26/20 近原友治の話⑤

「……そうさ。本当は、もっとゆっくり時間をかけて向き合うものなんだ。僕が言えた台詞じゃないけど、痛ましかったよ」


 近原の言葉ににじむそしりの色を感じ取ったのか、男はただ一言、「悪かったよ、急かして」とこぼした。近原はそれ以上男を責めることはなく、淡々と話を戻す。


「恐怖や嫌悪に足がすくんだり、目を逸らしてしまうのは一種の防御機構だ。意思とは無関係に発現する、脳からの警告。笹貫さんの場合はそれが『悪夢』というかたちで現れた。毎夜見る夢は必ず、が追いかけてくる、暗い夜道を必死で逃げる、そんな内容。……ところで、事件当夜の目撃証言があるんだって?」

「ああ。あるぜ。っていう証言がな。なあ、その夢は事件の記憶か?」

「記憶、とは言えない、と思う。その証言と合致しないだろう?」

「そりゃそうなンだけどよ」

「夢とうつつを混同したら駄目だよ。君のような仕事に就く人が、さ。だからつまり悪夢は、思い出してはいけないことを思い出そうとする笹貫さんへの、脳からの警告なんだ。その先に立ち入るな、という」

「だが笹貫透は結果的に記憶を取り戻した」

「知ってたはずなのに知らなかったら知りたくなるのが道理、君がさっき言った台詞だ。笹貫さんはよっぽど知りたかったんだね、を。でも笹貫さんが過ごしていた環境は極端に情報が少ない。とっかかりになるものはないに等しいし、他人にも出会わない。何かのきっかけで思い出す、と言うような可能性があるのは、僕との対話だけ。……僕も少し後悔してはいるんだ。早まりすぎたかなって」

「俺がせっついたからだろ」

「ううん。悪夢、だなんて顕著な反発が現れたのは確実に僕のせいだ。見続けたのは、笹貫さんの自由意思だけど」


(――昨日はすまなかった。もう大丈夫?)


「自由意思?」

「薬を出していたんだよ。ごく普通の、睡眠導入剤だ。適切な睡眠と食事は何よりも心身を健康にするからね。でも笹貫さんはそれを服用している様子はなかった。悪夢を見てでも、自分が何者か知りたかったらしい」


(――……薬、きちんと服用してる?)

(――今日の君は、元気かい? はは、頷くんだ、そうか。……僕にはあまりそうは見えないけど……)

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