30/20 近原友治の話⑨

「そうじゃねェと辻褄が合わないだろ。背後関係きっちりしとかねェとあとでつつかれる」


 仕事に不備があっては困るから。なるほど確かに重要だ。要するに、男も含めを齟齬であり矛盾と見なしているのだ。すべてはまっ平らな一本の線で繋がっていて、どこもずれてなどいないのに。誤謬だと、彼らは論ずる。


「まず、笹貫さん自身が『』と言っている。つまり笹貫さんは被害者女性を恋愛対象として愛していた」


 近原は話の続きを始める。一本の線を見出だせる地点へ導くために。


「そして『』という証言」

「おかしいだろ?」

「そうかな? この証言の『女』は被害者女性で間違いないんだろう?」

「ああ」

「ならどちらかの『男』が元交際相手で、そうではないほうの『男』が笹貫さんだよ。何もおかしくはないよ」

「はあ!? お前寝ぼけてンのか!? だぞ!?」

「知ってるよ。綺麗な人だよね」


(――君は綺麗だと僕は思う。イケメン? ……いや、だよ)


「女性にしては高身長で、ヒールも履いていないのに僕と目線が変わらない」


(――背が高いから合わないかもって聞いたけど)


「髪も長めのショートヘアだし」


(――君はきっとロングも似合ってたと思うよ。もし切ってしまったのならもったいなかったね)


「どちらかと言えばスレンダーな体型だ」


(――すらっとした見目は良いよね)


「メンズファッションでも着こなせば、男性に見間違えてしまうほどに」


(――男の僕から見ても格好いい容姿をしていると思うよ。君は)


「だから、その証言の『被害者女性と関係していたどちらかの男』は笹貫さんでも充分あり得る」

「お前ソレ、……本気で言ってンだな?」


 男はテーブルに手をついて上半身を乗り出した。その両目はこれ以上ないほどかっと見開かれている。


「女と女、だぞ……?」

「決めつけは何事もよくない、ってさっきも言ったのに、君。、女性ふたりがひとりの男性を取り合う図、もしくは男性が二股している、誰もがきっとこうだと想像するね。まるで0か1しかないみたいにさ。でも実際は違う。誰かが誰かを愛することに性差は関係ない。君達はそれを、矛盾だ何だと言うけれど、何もおかしくなんてないんだ」


 見開いた目を存分に泳がせて、男は次に絞り出すような声を発した。喉の奥から渇望するかのような、疑問を。


「じゃあ、尚更――笹貫透はなぜ恋人を殺した?」

「……笹貫さんの一人称、覚えている?」

「いや、俺が接したときにゃ錯乱状態で……」

「そっか、聞かなかったのか。『俺』、だよ。笹貫さんは自分を『俺』って言うんだよ」


(――俺にも出来そうな気がした、と)

(――「……俺がリカを殺しました」)


「は? そりゃ、あの……なんつうんだ、性ナントカ障害? だってのか?」

「性同一性障害。僕も少し迷ったんだけど――」


(――ただ君は、なのか判別しづらかったし)


「おそらく違うんだ。そもそも、笹貫さんは自分の容姿を気にするわりに性別にはいっさい触れようとしない」

「そりゃアレなんじゃねェのか、繊細なココロのなんたら的な」

「触れてほしくない話題は誰にでもあるね。でもそういう話じゃない。自分の体の性を認識していないんだよ、笹貫さんは」

「記憶喪失ってのは自分の性別まで忘れることあンのか?」

「例えあったとしても、確認すればいいことさ。自分についてまるごと忘れたとして、性別はもっとも手軽に確認できる事柄だもの。鏡を見ればおおよそ判断できるし、仮に鏡がないとして――それこそ、触診すればいい」


 男と目が合った。かちり、と嵌まる音さえ聞こえるほどに。

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