猫ロボの藤吉郎

暗黒星雲

第1話 三毛猫の藤吉郎

 寒い。

 粉雪が舞い、突風が吹きつける。


 昼間は晴れていたので油断していた。


 今時、天候の急変は日常茶飯事なのだ。昼と夜の温度差が20℃を越える事など珍しくもない。


 天気予報を確認していなかった事を猛烈に後悔した。


 駅から自宅まで徒歩5分。


 その5分がとてつもなく長く感じる。


 凍った地面に転びそうになりながら、何とか自宅マンションへたどり着いた。


「帰った。開けてくれ」

「おかえりなさいませ」


 ハウスAIのミサキが俺を確認してドアが自動で開く。


「お疲れさまでした。ご主人様。お風呂が沸いていますからどうぞゆっくりと温まって下さい」

「ありがとう。そうするよ」


 鏡を見ると、髪やまつ毛まで凍っていた。外は零下10℃を下回っていたに違いない。シャワーを浴びてから湯船につかる。


 冷えた体には熱いと感じるのだが、すぐに慣れてくる。俺の好みは40℃でそれにぴったりと合わせてあるのだ。


 一息ついたところでハウスAIのミサキが声をかけてきた。


「ご主人様。お体を洗いましょうか?」

「頼む」

「かしこまりました」


 ミサキが返事をした瞬間に、バスタブが泡立ち始める。

 そして四方からバブルジェットが噴き出し、体の汚れを洗い流していく。


「洗髪は如何いたしましょうか?」

「よろしく頼むよ」


 俺はバスタブに寝そべる。

 頭の側からマジックハンドとシャワーノズルが出てきて俺の髪にシャンプーをかけてから洗髪していく。その作業は二分程で終了した。


「終了しました。お疲れさまでした」

「ありがとう」


 風呂に入って温まり、きれいさっぱり体を洗ったところで随分とリラックスできた。この全自動洗浄風呂は最新型で、AIとマジックハンドが全てを行ってくれる優れものだ。


 風呂を出て寝巻に着替え、リビングに行く。


 そこにはコタツがある。


 日本の伝統的な暖房器具。

 この25世紀の日本でも使用され続けている人気の暖房器具である。


「にゃお~ん」


 コタツの陰から藤吉郎が出てきた。

 よしよし、可愛い奴だ。


 三毛猫の藤吉郎。

 俺のペットだ。


 今時、ペットを飼う行為は禁止されている。野生動物がほぼ全滅し、家畜やペットも生物資源保護の名目で全て政府が管轄するようになったからだ。家で飼えるペットは高性能なロボットになっている。


「にゃ~ん」


 藤吉郎は甘え上手だ。

 俺の足元に来て顔を擦り付け、そして素肌をぺろぺろと舐める。


「おお。それはくすぐったいぞ」

「にゃ~ん」


 ロボットのくせにこんな愛情表現ができるとは大したものだ。流石は川崎重工製。ちなみに、人型のアンドロイドは綾瀬重工のシェアが高いのだが、ペット用の動物型ロボットは川崎重工製が優秀なのだ。


「にゃお~ん」


 おや?

 藤吉郎がいつもより馴れ馴れしい。藤吉郎はリビングの隅、カーテンの下へと歩いていく。そこには見慣れない黒猫が転がっていた。


「ミサキ。この猫はどうしたんだ。故障でもしているのか?」

「故障ではありません。弱っているようなのです」

「故障じゃない? 弱っている? 何故先に報告しなかった」

「それは藤吉郎が自分でご主人様にお伝えすると言ってきかなかったからです」

「藤吉郎が?」

「にゃーん」


 藤吉郎は再び俺の足元に来て顔を擦り付け、そしてその黒猫の元へと行く。


「これ、まさか生きている猫なのか?」

「そのように推測します。私も生きている猫を直接観察したことがありません」

「どうして部屋に入れた。そもそも、その辺を野良猫がうろついているなんて考えられない」

「ごもっともです。そこのベランダに生物のような反応を発見し、それを保護すべきであると判断したからです。この点については藤吉郎も同意見です」

「なるほど。この猫は介抱していいのか?」

「問題ありません。野生の動物を見つけた場合、発見者は当該個体を保護しなければなりません。その後、速やかに動物保護局へと通報し当該個体を引き継ぐ義務があります。ただし、発見から通報するまでの時間の規定はありません。しかし、通報を怠った場合は厳罰に処せられます」

「にゃお~ん」


 なるほど。

 藤吉郎はこの黒猫をしばらく家で預かってほしいと訴えているわけだ。一晩、いや二晩ほどこの部屋で世話してやろう。その後、動物保護局へ連絡すればよい。


 俺の親友。そして命の恩人である藤吉郎。

 こいつの頼みであれば聞いてやらねばなるまい。


 俺はその黒猫を介抱し、しばらくこの部屋で預かると決めた。

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