第2話 黒猫の黒子
「この黒猫は
「外見からそう判断します」
「分かった。この娘は今から
「にゃ~ん」
黒子という名に藤吉郎も喜んでいるようだ。
俺は風呂桶に湯を汲み、タオルを浸して黒子の体を拭く。意外に暖かかった。
「黒子は暖かいな。藤吉郎が温めてやってたのか?」
「にゃお~ん」
「ご主人様が戻られるまで藤吉郎が寄り添って温めておりました。平時の25倍ほど熱量を消費しました。次回の補給は12時間後となっております」
「一週間分のエネルギーを使ったのか。頑張ったな藤吉郎」
「にゃん」
尊大な表情で顎をしゃくる藤吉郎だった。
こういったところは雄猫らしい逞しさがある。
「藤吉郎の食事を黒子に与えて欲しいとの事です。自分は不要だと言っております」
「藤吉郎。いいのか?」
「にゃん!」
いいみたいだ。
元々、猫ロボに餌は必要無い。
しかし、飼い主の最大の喜びは餌を与える行為だと思う。そして、最も嫌なのが排泄物の始末だろう。
この猫ロボはよくできていて、餌は欲しがるし喜んで食べるのだがいわゆる排泄はしない。とは言っても食べた物は出さないといけないわけで、乾燥したペレット状の固形物に加工されて排出する。特に臭いもないし、食べても害はない。しかも、家庭菜園の肥料に最適だとかで世間でのウケは良いらしい。
ミサキが黒子用の食事を用意した。それは温めた牛乳とゼリー状のキャットフードだった。
最初はじっとして動かなかった黒子だったが、食べ物の匂いを嗅ぎつけたのか直ぐにキャットフードを舐め始めた。そしてぺちゃぺちゃと音をたてて牛乳を飲み始める。
空服だったのだろう。黒子は牛乳と皿に盛ったペットフードをあっさりと平らげた。
「みゃ~ん」
一瞬、おかわりを要求して来たのかと思ったのだがそうではなかった。コタツの方へと歩み、そして俺の方を振り向いてから「みゃ~ん」とねだる。そうか、こいつもコタツに入りたいのか。
俺はコタツ布団をめくってやる。
すると、黒子は遠慮がちにコタツの中へと入っていった。藤吉郎も一緒に中へと入る。
ふむ。これなら大丈夫そうだ。
ならば俺も夕食を取るとしよう。
ちょうどよいタイミングで夕食のラーメンライスが出来上がった。
俺は調理機の扉を開いて今夜の御馳走を取り出す。
湯気の立つ出来立てのラーメンをすする。
美味い。
自分で作るより圧倒的に美味い。その辺のラーメン店よりも旨いんじゃないかと自慢したくなる味わいだ。
「ところでミサキ。黒子は飼い猫じゃないのか?」
「はい。先ほどの行動を観察しておりましたが、私も飼い猫であると判断いたします」
「だよな。俺が与えた餌を疑いもせずに食べたし、コタツにも入りたがってた」
「はい。そうです。しかし……」
「何だ?」
「猫の行動半径はおよそ500mです。しかし、雌猫は行動半径が狭く、50~100m程度でしょう。しかし、それでは疑問が残ります」
「どんな疑問だ?」
「この悪天候の中、100m以上移動したとは考え難いのです。それはつまり、このマンションかもしくは近隣の家屋に猫を飼っている人がいる事になります。このマンションも近隣の家屋も、その全てにハウスAIが装備されています。そのような環境で生きている猫を飼う事などありえません」
「確かにな。ハウスAIは違法行為に対しては一々うるさいからな。しかし、黒子は飼い主のところへ帰してやるのが筋だろうな。そう思うだろう?」
「……」
「どうしたミサキ」
「いえ。今のお言葉には返答できません」
「どうして?」
「それはつまり、ご主人様の利益を損なう恐れがあるからです。黒子を飼い主の元へ届けるという事は、動物保護局への通報を怠る事となります。それは違法行為です」
「しかし、飼い主の元へ届けてやることは倫理的には善なのでは?」
「その点については肯定します。しかし、ご主人様が処罰を受けるような行為は断固否定いたします」
「よくわかったよ。明後日の朝、動物保護局へ連絡する。それでいいな」
「はい。それで結構です。よろしくお願いいたします」
俺は食べ終わった器を食器洗浄機へと突っ込んだ。
さて、どうしたものかと考える。
飼い主の元へと返してやるのが道理。
しかし、それは違法行為。
もう少し言うなら、その飼い主こそが違法行為の常習犯って事だ。しかも、何かの手段でハウスAIを騙している。
俺が黒子を帰すことが、その飼い主にとって良い事なのかどうか。俺の行動によっては、その飼い主が罰せられるのではないか。
藤吉郎はどう考えているのだろうか。
俺はコタツ布団をめくり中を覗いてみる。
黒子と藤吉郎は仲良く折り重なって眠っていた。藤吉郎には明日の朝確認するとしよう。
俺は有休給申請の電子書類を作成して会社に送った。そして、藤吉郎のメンテナンス依頼のメールも送った。その後、俺はベッドに入った。いつもなら藤吉郎が布団に潜り込んでくるのだが、今夜は黒子と一緒に寝ている。
まあいいだろう。あいつの好きにさせてやるさ。
一抹の寂しさを感じながら目を閉じる。
流石に疲れていたのだろう。俺はすぐに眠りについた。
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