだったな。だからあの黒猫を助けたんだろ?」
「当然だ。しかし、びっくりしたぜ。あんな雪の中に猫がいたんだからな」
「そりゃそうだ。しかし、わからない事がある」
「何がだ」
「黒子がどこから来たかって事さ」
「確かに。ハウスAIは重大な犯罪や違法行為を重ねた場合は当局に通報するからな。猫を飼い続けることは不可能だ」
「ハウスAIを使っていない家があるのかな? それともAIのプログラムを書き換えているとか」
「プログラムの書き換えも違法行為だ。長期間発覚せず継続することは不可能だろうよ」
「つまり、ハウスAIの無いどこかを探せば飼い主は見つかると」
「そうだ、景虎。その可能性が高いと思う」
「藤吉郎も、黒子を飼い主の元へ帰すことに賛成なんだな」
「もちろんだ。しかし、ハウスAIが無い環境で暮らしているその飼い主の方に興味があるよ」
「確かに。どんな人物なんだろうな」
「わからん。だから俺も連れていけよ。その飼い主を探すんだろう?」
「ああ。お前の臨時メンテが済んでから出かけよう。明日は有休を取ってある」
「手回しが良いな。午前中はメンテ、午後は探索か。久々に冒険できそうだぜ」
笑いながら右手を差し出すアル・ファールド。
俺はその手を握る。
「じゃあ明朝」
「ああ」
簡単なあいさつを交わした後、俺の意識は途絶えた。
程なく朝を迎える。
「にゃ~ん」
「みゃ~ん」
藤吉郎と黒子に起こされた。
二匹で仲良く俺の胸の上でじゃれあっている。
黒子が俺の顔を舐める。
「みゃ~ん」
腹でも減ったのだろう。
俺は起き上がってから二匹を床に降ろす。
そして寝巻から普段着へと着替えた。
「おはようございます。ご主人様」
「おはよう。ミサキ。黒子と藤吉郎の食事を用意してやってくれ。俺はトーストとコーヒーだ」
いつものやり取りから始まるいつもの朝。しかし、今朝は黒子というお客様がいる。
ミサキの用意した朝食を床の上に置く。
今朝のメニューは固形のキャットフードと温めた牛乳だった。
黒子と藤吉郎は喜んでそれらを平らげていく。
俺はトーストをかじりながら情報をチェックする。
有休届は受領されていた。また、藤吉郎の臨時メンテも午前9時に確約が取れていた。今日の天気は快晴。最高気温は22℃程。外出するには最適な天候だろう。
そして付近の地図を表示する。
俺の入っているマンションが三棟。その周囲は戸建て住宅が並び、その先がリニアステーションだ。そちら方面は民家と商業地の密集地帯で、黒子の飼い主がいる可能性は低い。
反対側には大きな河川があり、その向こうは工場地帯になっている。
その河川の脇にある表示を見つけた。
【地下放水路跡地】
「ミサキ。これは何だ?」
「地下放水路跡地でございますね。以前、洪水対策として建設された施設となります。豪雨などにより河川の水量が増加した場合、その地下放水路へと水を流し洪水を緩和する機能がありました。現在ではスーパー堤防の普及と大型台風の事前消去技術が普及したため閉鎖されております」
「広さはどのくらいあるんだ?」
「直径が約10mです。総延長が約25㎞。支流の一つがこのマンションの近くを通っていますね」
「そうか。ありがとうミサキ」
「いえ、どういたしまして」
なるほど。
ハウスAIを装備していない地域。
こんな巨大な地下空間があったとは。
そう言えば、小学生の頃に社会科の授業で習った記憶がある。すっかり失念していたわけだが、ここに本命があると俺の直感は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます