00 笹貫透の話②
一歩間違えれば通報ものの出会いではあったけれども、彼女は私を優しく受け入れてくれた。
「いきなりごめん。冗談に聞こえるかもしれないけど、君が好きです」
思えばこの二十何年かの人生で自分から告白をしたのは初めてだった。いつも、知らない間に好意を持たれて、そして知らない間に冷められたから。自分の気持ちを相手に告白する、という行為がこんなにも勇気のいるものだったなんて、私は知らなかった。
狂ったように早鐘を打つ心臓のせいか一秒が無限に感じる。私の告白を聞いて、彼女が黙ってからもう何秒経ったのだろう? 二秒? 三秒? それとも五分は経った? わからない。わからない。女友達から冗談混じりに「透が男だったら彼女に立候補するのにー」と言われたことはあっても、実際に女の子とそういう関係に至ったことはない。だって私は女で。友達も、女で。友達は、友達だから。数えるほどだけど恋人がいた時期もある。もちろん身体の関係だってあった。でもそれは、みんな男性。だって私は女で。それが当然なのだから。だから、だから。私は私がわからない。
この気持ちは確かに恋だと言えるのに、情欲さえ
私が不安な面持ちで返事をいまかいまかと待っていると、やがて彼女はちいさく微笑み返した。ああ、それは本当に、花がほころぶような可憐さで――愛おしい、と私は心の底から思った。
「びっくり、しましたけど……わたしも、あなたのこと、素敵だなって……」
恥じらいながらそう答える彼女に私が内心どれだけ狂喜したか、言葉で表すのは至極難しい。ただ、この世の光がすべてそこにあるような、世界がまるでトーンアップしたかのような、そんな錯覚さえ……私には感じられて。だから、ゆえに、だからこそ、私は言えなかった。私は言ってしまった。
「ありがとう。俺も、嬉しい」
馬鹿なのは俺だった。
ほどなくして俺と彼女は付き合い始め、仲を深めていった。彼女が俺の性別に気づくことはなかったし、俺も慎重に隠し続けた。
それでも、欲は生まれる。柔らかい唇を重ねれば、白い肌に触れれば、さらにその先へ進みたくなる。彼女と、身体で愛を交わしたくなってくる。それ以上に、俺は彼女に本当の俺を受け入れてほしかった。
だって俺は彼女が女だから好きなわけでない。彼女の人格を、思想を、身体を、命そのものを、愛しているのだから。男か女かなど、
「変わらず私を愛してくれるよね?」
夏の夜だった。蒸し暑い、なんでもない日だった。俺は彼女とベッドの上で睦み合った。おそらく不能だとでも思われていたのかもしれない。最後までしよう、と言うと彼女は半信半疑で頷き、「嬉しい」と笑ってくれた。ほら、こんな彼女が俺を否定するわけがない。きっと大丈夫。半裸の彼女の前で私は下着姿になる。薄い胸につけたブラジャーと、スポーティーなショーツ。
……その瞬間の、彼女の表情はまるでリトマス試験紙かのようだと思った。ほんのり染まった赤から、残酷なまでの青へと。変化していく様子を、俺の眼はしっかり映していた。
「驚かせてごめん。冗談に聞こえるかもしれないけど、君が好きなんだ」
そして俺は二度めの告白を彼女にした。彼女は目をぱちくりと瞬かせて、まんまるに見開いて、「……え?」と呟いた。無理もない。こんな状況、私でも驚く。でも私は私。俺は俺。さっきまで睦言を交わし合っていた
「さあ、続きを」
しよう、という
「……気持ち悪っ」
掃き溜めの汚泥を見るような眼差しだった。光なんて、どこにもなかった。
「……え?」
今度は私が瞠目した。彼女の言い放った言葉が理解できなくて。何て言われたのか聞こえなかった。嘘。聞こえた。でもわからなかった。音は理解できても、その意味が。わからなかった。いや、わかっていた。わかっていた。心に深く突き刺されたそれに俺が気づかなかっただけ。切れ味の良い包丁みたいに、すとん、と血の一滴もなくつけられた傷に、私が、気づかなかっただけ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます